第四話 言霊使いミルドレッド



2025-02-06 15:42:06
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 ガイの運転する赤いスポーツカーに荷物を積み込み、三人はミルドレッドの屋敷へと車を走らせた。
「今日の飯なんだろう?ベルちゃん何作ってくれてるかな~」
「あんたに食わすごはんなんかないわよ。あたしたちを降ろしたらさっさと帰んなさい」
「ひど!ご飯ぐらいいいだろ~?それとも俺がキャバクラ行ってきてもいいの?」
「行きたいなら行けば?」
「またまた~。行ったら行ったで怒るくせに」
 夫婦漫才のように話すミルドレットとガイは、一体どんな関係なのだろう。テンパランスとアルシャインは禁欲生活をしていたから何でもない関係だったのだろうけれど、話の雰囲気からして、恋人同士なのだろうか。言霊使いは禁欲しなくていいのだろうか。訊いてみたい気もするが、さすがにずけずけ訊くのははばかられた。
 黙したまま車に揺られて、ケフィはミルドレッドの屋敷に着いた。
「お帰りなさい、ミルドレッド様!ガイさん!」
 屋敷の玄関で出迎えたのは、なるほど可愛い女性が二人。
「紹介するわ、ケフィ。この子が一番弟子のエラ。一番優秀な言霊使いよ。この子は三番目の弟子のニナ。まだまだ駆け出しってとこね。エラ、ニナ、紹介するわ。この子はケフィ。テンパランスの事務所にいたんだけど、言霊使いだったからヘッドハンティングして連れてきたわ。今日からこの屋敷で修業するから仲良くしてあげて」
 金髪の癖毛を肩で切り揃えた、ちょっときつい印象のある女性がエラ。茶髪を頭の高い位置でポニーテールにした、人懐っこそうな女性がニナと紹介された。
「初めまして……ケフィです。よろしく……」
 エラとニナは驚いた。ヘッドハンティングしてきたというが、少年ではないか。
「えー!?うっそーー!!男の子?男の子なのに言霊使えるの?」
「きゃー!可愛いじゃない!よろしくねー!いくつ?16歳?若ーい!お姉さんたちが優しく教えてあげるから、安心してね!」
 ものすごい食いつきで出迎えられた。ケフィは内心後悔した。イオナのテンションにも苦手意識があったのに、イオナよりもキャッキャした女性が何人もいるところなんて、地獄だ。本当にこんな環境で修業をするのか……。先が思いやられる。
「ねえねえ、俺の分のご飯ある?」
 ガイが呑気に訊くと、エラとニナは、
「ガイさんの分はありますけど、その男の子の分は用意してなかったかな。すぐに用意しますね!大丈夫。全員分ありますよ!」
「椅子どうしよう。余ってる椅子あったかな?」
「あの辞めてった子の分はあったじゃない?」
 と、騒がしく奥へと駆けていった。
「五月蠅くてゴメンねケフィ。まあ、しばらくすれば慣れるわよ。さ、上がって」
 ミルドレッドに促され、荷物のバッグを両手に抱え、ケフィは屋敷に足を踏み入れた。
 ダイニングルームにやってくると、真っ直ぐな黒髪で重い印象のおかっぱ頭の少女が、ケフィの分と思しき食器を並べて出迎えた。
「……」
 先ほどの女性二人と比べると、寡黙で控えめで、少し暗い印象の少女だ。
 ミルドレッドがその姿を見止めると、ケフィに少女を紹介した。
「二番目の弟子のベルよ。ベル。この子はケフィ。男の子だけど、今日からこの屋敷で言霊使いの修行をすることになったわ。仲良くして頂戴」
「ケフィです。よろしくお願いします」
 ケフィがあいさつすると、ベルは小さく会釈しながら、蚊の鳴くような声で応えた。
「ベルです。よろしくお願いします」
 小動物のようにびくついているが、男性が苦手だとか、何か理由があるのだろうか。エラとニナには苦手意識を持ったケフィだったが、ベルは何だか妙に気になった。

