「まずは言霊の概念について説明するわ。言霊は、古霊に語り掛けて、その力を借り、発現する力よ。どのくらいの力が引き出せるかは、言霊使いの言語IQ、言語分野の脳の発達度が影響するわ。だから沢山本を読み、知識と語彙力を鍛えなさい。本は好き?」
ミルドレッドが言霊についての詳しい説明をした。しかし、説明しながら気になったのは……。
「ねえ、そのダサいエプロンはあなたの趣味なの?」
「えっ?」
ケフィが着てきた紫地にひよこと鶏のイラストの入ったエプロン。ミルドレッドが真面目な話をするたびに、可愛いひよこと鶏が、緊張感を崩してくる。
「奇跡使いの修行の時、エプロンをしないと服が燃えるから、気をつけなさいって……」
ミルドレッドは虚空を仰いで脱力してみせると、一つ溜息をついた。
「これだからあの女のセンスって理解できないのよね。なんでエプロンなの。ダサイったらないわ。そんなエプロンはベルにでもあげなさい。必要ないわ」
「は、はい……」
ケフィはエプロンを脱ぐと、庭の隅の茂みの上に置いた。
「それから、あなた」
「はい?」
「そのダッサイ髪型も、あの女の命令でやってるの?」
ケフィは傷ついた。行きつけの散髪屋のセンスに全幅の信頼を預けていたケフィは、今まで疑わなかった髪型をバッサリ切り捨てられて、仰天した。
「だ、ダサイですか?これは、行きつけの散髪屋さんにお任せしてるんですが……。あ、髪が伸びてきたのでそろそろ切ろうかと思っていたんですが」
「どうせなら伸ばしなさいよ」
「えっ?!」
「言霊使いは女の仕事。髪の美しさも言霊の力に影響するのよ。エラとベルは髪を伸ばすのが性格に合わないって言って短くしてるけど、あの子たちも伸ばせばいいんだわ。あなた、男の子なんだから、髪は長いほうが威力が上がるわよ」
ミルドレッドに反抗する気の強さは持ち合わせていない。ケフィはおとなしく従うことにした。それに、散髪代が浮いたら手持ちの所持金を他のことに使える。それもいいかもしれない。
「で、話を戻すけど、本は好き?」
「はい、小さい頃から本は好きでよく読んでいました」
「ふむ。それで古霊に好かれたのかもしれないわね。本はたくさん読みなさい。うちにもいっぱい本があるわ。好きなの読みなさい」
ミルドレッドは説明を続けた。
「奇跡使いの奇跡がイメージする力で操るのは勉強したでしょう?言霊使いは古霊にどれだけ正確に希望を訴えかけるかによるの。だから、光の古霊ルクスに語り掛ける言霊が変われば、失せもの探しをすることもできれば、盲目の人の視力を戻すこともできる。まあ、無理な時もあるけど、可能であれば古霊は願いを叶えるわ」
失せもの探し。先ほどベルから聞いた言霊だ。
「その失せもの探しの言霊はなんていうんですか?」
「え?例えばの話よ?あなた何か失くしたの?ここにきてまだ日が浅いのに。『光の古霊ルクスよ、我の大切なナントカの在り処に導き給え』よ」
「へえー!あ、メモしていいですか?いやあ、さっきダイニングルームで雑談していた時に話題に出たんです。それで気になってて」
律儀にメモを取るケフィにあきれていたミルドレッドだったが、これを一つ利用してみようと思った。練習課題にちょうどいい。
「ちょうどいいわ。あなたのエプロン隠してくるから、さっきの言霊で探し出してきなさい」
ミルドレッドはそういうと、庭の隅に置かれていたエプロンを隠しにどこかへ行き、ほどなくして戻ってきた。
「エラに隠してもらったわ。さっきの言霊を使ってごらん」
「は、はい!『 光の古霊ルクスよ、我の大切なエプロンの在り処に導き給え』!」
