第二話 奇跡使いの仕事



2025-02-06 15:39:28
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 ケフィは早速自室を一部屋与えられ、持ち込んだ荷物を片付けた。本格的な修行は明日の早朝からだという。熱い風呂で長旅の疲れを癒し、イオナの振る舞ってくれたご馳走(と言っても奇跡使い用だから質素なものだったが)に舌鼓を打った。
 テンパランスもアルシャインもすごくいい人だ。イオナはちょっとお喋りなところが苦手だが、悪い人ではないし。ケフィは、明日からの修行に、期待に胸ふくらませて眠りに就いた。

 翌朝、朝食を取った後に連れて行かれたのは、屋敷の離れの道場であった。
 天井まで3~4メートルはあるだろうか、天井の高い部屋だった。広さも100坪ぐらいはあるだろうか。
「広いですね……」
 ケフィが素直に感想を述べると、
「奇跡の力は強大です。このぐらいの広さは最低限なければ、道場が吹き飛びますからね」
 と、淡々とテンパランスが答えた。
「さて、前もって伝えていたはずだけど、エプロンは持ってきてくれた?修行中はエプロンは必ずしてね。でないと服が燃えるわよ」
「は、はい」
 ケフィはバッグから紫色のエプロンを取り出した。鶏とヒヨコの絵が描いてある可愛いものだ。
「す、すみません、こんな可愛いのしかお店に無くて…」
 ケフィが恥ずかしそうにすると、アルシャインが、
「構わないさ。奇跡の力が暴発するようなことがあったら買い替えることになる。間に合わせだよ」
 と微笑んだ。聞けば、アルシャインも何枚も買い換えたという。
「では、まず神々について説明しなくては。メモ、取る?」
「は、はい」
「では、アルシャイン、机と椅子を用意して」
「はい」
 ガランと広い道場の真ん中で、キャスター付きの黒板と、たった一人の生徒のための椅子と机が用意された。

 神々は、この世界に無数に存在するという。一人一人人格を持つ名前を持つ神というような存在ではない。例えば草の陰に、例えば焚火の中や竈の中に、例えば雨上がりの水たまりに。例えばこの星の中心部に。例えば一人一人の心臓に。様々なところに潜み、様々なところでこの世界を動かしている。それが神だ。
 その神々から力を引き出し、自由自在に物事を動かすのが奇跡使いという仕事だ。
 火を起こし、水を撒き、傷を癒し、眠らせ、モンスターと戦うこともできる。
 何でも自由自在に扱えるからこそ、制約が多い。それを監視する神もまた独立して存在する。
 恋や色欲に溺れ、私利私欲のために力を使うことは禁じられている。無闇に他の生き物を殺生することも禁じられている。また飲酒も、力のコントロールを失うため、奇跡使い達は自主的に禁じている。また強大過ぎる力を使うことも禁じられている。世界の均衡を崩すためだ。
 要は、自分の身を守るため、他者の命を救うため、必要最小限の力を振るうことのみを許されているのである。
「これらの禁止事項に触れると、監視の神から罰が下るわ。罰は目に見える形で降りかかるから、他の人から、禁を犯した奇跡使いだと丸わかりよ。とても恥ずかしいことだから、戒律は何がなんでも厳守して頂戴」
「はい!解りました!」
 ケフィはガリガリとノートにまとめた。アルシャインはそんなケフィを「すごく真面目な子なんだな」と感心した。思えば、自分もこの道場に入門したばかりの頃は、こんな風に緊張しながら、一心不乱に勉強していたような気がする。
 この子は今までの奇跡使い見習い達のように、道を逸れたりはしないだろう。安心してよさそうだ。
「では早速実践してみましょうか。火の神を呼び出し、火球を作ってみて頂戴」
「え、も、もう実践なんですか?!」
 ケフィは驚いてペンを取り落した。慌てて拾いながら、「急だなあ」と口の中で呟いた。
「あなたの実力を見せてもらいましょう。やり方は教えるわ」
 黒板と机と椅子は隅の方に片付けられ、三人は道場の真ん中に集まった。
「まず、この空気の中に存在する火の神の存在に意識を集中しなさい。心の中で火の神を探し、出てきてほしいと念じながら語り掛けるの『火の神!』って!」
 テンパランスがそう説明すると、テンパランスの目の前に火の玉が現れ素早く一回り旋回し、掲げた右手の上で滞空した。
「うわっ!!びっくりした!」
「ね、言ったろう。エプロンをしていないと服が燃えるって」
 アルシャインは笑った。
 テンパランスは火の玉を消滅させると、「やってみて」とケフィに促した。
「んん~~~~むむむ……火の神……火の神……火の神!!」
 しかし、何も起こらなかった。
「はあ、やっぱりダメか…」
 ケフィの落胆する様子にも、テンパランスは相変わらず無表情だ。
「神の存在は感じる?」
「いえ、全く……」
 アルシャインは首をひねった。
「おかしいな。全く感じないかい?」
「はい……」
 テンパランスとアルシャインは顔を見合わせて首をひねった。
「まあ、神の存在を意識しながら生活すれば、自然と使えるようになるわよ。いつ何時も、神が傍にいると感じながら生活なさい。しばらくはイオナの手伝いや、アルシャインの内職の手伝いをしてもらいます」
「はい……」
 ケフィは意気消沈して俯いた。

 ケフィは数日間、イオナの手伝いをして、料理の時に火の神や水の神を意識しながらやってみたり、アルシャインのマジックアイテム作りの内職を手伝ったりして過ごした。
 神の起こす奇跡の数々を目の当たりにしても、ケフィにはさっぱり神の存在を感じることはできなかった。
 ある夜、ケフィは夢を見た。異形の怪物のような存在が、「お前はここにいるべきではない。お前の居場所は他にある」と言っていた。ケフィはむきになって言い返した。「ここにいたいんです!ここで働かせてください!」と。異形の存在は、「いずれお前にもわかるはずだ」と言い残して、消えた。

