「水の神!生命の神!」
キュポン!という奇妙な音を立てて、小さな奇跡の光の玉は、親指大の小瓶の中で液体に変わった。すかさずケフィがそれを受け取り、コルクの栓をして、テープで封印する。
テンパランスの事務所では、大きな仕事の出動が無い限り、日がな一日、毎日これを繰り返す。
水の神と生命の神だけではない、時には光の神や影の神などという、何のために呼び出しているのか疑問な神の名を呼ぶこともあった。
水色、薄い紫色、ピンクに緑色に黄色……いろんな色があり、透き通っていて、暗がりでぼんやりと光る。
毎日沢山の小瓶を作っているが、これは一体何に使うアイテムなのだろう。
「アルシャインさん、一つ聞いていいですか?」
「ん?何だい?」
ケフィの呼びかけに集中力が途切れて、ふうと溜息をつきながら、アルシャインは額の汗をぬぐった。
「毎日毎日これを作り続けてますが、これは一体何に使うんですか?」
「おや、ケフィはこれの世話になったことがなかったのかな?これは奇跡の小瓶だよ。病院やリハビリ施設に配っている、薬のようなものだね」
この奇跡の小瓶は奇跡使いの事務所が各々作っている、古くからある魔法薬だ。
科学的に調合された薬が出回った今ではあまり出回らなくなったが、化学薬品にアレルギーを起こす者、薬を飲みたがらない者、まだ薬が開発されていない病気などには未だ根強く奇跡の小瓶が処方され続けている。
特に老人は薬を飲みたがらないので、老人や障害者のグループホームなどでは薬よりこの小瓶を使う割合が高い。
頻繁に事件に駆り出されることのない奇跡使いは、病院や施設の依頼で定期的にこの小瓶を生産し、届けることになっている。
「そうだったんですか……。僕、大きな病気をしたことがないし、風邪を引いた時も薬を飲んでいたから、使ったことがないです」
「そうだったか。まあ、使ってみればわかるよ。薬ほどテキメンに効くわけではないけど、薬より安全だよ」
夕方までこの作業を続けると、平べったい箱が何段にも詰みあがるぐらいの数ができた。
「さあ、今日は老人ホームにこれを運ぶよ。手伝ってくれ」
「はい!」
「いつもありがとうございます」
「こちらこそ。それでは、私達はこれで」
ケフィとアルシャインが施設に小瓶を運ぶと、施設の職員が伝票を確認し、何段にも詰み上がった箱を受け取った。
代金はテンパランスの口座に振り込まれることになっている。
滞りなく配達が終わり、二人が屋敷に帰ってくると、真っ赤なスポーツカーが玄関前に停まっていた。アルシャインはその車に見覚えがあった。
「またあの人来てるのか。ちょっと車邪魔だなあ。どこに停めよう?」
「あの人?知り合いなんですか?」
「うん。ちょっと厄介な人だ」
スポーツカーが邪魔で門の中に入れなかったアルシャインは、門の前に路上駐車し、車から降りた。ケフィもそれに続いて車から降りる。と、
「あたしから何もかも奪って楽しいわけ?!何とか言ったらどうなのよ?!」
「………」
頭にピンクのリボンを斜に巻いた茶髪の女が、玄関前でテンパランスに食って掛かっている。全身赤一色の派手なドレスも相まって、性格の悪そうな印象を受ける。
アルシャインはスポーツカーの横を通り過ぎ、テンパランスに帰宅を告げた。
「ただいま戻りました、テンパランス様」
「おかえりなさい」
「あたしを無視すんじゃないわよ!!」
赤いドレスの女は尚もガミガミ突っかかってくる。
ケフィは恐ろしくなって、気配を消すことにした。コソコソさりげなくアルシャインの陰に隠れる。
「今日はどんな御用なんですか?」