すると小さな光の玉が、虫の羽を生やした妖精のような姿になり、ケフィを手招いた。
妖精についていくと、ダイニングルームに導かれ、冷蔵庫の中を示された。ケフィが冷蔵庫を探すと、なるほど、中に丸められたエプロンが押し込まれ冷やされていた。エプロンを取り出すと、光の古霊ルクスはパッと消えてしまった。
ダイニングルームでケフィを見ていたエラとニナは、拍手して称えた。
「やるじゃない!まあ、簡単よね」
ケフィはえへへとはにかんだ。
「ミルドレッド様、見つかりました!」
ケフィが戻ると、ミルドレッドもそれを称えた。
「よくできました。それじゃ、いくつか基本的な言霊を教えるから、そのノートにメモして、しっかり覚えなさい」
ケフィはみるみる習得していった。人殺し、呪いなど、あまり気持ちよくない言霊が多かったが、その性格上仕方がないのでメモを取る。一方で、恋愛成就の言霊や、病気治癒の言霊には傍線を引いてしっかりマークしておいた。どちらかといえば、そういった気分がよくなる、役に立つ言霊を使えるようになりたい。
「じゃあ、ぬいぐるみに言霊を込める作業を教えるわよ」
ミルドレッドは作業場にケフィを連れていくと、今までチクチク作り続けていたぬいぐるみを古霊別に分類して、言霊を唱え始めた。ミルドレッドの唱えた言霊は、例の言霊のリボンを作り、ぬいぐるみに侵入すると、淡い光を放って浸み込んだ。
「このぬいぐるみはお客さんに販売しているわ。いつもこの道場で販売してたらきりがないから、委託販売してるお店に置いてもらってるんだけど。見たことない?古霊ショップ」
ケフィは首を横に振った。我ながら、奇跡使いも言霊使いのことも、全然知らなかった自分が恥ずかしい。
「まあいいわ。これからあたしの車に積み込んで、委託先に納品してくるから、ちょうどいいからあなた、このぬいぐるみに言霊を込めてごらんなさい」
全30種類。だが、よく売れるのはその半分だという。十数種類の言霊を読み上げ、ぬいぐるみに込めると、全部終わったころにはヘトヘトに精神が疲弊していた。
「よくできました。うん、ちゃんとよくできてるわ。お疲れ様。じゃあ、ガイと三人で納品しに行くわよ」
なんだかテンパランスのところでも同じようなことをやったばかりのような気がする。しかしこれが奇跡使いと言霊使いの日常なのだ。
古霊ショップに連れられて行くと、意外にお洒落で煌びやかなお店だった。ぬいぐるみの中には縁切りや呪いなど、あまり可愛くない効果が込められているものも多いのに、こんなお洒落なお店で扱っていいのだろうか。
店の中に入ってくと、ミルドレッドはお客の若い女の子たちに黄色い声援で迎えられた。
「ミルドレッド様!私この前彼氏できました!ミルドレッド様のおかげです!」
「ミルドレッド様!ありがとうございました!お守り大切にします!」
影の薄いケフィは女の子たちに押しのけられ、先に進めなくなってしまったので、別の通路に回り込んでぬいぐるみを納品した。
「こんにちは。初めまして。僕、新しくミルドレッド様の弟子になったケフィと言います。よろしくお願いします」
「あ、お疲れ様でーす。初めまして。あ、納品ですか?いつもありがとうございまーす♪」
店員のノリも軽い。あんなに怖かった言霊のイメージが一気に変わってしまうほど、フランクな世界だった。ケフィは言霊はもっとドロドロして汚くて薄気味悪くて怖いと思っていた。しかしこれが世間の言霊のイメージなのだろう。軽い気持ちで、皆お守りのぬいぐるみに願いを託し、軽い気持ちで古霊の力にすがっている。なんだか拍子抜けしてしまった。