 全員が食卓に着くと、古霊への祈りをささげる。奇跡使いの時は神々への祈りを捧げていたが、言霊使いは古霊に祈りを捧げるようだ。
 ケフィは精霊神教を信仰していたので、なんだか急に改宗させられて、戸惑った。祈りの言葉も初めて聞くような祝詞で、まごつく。
「太古より生きとし生けるものを見守り育てし古霊たちよ、あなた方のおかげで今宵も温かな食卓を囲むことができます。この糧が我々の血となり肉となり、明日への活力となりますように」
(言霊使いって、祈りの言葉がいちいち長いな……これが言霊なのか……)
 周りに倣って祈りの言葉を唱えてみたものの、もごもごと詰まってろくに発音できなかった。ミルドレッドはそれを耳ざとく聞きとめ、
「朝、昼、晩、祈りの言葉が変わるわよ。他にも、各古霊へ捧げる祈りは全部違うから、それを猛練習して早く暗記しなさい、ケフィ」
 と、釘を刺した。ケフィは恐ろしくなって食欲が失せた。自分の取り分だけは何とか胃に押し込んだが、大皿料理に手を出す気にはなれなかった。
 食事の間中、ケフィは例のごとく女子たちの質問攻めに遭った。
 姦しい女子が束になってかかってくると、抵抗できない。またもケフィはプライバシーも何もかも丸裸にされてしまった。
 そのうえ気の弱さを指摘され、説教が入る。
「駄目よケフィ、そんなんじゃ。男の子なんだからもっとビシッと!」
「す……すみません」
「謝ってばっかり!」
「すみません……」
 お喋りは深夜まで続き、日付の変わる頃ようやく自分の部屋で眠りにつくことができた。
「つ……疲れた……。僕、本当にこんなところでうまくやっていけるのかなあ……」

 翌朝。日の出の時間からドアを叩かれ叩き起こされて、ケフィは眠たい目をこすり、ダイニングルームに出てきた。すると、昨夜あんな遅い時間に解散となったというのに、エラもニナもベルもミルドレッドも、ビシッと身なりを整えて待っていた。
「遅いわよケフィ。さあ、祈りの時間よ。ついてきなさい。説明するわ」
 連れ出されてやってきたのは屋敷の離れのお堂だ。
「私の屋敷は、ほかの言霊使いと違って、敷地内に古霊のお堂を備えてるの。他の言霊使いも祠を持っていたりするけど、ご霊体はせいぜい10体もいないわ。私の事務所のお堂には30体のご霊体が祀られてる。古霊道の聖地は別として、言霊使いが個人で所有してるお堂としては世界最大よ」
 ミルドレッドがそう説明すると、ケフィは素朴な疑問を投げかけた。
「古霊って全部で何人ぐらいいるんですか?」
「そうね、封じられた凶悪な古霊も何体かいると聞くから、正確な数はわからないけど、現在信仰されている古霊は50体ぐらいいらっしゃると聞くわ。封じられた古霊をまとめた禁呪の本がどこかにあるといわれてるから、その中に封じられてたり、個人的にお祀りされてる古霊も含めると100はいるんではないかという研究報告もあるわね。」
 古霊はそれぞれが人格と名前を持った存在である。精霊神のように世界中のあちこちに潜んで活動しているようなものではなく、一体一体が信仰の対象として独立しているもので、その高次の霊体との交信の手段として、「ご霊体」と呼ばれる偶像を崇拝するのだという。
「さ、中に入ってお参りするわよ。失礼のないようにね。先輩弟子のやることをよく見て、覚えなさい」
 言われたとおり、ケフィは一番後ろからついていき、ミルドレッド、エラ、ニナ、ベルのやることをよく観察して、そのしきたりを真似た。
 お堂の中には一体一体名前の添えられた偶像が祀られていた。蛇のようにくねくね曲がる細道の両側に祀られた偶像を、右を向いて祝詞をあげ、左を向いて祝詞をあげ、一歩進んでまた右を向いて祝詞、左を向いて祝詞、を繰り返す。
 30体に祈りを捧げ終る頃には喉がカラカラになっていた。
「これを今夜も陽が沈む前にやるわよ。朝日が昇ってから一時間以内、陽が沈む一時間以上前に毎日やるの。外出先で祈りが捧げられない時は、人形を肌身離さず持ち歩いて、その人形に祈りを捧げるわ」
 女ばかりの宗教という華やかに見える古霊道だが、精霊神教に劣らぬほどなかなかに厳しい戒律である。ケフィはすっかり打ちのめされていた。
 しかし自分は古霊に祝福された存在である。この戒律に従って、早く一人前の言霊使いにならなければ。厳しい顔つきでこちらを睨むご霊体の偶像を見て、気持ちを引き締めるケフィだった。