溜息交じりにアルシャインが訊くと、赤い服の女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、
「あなたも関係あるんだからね!先日のモンスター退治の案件は、本当は私たちが請け負う仕事だったのよ!それをこの蝋人形女が私から仕事を奪って…!」
「だから言ってるでしょう?市役所の職員はあなたのことなんか一言も言ってなかった。私が奪ったと文句を言うなら、私に割り振った職員に文句を言うことね」
「もう文句言ってきたわよ!!だからあんたがあの案件請け負ったってことが判ったんであって……!」
アルシャインは「またいつもの言いがかりか」と、それ以上口を挟むのを諦めた。
「ミルドレッドー!気が済んだだろう?帰ろうぜ?テンパランスは知らなかったって言ってるんだから」
スポーツカーの運転席で待ちぼうけしながらやり取りを眺めていた男が、赤い服の女に声をかけた。
波打つ癖毛の長い金髪を首の後ろで一つに束ねた、赤ら顔の青い目の男だった。
「俺腹減ってきたよ」
と言いながら、彼は大きく欠伸をした。
ミルドレッドと呼ばれた女は尚も食い下がる。
「市役所とあんたを相手に裁判起こしてもいいのよ!」
「諦めなさい。無駄にお金を投げ捨てるだけよ」
テンパランスは相変わらず表情を崩さず、冷静だ。
ケフィはアルシャインの背後からコソコソと訊いた。
「この人たち誰なんです?」
気配を消していたはずだったが、ケフィの存在がミルドレッドに気づかれてしまった。
「あら?その子誰?見ない顔ね。新入り?」
ケフィはびくっと肩を竦め、アルシャインの陰に隠れると、子供のように彼の陰から窺った。
テンパランスが冷静に説明する。
「そうよ、1~2週間前から新しく入門した弟子、ケフィよ。ケフィ、出てきなさい」
ケフィは仕方なく、怖々アルシャインの陰から出てくると、「ケフィ・スクートです。初めまして……」と名乗った。
「初めましてケフィ。あたしは世界最強の言霊使い・ミルドレッド・ジラ・カリーニョ様よ。ミルドレッド様とお呼び。向こうで車に乗ってるのはガイ。あたしの足」
「ひどっ!もっとマシな紹介してくれよ」
「他に表立って説明できる?」
「まあ……そうだな」
簡単に説明されてしまったガイだったが、何か裏のありそうな紹介だ。
「その、ケフィは結構使える奇跡使いなの?」
ミルドレッドがケフィに興味を持ったようなので、テンパランスは内心ほっとした。言いがかりでガミガミ言い続けられるのはもううんざりしていたからだ。それに、ケフィに関しては少し気になることがある。ミルドレッドに聞いてみてもいいだろう。
「それが、力の発現がうまくいかなくて、たまに力を使うみたいなんだけど、どうも奇跡とは違う力を使うみたいなのよ。それが少し気になってる」
「奇跡とは違う力……?」
ミルドレッドは眉根を寄せ、じーっとケフィを凝視した。ケフィはその鋭い眼光に、堪らず目を泳がせる。
「男の子よね?」
「そうね」
「うーん」とミルドレッドが腕組みしてしばし考えると、ケフィに、「アルシャインから離れて立ちなさい」と言った。
ケフィが少しアルシャインから距離をとると、「もっと!もっと!」と、大分距離を離させる。
「ケフィ、今からあたしが言うことを復唱しなさい」
「は……はい……?」
「陽の光に大地の奥に、竈の中におわします、炎を司りし古霊・フランマよ!」
「ひのひかりに、だいちのおくに?かまどのなかにおわします……炎を司りしこれい、ふらんまよ」
「今こそ我にその力を与え給え!火柱よ巻き起これ!」
「今こそ我にその力を与え給え、ひばしらよ巻き起これ」
すると、ケフィとミルドレッドの間に、巨大な火柱が燃え上って消えた。