「ごめんねケフィ。女の子に囲まれちゃって。納品は終わった?」
「あ、はい。今検品してもらってます」
ミルドレッドが女の子たちから解放されて店員のところにやってくると、店員はこれまた軽い調子でOKを出した。
「あ、だいじょーぶですよ。ミルドレッド様に限って間違いなんてないですし。オッケーでーす。お疲れ様でーす♪」
「じゃ、帰りましょう」
ミルドレッドがケフィを連れて店の入り口までやってくると、今度はガイが女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしていた。
「ガイさん!あたし大ファンです!頑張ってください!」
「そうおー?いやあ照れるなあ。ありがとう。俺も君のこと大好きだよ!」
「キャー!!」
ミルドレッドはすれ違いざまにガイの耳を掴んで車まで引っ張っていった。
「イタタ、ミルドレッド、痛い!安心してくれよ、俺はミルドレッドが第一だから!」
「フン!」
ケフィはいつも不思議に思う。二人はどんな関係なのだろう。
「あんたたち、仕事が入ったわ。今度の仕事はモンスターの殲滅。エラ、ニナ、それにケフィ、三人でできる限り沢山モンスターをやっつけてきて頂戴」
ミルドレッドにそうミッションを言い渡されたのは、古霊ショップに納品してきた日の数日後の夕食時だ。翌朝早くガイの運転する車に乗って現場に向かい、モンスターを殲滅するのだという。
凶悪なモンスターが多数現れるということで、一瞬も気が抜けない。
しかしケフィもテンパランスの所でそれは経験している。あの時は無力で役に立てなかったが、言霊という力を手に入れた今なら、ケフィにもそう難しい仕事ではないはずだ。
前日の夜にやってきて屋敷に泊り込んでいたガイも朝早く起きてきて、ミルドレッドのワゴン車の運転席に座る。エラが助手席に座り地図を広げると、ケフィとニナは後部座席に座った。
向かったのはトンネル工事中の山奥だ。モンスターがあまりに沢山出るというので作業が中断しているという。
車に揺られて現場にたどり着いたのは正午頃のことだった。担当者がバリケード前で待っていて、ガイは車の窓を開けて担当者に話を通した。
「ども。ミルドレッドの使いの者です。今日はよろしくお願いしまっす」
「あ、ご苦労様です。モンスターはこのバリケードの奥、工事現場付近に現れます。よろしくお願いします」
担当者二人がバリケードを退かして道を開けると、ガイは車を進めた。
「じゃ、俺は車の中で待ってるから、後よろしく頼んだよ」
「行ってきます!」
三人の言霊使いたちが車から飛び出すと、ガイはシートを倒して居眠りを始めた。呑気なものである。
人間の姿を見つけたモンスターたちは一斉に襲い掛かってきた。しかしエラはモンスターが姿を現す前から言霊を待機させていた。もうすでに言霊は唱え終っている。
エラの周りに放射状に配置されていた炎の矢は、一斉に飛び出し、包囲して襲い掛かるモンスターの第一波を燃やし尽くした。その一瞬の隙を利用して、ケフィとニナが言霊を唱え、第二波、第三波を仕留めてゆく。獣型モンスター、霊体型モンスター、粘菌型モンスターなど、モンスターの種類も様々だ。たいていは炎の古霊フランマから力を得れば倒せたが、炎の利かないモンスターには大地の古霊ペトラムなども活用した。
「大地の古霊ペトラムよ!ケフィを悪鬼の魔の手から守りたまえ!」
「すみません!ありがとうございます!」
「炎の古霊フランマよ!醜悪な怪物を炎の矢で貫き給え!気を抜かないで!」
「はい!大地の古霊ペトラムよ、憎き敵に石飛礫を!」