 昼間はというと、テンパランスの屋敷では奇跡の小瓶を精製していたが、ミルドレッドの屋敷では卵ぐらいの大きさの小さなぬいぐるみを作っていた。古霊の名前を書いた小さな紙を、そのぬいぐるみの中に入れて、綿を詰めて縫い閉じる。日がな一日暇さえあれば、そのぬいぐるみと、古霊の名前の紙を作り続ける。
 ケフィは慣れない針仕事に、何度も針で指を刺した。
「あ痛!また刺しちゃった……」
「もう~、大丈夫ケフィ?焦らないで丁寧に縫えばいいのよ」
「すみません、大丈夫です……」
 エラとニナが手とり足とりぬいぐるみ作りを教えてくれる。ベルはただ無言で小さな紙片に古霊の名前を書き続けていた。
 可愛いぬいぐるみを作るというのがまた、女性の宗教らしいなとケフィは思った。
 そんなことをしていると、ミルドレッドの屋敷に来客があった。
 ビシッとスーツを着込んだ、お金持ちそうな中年男性が数人。
 なぜかガイも一緒にやってきて、ミルドレッドの応接室に入っていく。
 ガイは時々この屋敷にやってきてはミルドレッドと何か話したり遊んだりしていくが、一体何者なのだろうといつも思う。
 来客が小一時間ミルドレッドの部屋で何か話し合っていると、ぞろぞろと帰っていった。ガイもお客にくっついて帰っていく。
 すると、作業場で手芸をする弟子たちの元へミルドレッドがやってきて、声をかけた。
「エラ、ニナ、それからケフィ、あんたも、いい経験だからついていきなさい。仕事が入ったわ。今回は簡単だからあんたたち三人で行ってもらいます。いいわね」
 エラとニナは急に厳しい顔つきになり、「はい!」と返事した。
「仕事って……どんなことをするんですか?」
 ミルドレッドは厳しい顔つきで応えた。
「殺しよ」

 指定された日時に、指定されたバーへ入っていく。ケフィとニナは未成年なので、オレンジジュースとケーキやプリンなどを注文し、エラはカクテルとクラッカーを注文して、その時を待った。
 何気ない会話をして、「最近古霊道には慣れたか」「祝詞はおぼえられたか」など、当たり障りない話題で時間をつぶした。
 すると、カラン、と入口のベルを鳴らして、ターゲットが入ってきた。でっぷりと肥えた、金持ちそうな初老の男性である。
「殺し甲斐ありそうな親父……」
「ああいう親父嫌い。躊躇いなく殺れるわ」
 エラとニナはひそひそと耳打ちした。
 ターゲットの男性は若い女を二人従えて、バーの奥のVIPルームに入っていった。
 しばらく様子を窺い、VIPルームの入り口から小さく見える男性が、酔いが回って大笑いをする声が聞こえてきたあたりで、エラとニナは目を伏せ、唇だけでブツブツと呪文を唱えた。
「愛の古霊アマーレの双子の古霊、憎しみの古霊オディウムよ、彼の醜悪な敵の命の鼓動を止めたまえ。心の臓を握りつぶし、今こそ彼奴に憎しみの鉄槌を」
 ケフィにははっきりと見えた。二人の唱えた呪文は、その唇から言霊を織り上げたリボンのように紡ぎだされ、VIPルームに向かってひらひらと宙を舞っていった。
 数分後、「グエッ、ゴホッ、ゲボッ!」と、気持ち悪いうめき声が聞こえたかと思うと、キャーッという女性の悲鳴が上がり、VIPルームから先ほどの女性たちが逃げ出してきた。
「マスター!救急車呼んで!オジサマが倒れたの!」
 バーのマスターは受話器を取り、すぐに救急車を呼んだ。
 騒然とするバー。
 ケフィは食欲が失せるどこか急に気持ち悪くなってきた。膝がガクガクと激しく震えだし、その震えはやがて全身に回った。怖い。人が死んだかもしれない。怖い。それを殺したのは、今両脇に座っている姉弟子たちだ。姉弟子たちはくすくすと笑っている。なんで平気で笑えるのだろう。人が死んだかもしれないのに。
「ケフィ、どうしたの?怖い?気持ち悪い?」
 ニナが訊くと、ケフィは我慢できなくなってトイレに駆け込み、吐いた。
 気持ち悪さが収まるまでトイレにこもり、トイレから戻ったころには救急車が来ていて、死体は運び出されていた。間もなく救急車が走り去ってゆく。
「怖かったね、ケフィ。ごめんね。でもこれが言霊使いの仕事なの。さあ、帰ろう。」
 ニナはこういう時何時もケフィをやさしく気遣う。エラはというと、ハア、とため息をつき、
「男のくせに情けないわね。これからはこんな仕事なんていくらでもあるのよ。それとも貴方、今まで誰も殺したことがないの?」
 と辛辣な言葉を口にした。
『今まで誰も殺したことがないの?』
 その言葉はケフィの凍える心に止めを刺した。
 殺したことがないわけではない。だが、それは、彼にとって触れられたくないトラウマで。
 ケフィは、泣きながら帰った。とても平常心ではいられなかった。男のくせにみっともないと言われても、彼には辛すぎる現実だった。
 女二人に支えられながら、よろよろとした足取りでケフィは帰途に就いた。

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