「やはり言霊使いだったのね、あなた」
テンパランスはそれを見て、ずっと頭を悩ませていた疑問が解け、はたと手を打った。
ケフィは驚いて声も出ない。
「あたしは何もやってないわよ。今の火柱はあなたが出した古霊の力。おめでとう。あなた立派な言霊使いだったのね」
ガイがそれを見て驚いて車の中から声をかけた。
「おいおい、言霊使いって女の専売特許だったんじゃないのかよ?そいつ男だろ?男でも言霊使いなんているの?」
「いないわけではないわ。世界に数人、確認されている。女の奇跡使いよりは珍しくないわよ」
ミルドレッドが答えた。
固まって動けなかったケフィの時間が流れ始め、ケフィは自分の力を疑いだした。
「ほ、本当に今のが言霊なんですか?今、僕がやったのは、言霊なんですか?」
「あら、信じられないみたいね、じゃあもう一回私の言うことを復唱なさい。我らの足元を見上げ、山の上から我らを見下ろす大地の古霊ペトラムよ、憎き敵に石飛礫を!」
「われらのあしもとをみあげ・・・」
テンパランスはその祝詞を聞いて瞬時に察知し、「土の神!水の神!」と、神を召喚した。
「にくきかたきにいしつぶてを」
すると、テンパランスのほうが僅かに早く、テンパランスとアルシャイン、そして屋敷の玄関を覆い尽くすような土の壁を作り上げた。暫時遅れてケフィの呼び出した古霊の石飛礫が横殴りの雨のように土壁に叩き付けられた。
「おーっほっほっほ!ケフィ、あなたやるじゃない!テンパランスたちが泥まみれよ!」
「わーーー!!!すみませんテンパランス様!!ごめんなさい~~!!」
土壁はぼろぼろと崩れてゆき、玄関前に土の盛り上がりと石ころの山が築き上げられた。テンパランスとアルシャインは泥まみれとはいかないものの、土埃にまみれて汚れてしまった。
「気は済んだ?」
服の埃を払いながら、テンパランスが表情一つ変えずに訊く。
「ちょっとね」
ミルドレッドがにやりと笑う。
ミルドレッドはケフィに歩み寄ると、
「あなた、よかったらうちの弟子におなりなさいよ。可愛い女の子いっぱいいるわよ。そんなマグロ女のところで禁欲生活して、青春を無駄にするもんじゃないわ。サービスしてあげるわよ♪」
と、ヘッドハンティングを持ち掛けた。
テンパランスもそれには同意する。
「ケフィ、あなたが言霊使いと分かった以上、うちにいても力はつかないわ。ミルドレッドの下で修業なさい。あなたはそのほうがいいと思うわ」
ケフィはまごまごと迷っていたが、自分の力が奇跡ではないと分かった以上、夢の実現に一番近いのはミルドレッドの弟子になるしかない、としか思えなかった。テンパランスやアルシャイン、イオナには恩を感じるが、これ以上彼らと一緒にいても迷惑にしかならないというならば。
「わかりました……。ミルドレッド様、よろしくお願いします!テンパランス様、アルシャインさん、イオナ、今までありがとうございました!」
「決まりね!よし、せっかく車で来てるんだから、荷物、車に全部乗っけてすぐ帰るわよ!」
そういうと、ミルドレッドはケフィの手を掴んでテンパランスの屋敷にずかずか入っていった。
「あんたの部屋どこ~?」
「い、今からですか?ちょっと急じゃないですか!?」
「善は急げよ!」
テンパランスとアルシャインは二人に付いていきながら、「勝手に人の家に入らないでくれる?」と、小さく抗議した。
車から降りてきたガイもテンパランスの屋敷に勝手に上がり込み、荷物運びを手伝う。
イオナは訳が分からないまま呆気にとられてケフィを見送った。
斯くして、ケフィは新しくミルドレッドの屋敷の世話になり、言霊使いへの道を歩き始めたのである。