無駄口を叩く暇などなかった。矢継ぎ早に言霊を唱え続け、襲いくる怪物たちを仕留めてゆく。手が空いたら死骸の山を炎の古霊で片付ける。
「炎の古霊フランマよ、爆ぜろ、吹き飛ばせ!」
エラとニナがやってみせるその言霊を見ていて、ケフィは「テンパランスと出動した時自分が使った言霊は、フランマの爆裂の言霊だったのだな」と気が付いた。無意識に使っていたのだ。だとすると、母を救ったあの言霊は何だったのだろう。クラスメートを殺したあの雷の言霊は、今でも使えるのだろうか。確か、ミルドレッドが所持している古霊のご霊体の中に、雷の古霊がいたはずだ……。
そんなことを考えていると、山の天気が傾いてきて、雨雲が周囲を覆い始めた。
「視界が悪くなってきたわ。気を付けて!」
と、そこへ毛むくじゃらのモンスターが襲い掛かってきた。
「炎の古霊フランマよ!醜悪な怪物を炎の矢で貫き給え!」
しかし、霧で被毛の濡れたモンスターに、炎の言霊は効かなかった。湯気が立ち上り、火がつかない。
「しまった!どうしよう!」
ニナが慌てると、ケフィが咄嗟にデタラメに雷の古霊に呼びかけてみた。
すると、突然強烈な閃光が爆ぜ、けたたましい音が耳をつんざいた。と、そこにモンスターたちの夥しい黒焦げの死体が散乱していることに気づくと、エラとニナは、「ああ、雷の古霊フールグラの雷が落ちたのか」と理解した。
「ケフィがやったの……?」
突然目の前に雷が落ちたことで放心状態になっているエラは、そう呟くことで精いっぱいだった。
「やった……。なんか適当に唱えてみたけど、雷の言霊が使えました!」
「すごいじゃないケフィ!まだ習ってなかったんじゃない?よく使えたわね!えっと、正しくは、『げに恐ろしき稲妻の古霊フールグラよ、憎き敵に天罰の稲妻を落としたまえ』ね!」
ニナは素直にケフィのお手柄を称えた。だが、滅茶苦茶に唱えたことを聞き逃さなかったニナは、律儀に訂正する。
「あ、はい。わかりました!なんか思い付きで言霊唱えちゃいました。反省……」
と、そこへガイが慌てて駆け付けた。
「なんか雷落ちたんじゃない?大丈夫か?」
「いえ、今の言霊です。ケフィがやってくれたんですよ!」
それを聞いてガイは心底ほっとした。こんな山の中の雨降りの中だ。万が一のことを考えたら、言霊だと分かっていても安心できない。
「ちょっと雨激しくなってきたから車の中で待機な」
ガイに促され、死骸の山を自力で片づけた後、四人は車の中に乗り込んだ。
「モンスター、来ないですね」
「さすがにこんな雨の中だからな」
と、そこへ現場の担当者がやってきて、窓ガラスを叩いた。
「どうしました?」
「この雨ですし、我々も一旦退却するので、皆さんも今日はこの場でお帰りください。明日また張り込んでいただいて、モンスターの勢いが無くなったら依頼完了ということで」
とりあえず夕暮れ時のお祈りの時間が迫っていたので、今日酷使した古霊のぬいぐるみを囲んで祝詞をあげ感謝すると、ガイは車を走らせ帰途に就いた。
一同が帰宅すると、ミルドレッドがダイニングルームの自分の席でタバコを吸って待っていた。ベルも料理の皿を並べて、四人を出迎えた。
「お帰りー。首尾はどうだった?」
「お帰りなさい。皆さんお怪我はありませんか?」
エラがミルドレッドに報告する。
「雨足が強くなってきたので早めに切り上げて帰ってきました。明日また張り込みます」
するとニナがケフィの手柄を褒め称えた。
「すごいんですよミルドレッド様!ケフィがだれにも教わってないはずの稲妻の言霊を使って、敵を殲滅したんです!この子超すごいですよ!ねー、ケフィ?」