 ある朝、アルシャインが右頬に×印の傷をつけて起きてきた。
「アルシャインさん!その傷はどうしたんですか?」
 ケフィが訊くと、アルシャインは苦笑いしながら答えた。
「やってしまったよ。いや、そんな大したことではないんだが、ちょっぴり禁を犯してしまった。この傷は監視の神からつけられた傷さ」
「大丈夫ですか?い、痛いんですか?」
「うん、ちょっとピリピリするね。2~3日は奇跡が使えなくなってしまった。ケフィ、一緒にイオナの仕事の手伝いをしよう」
 ケフィは禁を犯した奇跡使いを初めて見た。「禁を犯すと罰が下る」とは習ったが、本当に×印をつけられるとは。
「一体何をしたんですか?」
「それは……秘密だ」
 苦笑いで軽くあしらわれてしまった。一体アルシャインは何をしたというのだろう。

 数日後、アルシャインの禁が解けたころ、応接室に市役所の職員が現れた。森の側の民家にモンスターが現れ、人が襲われるという事件が起きているという。
 今回の案件は、そのモンスターの討伐と、森の奥へ追い返し、市役所職員が鉄条網を設置する作業の警備だ。
 早速明日の早朝からミッションは始まるという。
 テンパランスたちは装備を整え、翌日に備えた。

「いたぞ!そっちだ!」
「そっちに行った!気をつけろ!」
 モンスターは住宅地に朝早くから現れた。夜が明けて間もないような早朝である。モンスターは人間たちが朝起きて家から出てくるのを待ち構えていたのである。
「火の神!風の神!」
 テンパランスが巨大な火球を作り出し、モンスター達を怯ませたところに、アルシャインが、
「水の神!風の神!」
 鋭い氷の礫を作り出し、モンスターめがけて放った。氷の礫は朝露を湛えたモンスターの毛皮を凍らせたが、威力はいまいちだった。
「ならば、風の神!風の神!風の神!」
 風の神のかまいたちの威力だけで切り刻む作戦に出た。
 モンスターは風の神に切り刻まれ、血しぶきを上げながら逃げていった。
「こっちにも出たぞ!!」
「今行きます!」
 生の現場の緊迫感と迫力に、ケフィは圧倒されていた。それでも、先輩や師匠の働きぶりを見て、目で覚えなければならない。ケフィはテンパランスたちを追って走った。
 住宅街に入り込んだモンスター達を森へ追い返し、市の職員たちが鉄条網を張る作業に入ると、テンパランスとアルシャインは、二手に分かれて職員たちの警備にあたった。
 いつモンスターが襲い掛かっても反撃できるようにするためである。
 ケフィはテンパランスの側に付き、無力なりに周囲への警戒を怠らなかった。
 しかし、如何に警戒しても、自分の背後にまで常に目を光らせることは不可能で。
「ケフィ!危ない!後ろ!!」
「うわあ!!」
 背後の木の陰から、巨大なモンスターが顔をのぞかせていた。
「伏せて!光のか……!」
 テンパランスが光の神を呼び出し、モンスターの目暗ましをしようとしたのとほぼ同時に。
「来ないで!!」
 ケフィが叫ぶと、今にも襲い掛かろうとしたモンスターの動きが止まった。
「火の神!!あいつをやっつけてーー!!!」
 ケフィが叫ぶと、モンスターは火を噴き上げながら爆発四散した。
 辺りには火の粉が飛び、モンスターの肉片が飛び、焦げ臭い臭いが漂った。
 一番驚いたのはテンパランスである。まさかケフィがこんな形で奇跡を使うとは。いや、これは、奇跡なのだろうか?奇跡というには、いささか悪趣味な力だ。
「や……やった……!テンパランス様!僕、奇跡が使えました!!」
「え……ああ……そうね……?」
 いつも表情を崩さないテンパランスが、目を見開いて驚いて固まっている。ケフィは誇らしくなった。
「よかった、僕にも力がちゃんとあった。やればできるんだ、僕だって!」
 その後は特に異常もなく、夕方には無事に鉄条網を張り終え、解散となった。
「報酬は後日お振込みいたします」
「よろしくお願いします」
 森からの帰り道、ケフィはその場にいなかったアルシャインに、自分の手柄を誇らしく語った。
「ちゃんと僕にも火の神の力が使えたんですよー!!そのあとは、テンパランス様が燃えた草を消火してくださったんですけどね」
 しかしその話を聞いたアルシャインは首をひねった。
「火の神だけの力なのかな……もっと他に、別の神の力が働いてるような……」
「私もあの力の発現の仕方には疑問が残るわ。火の神に訴えていたのは分かるのだけど、火の神だけで爆発はしない」
 ケフィは得意になっているので、二人の疑問も全く意に介さなかった。
「いやあ、僕はまだ未熟だからあんな暴発しただけですよー。この力をコントロールできたら、きっとお二人みたいな奇跡使いに、なって見せますって!」
 ケフィがあまりに調子に乗っているようなので、テンパランスは釘を刺した。
「慢心していては成長はできないわ。これからも厳しく自分を律し、修行に励むこと。いつも力を使えるようにならなければ話にならないわ」
「う……は、はい……」
 ケフィは調子に乗ってしまった自分を恥じた。でも、この一件は大きな自信につながったことは確かだ。明日から、また修行に励もう。ケフィは紫色に染まった空に輝く、一番星に誓った。

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