キュポン!という奇妙な音を立てて、小さな奇跡の光の玉は、親指大の小瓶の中で液体に変わった。すかさずケフィがそれを受け取り、コルクの栓をして、テープで封印する。
テンパランスの事務所では、大きな仕事の出動が無い限り、日がな一日、毎日これを繰り返す。
水の神と生命の神だけではない、時には光の神や影の神などという、何のために呼び出しているのか疑問な神の名を呼ぶこともあった。
水色、薄い紫色、ピンクに緑色に黄色……いろんな色があり、透き通っていて、暗がりでぼんやりと光る。
毎日沢山の小瓶を作っているが、これは一体何に使うアイテムなのだろう。
「アルシャインさん、一つ聞いていいですか?」
「ん?何だい?」
ケフィの呼びかけに集中力が途切れて、ふうと溜息をつきながら、アルシャインは額の汗をぬぐった。
「毎日毎日これを作り続けてますが、これは一体何に使うんですか?」
「おや、ケフィはこれの世話になったことがなかったのかな?これは奇跡の小瓶だよ。病院やリハビリ施設に配っている、薬のようなものだね」
この奇跡の小瓶は奇跡使いの事務所が各々作っている、古くからある魔法薬だ。
科学的に調合された薬が出回った今ではあまり出回らなくなったが、化学薬品にアレルギーを起こす者、薬を飲みたがらない者、まだ薬が開発されていない病気などには未だ根強く奇跡の小瓶が処方され続けている。
特に老人は薬を飲みたがらないので、老人や障害者のグループホームなどでは薬よりこの小瓶を使う割合が高い。
頻繁に事件に駆り出されることのない奇跡使いは、病院や施設の依頼で定期的にこの小瓶を生産し、届けることになっている。
「そうだったんですか……。僕、大きな病気をしたことがないし、風邪を引いた時も薬を飲んでいたから、使ったことがないです」
「そうだったか。まあ、使ってみればわかるよ。薬ほどテキメンに効くわけではないけど、薬より安全だよ」
夕方までこの作業を続けると、平べったい箱が何段にも詰みあがるぐらいの数ができた。
「さあ、今日は老人ホームにこれを運ぶよ。手伝ってくれ」
「はい!」
「いつもありがとうございます」
「こちらこそ。それでは、私達はこれで」
ケフィとアルシャインが施設に小瓶を運ぶと、施設の職員が伝票を確認し、何段にも詰み上がった箱を受け取った。
代金はテンパランスの口座に振り込まれることになっている。
滞りなく配達が終わり、二人が屋敷に帰ってくると、真っ赤なスポーツカーが玄関前に停まっていた。アルシャインはその車に見覚えがあった。
「またあの人来てるのか。ちょっと車邪魔だなあ。どこに停めよう?」
「あの人?知り合いなんですか?」
「うん。ちょっと厄介な人だ」
スポーツカーが邪魔で門の中に入れなかったアルシャインは、門の前に路上駐車し、車から降りた。ケフィもそれに続いて車から降りる。と、
「あたしから何もかも奪って楽しいわけ?!何とか言ったらどうなのよ?!」
「………」
頭にピンクのリボンを斜に巻いた茶髪の女が、玄関前でテンパランスに食って掛かっている。全身赤一色の派手なドレスも相まって、性格の悪そうな印象を受ける。
アルシャインはスポーツカーの横を通り過ぎ、テンパランスに帰宅を告げた。
「ただいま戻りました、テンパランス様」
「おかえりなさい」
「あたしを無視すんじゃないわよ!!」
赤いドレスの女は尚もガミガミ突っかかってくる。
ケフィは恐ろしくなって、気配を消すことにした。コソコソさりげなくアルシャインの陰に隠れる。
「今日はどんな御用なんですか?」