「や、そんな大したものでは……」
ミルドレッドは驚いた。確かに稲妻の古霊のことは教えた記憶がない。
「へー、どうやって稲妻の言霊のこと覚えたの?」
「毎日のお祈りの時に、たまたまお堂にご霊体があったのを覚えてました。それで適当に……」
それにベルが食いついてケフィを褒めた。
「すごいじゃないですかケフィさん!適当にできるものじゃないですよ!すごいです、尊敬します!」
いつになく元気よく食いついて黄色い声を出すベルに、ケフィ以外の皆が驚いた。ケフィは素直に喜ぶ。
「ありがとうベルさん。僕、頑張りました」
「疲れたでしょう?私、いつもより沢山ご飯作ったので、いっぱい食べてくださいね!」
ガイも驚きの呟きを漏らす。
「ベルちゃんあんな声出たんだね」
結局このミッションは一週間ほど張り込み、モンスターの勢いが無くなったことがわかると、ミッションコンプリートとなった。
ケフィはより一層新しい言霊を覚えることに精を出すようになり、言霊の指南書も何冊も読んだ。
そんな忙しくしているケフィの知らないところで、ベルがエラとニナに物陰に呼び出されていた。
「なんか最近あんた調子に乗ってない?」
「そんな事……ないです……」
「やけにケフィと話すときだけテンション高いよね。何?ケフィ狙ってるの?」
「違います……」
バシャア!
ベルの頭の上から、バケツに入っていた雑巾の搾り汁をかけるエラ。
「くっさー。ベル、あんた臭いよ、汚いよ。そんなあんたが調子に乗っていいと思ってんの?」
ベルは何も抵抗しない。汚れたバケツをベルに被せると、エラはベルの腹部に蹴りを入れた。
「何とか言ってみなよ、あんた最近調子いいじゃない。ホラ、ホラ!言霊使ってみなさいよ!使えるんでしょう?!ほら、使って見せろ!」
「……!」
ニナは手を出さない。遠巻きに見守るだけだ。ただ、口は出す。
「言霊使い見習いともあろうものが、口がきけないって最悪だよね。喋ってナンボだよ、言霊使いは」
ベルが抵抗しないことに飽きてきたエラとニナは、ベルへの暴行をやめて去っていった。
取り残されたベルは、バケツを頭から外すと、嗚咽を噛み殺し、静かに涙を流した。
「私も言霊が使えたら……!でも……それでも私は……!」
ミルドレッドが言霊についての詳しい説明をした。しかし、説明しながら気になったのは……。
「ねえ、そのダサいエプロンはあなたの趣味なの?」
「えっ?」
ケフィが着てきた紫地にひよこと鶏のイラストの入ったエプロン。ミルドレッドが真面目な話をするたびに、可愛いひよこと鶏が、緊張感を崩してくる。
「奇跡使いの修行の時、エプロンをしないと服が燃えるから、気をつけなさいって……」
ミルドレッドは虚空を仰いで脱力してみせると、一つ溜息をついた。
「これだからあの女のセンスって理解できないのよね。なんでエプロンなの。ダサイったらないわ。そんなエプロンはベルにでもあげなさい。必要ないわ」
「は、はい……」
ケフィはエプロンを脱ぐと、庭の隅の茂みの上に置いた。
「それから、あなた」
「はい?」
「そのダッサイ髪型も、あの女の命令でやってるの?」
ケフィは傷ついた。行きつけの散髪屋のセンスに全幅の信頼を預けていたケフィは、今まで疑わなかった髪型をバッサリ切り捨てられて、仰天した。
「だ、ダサイですか?これは、行きつけの散髪屋さんにお任せしてるんですが……。あ、髪が伸びてきたのでそろそろ切ろうかと思っていたんですが」
「どうせなら伸ばしなさいよ」
「えっ?!」
「言霊使いは女の仕事。髪の美しさも言霊の力に影響するのよ。エラとベルは髪を伸ばすのが性格に合わないって言って短くしてるけど、あの子たちも伸ばせばいいんだわ。あなた、男の子なんだから、髪は長いほうが威力が上がるわよ」
ミルドレッドに反抗する気の強さは持ち合わせていない。ケフィはおとなしく従うことにした。それに、散髪代が浮いたら手持ちの所持金を他のことに使える。それもいいかもしれない。
「で、話を戻すけど、本は好き?」
「はい、小さい頃から本は好きでよく読んでいました」
「ふむ。それで古霊に好かれたのかもしれないわね。本はたくさん読みなさい。うちにもいっぱい本があるわ。好きなの読みなさい」
ミルドレッドは説明を続けた。
「奇跡使いの奇跡がイメージする力で操るのは勉強したでしょう?言霊使いは古霊にどれだけ正確に希望を訴えかけるかによるの。だから、光の古霊ルクスに語り掛ける言霊が変われば、失せもの探しをすることもできれば、盲目の人の視力を戻すこともできる。まあ、無理な時もあるけど、可能であれば古霊は願いを叶えるわ」
失せもの探し。先ほどベルから聞いた言霊だ。
「その失せもの探しの言霊はなんていうんですか?」
「え?例えばの話よ?あなた何か失くしたの?ここにきてまだ日が浅いのに。『光の古霊ルクスよ、我の大切なナントカの在り処に導き給え』よ」
「へえー!あ、メモしていいですか?いやあ、さっきダイニングルームで雑談していた時に話題に出たんです。それで気になってて」
律儀にメモを取るケフィにあきれていたミルドレッドだったが、これを一つ利用してみようと思った。練習課題にちょうどいい。
「ちょうどいいわ。あなたのエプロン隠してくるから、さっきの言霊で探し出してきなさい」
ミルドレッドはそういうと、庭の隅に置かれていたエプロンを隠しにどこかへ行き、ほどなくして戻ってきた。
「エラに隠してもらったわ。さっきの言霊を使ってごらん」
「は、はい!『 光の古霊ルクスよ、我の大切なエプロンの在り処に導き給え』!」
すると小さな光の玉が、虫の羽を生やした妖精のような姿になり、ケフィを手招いた。
妖精についていくと、ダイニングルームに導かれ、冷蔵庫の中を示された。ケフィが冷蔵庫を探すと、なるほど、中に丸められたエプロンが押し込まれ冷やされていた。エプロンを取り出すと、光の古霊ルクスはパッと消えてしまった。
ダイニングルームでケフィを見ていたエラとニナは、拍手して称えた。
「やるじゃない!まあ、簡単よね」
ケフィはえへへとはにかんだ。
「ミルドレッド様、見つかりました!」
ケフィが戻ると、ミルドレッドもそれを称えた。
「よくできました。それじゃ、いくつか基本的な言霊を教えるから、そのノートにメモして、しっかり覚えなさい」
ケフィはみるみる習得していった。人殺し、呪いなど、あまり気持ちよくない言霊が多かったが、その性格上仕方がないのでメモを取る。一方で、恋愛成就の言霊や、病気治癒の言霊には傍線を引いてしっかりマークしておいた。どちらかといえば、そういった気分がよくなる、役に立つ言霊を使えるようになりたい。
「じゃあ、ぬいぐるみに言霊を込める作業を教えるわよ」
ミルドレッドは作業場にケフィを連れていくと、今までチクチク作り続けていたぬいぐるみを古霊別に分類して、言霊を唱え始めた。ミルドレッドの唱えた言霊は、例の言霊のリボンを作り、ぬいぐるみに侵入すると、淡い光を放って浸み込んだ。
「このぬいぐるみはお客さんに販売しているわ。いつもこの道場で販売してたらきりがないから、委託販売してるお店に置いてもらってるんだけど。見たことない?古霊ショップ」