溜息交じりにアルシャインが訊くと、赤い服の女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、
「あなたも関係あるんだからね!先日のモンスター退治の案件は、本当は私たちが請け負う仕事だったのよ!それをこの蝋人形女が私から仕事を奪って…!」
「だから言ってるでしょう?市役所の職員はあなたのことなんか一言も言ってなかった。私が奪ったと文句を言うなら、私に割り振った職員に文句を言うことね」
「もう文句言ってきたわよ!!だからあんたがあの案件請け負ったってことが判ったんであって……!」
アルシャインは「またいつもの言いがかりか」と、それ以上口を挟むのを諦めた。
「ミルドレッドー!気が済んだだろう?帰ろうぜ?テンパランスは知らなかったって言ってるんだから」
スポーツカーの運転席で待ちぼうけしながらやり取りを眺めていた男が、赤い服の女に声をかけた。
波打つ癖毛の長い金髪を首の後ろで一つに束ねた、赤ら顔の青い目の男だった。
「俺腹減ってきたよ」
と言いながら、彼は大きく欠伸をした。
ミルドレッドと呼ばれた女は尚も食い下がる。
「市役所とあんたを相手に裁判起こしてもいいのよ!」
「諦めなさい。無駄にお金を投げ捨てるだけよ」
テンパランスは相変わらず表情を崩さず、冷静だ。
ケフィはアルシャインの背後からコソコソと訊いた。
「この人たち誰なんです?」
気配を消していたはずだったが、ケフィの存在がミルドレッドに気づかれてしまった。
「あら?その子誰?見ない顔ね。新入り?」
ケフィはびくっと肩を竦め、アルシャインの陰に隠れると、子供のように彼の陰から窺った。
テンパランスが冷静に説明する。
「そうよ、1~2週間前から新しく入門した弟子、ケフィよ。ケフィ、出てきなさい」
ケフィは仕方なく、怖々アルシャインの陰から出てくると、「ケフィ・スクートです。初めまして……」と名乗った。
「初めましてケフィ。あたしは世界最強の言霊使い・ミルドレッド・ジラ・カリーニョ様よ。ミルドレッド様とお呼び。向こうで車に乗ってるのはガイ。あたしの足」
「ひどっ!もっとマシな紹介してくれよ」
「他に表立って説明できる?」
「まあ……そうだな」
簡単に説明されてしまったガイだったが、何か裏のありそうな紹介だ。
「その、ケフィは結構使える奇跡使いなの?」
ミルドレッドがケフィに興味を持ったようなので、テンパランスは内心ほっとした。言いがかりでガミガミ言い続けられるのはもううんざりしていたからだ。それに、ケフィに関しては少し気になることがある。ミルドレッドに聞いてみてもいいだろう。
「それが、力の発現がうまくいかなくて、たまに力を使うみたいなんだけど、どうも奇跡とは違う力を使うみたいなのよ。それが少し気になってる」
「奇跡とは違う力……?」
ミルドレッドは眉根を寄せ、じーっとケフィを凝視した。ケフィはその鋭い眼光に、堪らず目を泳がせる。
「男の子よね?」
「そうね」
「うーん」とミルドレッドが腕組みしてしばし考えると、ケフィに、「アルシャインから離れて立ちなさい」と言った。
ケフィが少しアルシャインから距離をとると、「もっと!もっと!」と、大分距離を離させる。
「ケフィ、今からあたしが言うことを復唱しなさい」
「は……はい……?」
「陽の光に大地の奥に、竈の中におわします、炎を司りし古霊・フランマよ!」
「ひのひかりに、だいちのおくに?かまどのなかにおわします……炎を司りしこれい、ふらんまよ」
「今こそ我にその力を与え給え!火柱よ巻き起これ!」
「今こそ我にその力を与え給え、ひばしらよ巻き起これ」
すると、ケフィとミルドレッドの間に、巨大な火柱が燃え上って消えた。