ケフィは首を横に振った。我ながら、奇跡使いも言霊使いのことも、全然知らなかった自分が恥ずかしい。
「まあいいわ。これからあたしの車に積み込んで、委託先に納品してくるから、ちょうどいいからあなた、このぬいぐるみに言霊を込めてごらんなさい」
全30種類。だが、よく売れるのはその半分だという。十数種類の言霊を読み上げ、ぬいぐるみに込めると、全部終わったころにはヘトヘトに精神が疲弊していた。
「よくできました。うん、ちゃんとよくできてるわ。お疲れ様。じゃあ、ガイと三人で納品しに行くわよ」
なんだかテンパランスのところでも同じようなことをやったばかりのような気がする。しかしこれが奇跡使いと言霊使いの日常なのだ。
古霊ショップに連れられて行くと、意外にお洒落で煌びやかなお店だった。ぬいぐるみの中には縁切りや呪いなど、あまり可愛くない効果が込められているものも多いのに、こんなお洒落なお店で扱っていいのだろうか。
店の中に入ってくと、ミルドレッドはお客の若い女の子たちに黄色い声援で迎えられた。
「ミルドレッド様!私この前彼氏できました!ミルドレッド様のおかげです!」
「ミルドレッド様!ありがとうございました!お守り大切にします!」
影の薄いケフィは女の子たちに押しのけられ、先に進めなくなってしまったので、別の通路に回り込んでぬいぐるみを納品した。
「こんにちは。初めまして。僕、新しくミルドレッド様の弟子になったケフィと言います。よろしくお願いします」
「あ、お疲れ様でーす。初めまして。あ、納品ですか?いつもありがとうございまーす♪」
店員のノリも軽い。あんなに怖かった言霊のイメージが一気に変わってしまうほど、フランクな世界だった。ケフィは言霊はもっとドロドロして汚くて薄気味悪くて怖いと思っていた。しかしこれが世間の言霊のイメージなのだろう。軽い気持ちで、皆お守りのぬいぐるみに願いを託し、軽い気持ちで古霊の力にすがっている。なんだか拍子抜けしてしまった。
「ごめんねケフィ。女の子に囲まれちゃって。納品は終わった?」
「あ、はい。今検品してもらってます」
ミルドレッドが女の子たちから解放されて店員のところにやってくると、店員はこれまた軽い調子でOKを出した。
「あ、だいじょーぶですよ。ミルドレッド様に限って間違いなんてないですし。オッケーでーす。お疲れ様でーす♪」
「じゃ、帰りましょう」
ミルドレッドがケフィを連れて店の入り口までやってくると、今度はガイが女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしていた。
「ガイさん!あたし大ファンです!頑張ってください!」
「そうおー?いやあ照れるなあ。ありがとう。俺も君のこと大好きだよ!」
「キャー!!」
ミルドレッドはすれ違いざまにガイの耳を掴んで車まで引っ張っていった。
「イタタ、ミルドレッド、痛い!安心してくれよ、俺はミルドレッドが第一だから!」
「フン!」
ケフィはいつも不思議に思う。二人はどんな関係なのだろう。
「あんたたち、仕事が入ったわ。今度の仕事はモンスターの殲滅。エラ、ニナ、それにケフィ、三人でできる限り沢山モンスターをやっつけてきて頂戴」
ミルドレッドにそうミッションを言い渡されたのは、古霊ショップに納品してきた日の数日後の夕食時だ。翌朝早くガイの運転する車に乗って現場に向かい、モンスターを殲滅するのだという。
凶悪なモンスターが多数現れるということで、一瞬も気が抜けない。
しかしケフィもテンパランスの所でそれは経験している。あの時は無力で役に立てなかったが、言霊という力を手に入れた今なら、ケフィにもそう難しい仕事ではないはずだ。