「やはり言霊使いだったのね、あなた」
テンパランスはそれを見て、ずっと頭を悩ませていた疑問が解け、はたと手を打った。
ケフィは驚いて声も出ない。
「あたしは何もやってないわよ。今の火柱はあなたが出した古霊の力。おめでとう。あなた立派な言霊使いだったのね」
ガイがそれを見て驚いて車の中から声をかけた。
「おいおい、言霊使いって女の専売特許だったんじゃないのかよ?そいつ男だろ?男でも言霊使いなんているの?」
「いないわけではないわ。世界に数人、確認されている。女の奇跡使いよりは珍しくないわよ」
ミルドレッドが答えた。
固まって動けなかったケフィの時間が流れ始め、ケフィは自分の力を疑いだした。
「ほ、本当に今のが言霊なんですか?今、僕がやったのは、言霊なんですか?」
「あら、信じられないみたいね、じゃあもう一回私の言うことを復唱なさい。我らの足元を見上げ、山の上から我らを見下ろす大地の古霊ペトラムよ、憎き敵に石飛礫を!」
「われらのあしもとをみあげ・・・」
テンパランスはその祝詞を聞いて瞬時に察知し、「土の神!水の神!」と、神を召喚した。
「にくきかたきにいしつぶてを」
すると、テンパランスのほうが僅かに早く、テンパランスとアルシャイン、そして屋敷の玄関を覆い尽くすような土の壁を作り上げた。暫時遅れてケフィの呼び出した古霊の石飛礫が横殴りの雨のように土壁に叩き付けられた。
「おーっほっほっほ!ケフィ、あなたやるじゃない!テンパランスたちが泥まみれよ!」
「わーーー!!!すみませんテンパランス様!!ごめんなさい~~!!」
土壁はぼろぼろと崩れてゆき、玄関前に土の盛り上がりと石ころの山が築き上げられた。テンパランスとアルシャインは泥まみれとはいかないものの、土埃にまみれて汚れてしまった。
「気は済んだ?」
服の埃を払いながら、テンパランスが表情一つ変えずに訊く。
「ちょっとね」
ミルドレッドがにやりと笑う。
ミルドレッドはケフィに歩み寄ると、
「あなた、よかったらうちの弟子におなりなさいよ。可愛い女の子いっぱいいるわよ。そんなマグロ女のところで禁欲生活して、青春を無駄にするもんじゃないわ。サービスしてあげるわよ♪」
と、ヘッドハンティングを持ち掛けた。
テンパランスもそれには同意する。
「ケフィ、あなたが言霊使いと分かった以上、うちにいても力はつかないわ。ミルドレッドの下で修業なさい。あなたはそのほうがいいと思うわ」
ケフィはまごまごと迷っていたが、自分の力が奇跡ではないと分かった以上、夢の実現に一番近いのはミルドレッドの弟子になるしかない、としか思えなかった。テンパランスやアルシャイン、イオナには恩を感じるが、これ以上彼らと一緒にいても迷惑にしかならないというならば。
「わかりました……。ミルドレッド様、よろしくお願いします!テンパランス様、アルシャインさん、イオナ、今までありがとうございました!」
「決まりね!よし、せっかく車で来てるんだから、荷物、車に全部乗っけてすぐ帰るわよ!」
そういうと、ミルドレッドはケフィの手を掴んでテンパランスの屋敷にずかずか入っていった。
「あんたの部屋どこ~?」
「い、今からですか?ちょっと急じゃないですか!?」
「善は急げよ!」
テンパランスとアルシャインは二人に付いていきながら、「勝手に人の家に入らないでくれる?」と、小さく抗議した。
車から降りてきたガイもテンパランスの屋敷に勝手に上がり込み、荷物運びを手伝う。
イオナは訳が分からないまま呆気にとられてケフィを見送った。
斯くして、ケフィは新しくミルドレッドの屋敷の世話になり、言霊使いへの道を歩き始めたのである。