前日の夜にやってきて屋敷に泊り込んでいたガイも朝早く起きてきて、ミルドレッドのワゴン車の運転席に座る。エラが助手席に座り地図を広げると、ケフィとニナは後部座席に座った。
向かったのはトンネル工事中の山奥だ。モンスターがあまりに沢山出るというので作業が中断しているという。
車に揺られて現場にたどり着いたのは正午頃のことだった。担当者がバリケード前で待っていて、ガイは車の窓を開けて担当者に話を通した。
「ども。ミルドレッドの使いの者です。今日はよろしくお願いしまっす」
「あ、ご苦労様です。モンスターはこのバリケードの奥、工事現場付近に現れます。よろしくお願いします」
担当者二人がバリケードを退かして道を開けると、ガイは車を進めた。
「じゃ、俺は車の中で待ってるから、後よろしく頼んだよ」
「行ってきます!」
三人の言霊使いたちが車から飛び出すと、ガイはシートを倒して居眠りを始めた。呑気なものである。
人間の姿を見つけたモンスターたちは一斉に襲い掛かってきた。しかしエラはモンスターが姿を現す前から言霊を待機させていた。もうすでに言霊は唱え終っている。
エラの周りに放射状に配置されていた炎の矢は、一斉に飛び出し、包囲して襲い掛かるモンスターの第一波を燃やし尽くした。その一瞬の隙を利用して、ケフィとニナが言霊を唱え、第二波、第三波を仕留めてゆく。獣型モンスター、霊体型モンスター、粘菌型モンスターなど、モンスターの種類も様々だ。たいていは炎の古霊フランマから力を得れば倒せたが、炎の利かないモンスターには大地の古霊ペトラムなども活用した。
「大地の古霊ペトラムよ!ケフィを悪鬼の魔の手から守りたまえ!」
「すみません!ありがとうございます!」
「炎の古霊フランマよ!醜悪な怪物を炎の矢で貫き給え!気を抜かないで!」
「はい!大地の古霊ペトラムよ、憎き敵に石飛礫を!」
無駄口を叩く暇などなかった。矢継ぎ早に言霊を唱え続け、襲いくる怪物たちを仕留めてゆく。手が空いたら死骸の山を炎の古霊で片付ける。
「炎の古霊フランマよ、爆ぜろ、吹き飛ばせ!」
エラとニナがやってみせるその言霊を見ていて、ケフィは「テンパランスと出動した時自分が使った言霊は、フランマの爆裂の言霊だったのだな」と気が付いた。無意識に使っていたのだ。だとすると、母を救ったあの言霊は何だったのだろう。クラスメートを殺したあの雷の言霊は、今でも使えるのだろうか。確か、ミルドレッドが所持している古霊のご霊体の中に、雷の古霊がいたはずだ……。
そんなことを考えていると、山の天気が傾いてきて、雨雲が周囲を覆い始めた。
「視界が悪くなってきたわ。気を付けて!」
と、そこへ毛むくじゃらのモンスターが襲い掛かってきた。
「炎の古霊フランマよ!醜悪な怪物を炎の矢で貫き給え!」
しかし、霧で被毛の濡れたモンスターに、炎の言霊は効かなかった。湯気が立ち上り、火がつかない。
「しまった!どうしよう!」
ニナが慌てると、ケフィが咄嗟にデタラメに雷の古霊に呼びかけてみた。
すると、突然強烈な閃光が爆ぜ、けたたましい音が耳をつんざいた。と、そこにモンスターたちの夥しい黒焦げの死体が散乱していることに気づくと、エラとニナは、「ああ、雷の古霊フールグラの雷が落ちたのか」と理解した。
「ケフィがやったの……?」
突然目の前に雷が落ちたことで放心状態になっているエラは、そう呟くことで精いっぱいだった。
「やった……。なんか適当に唱えてみたけど、雷の言霊が使えました!」
「すごいじゃないケフィ!まだ習ってなかったんじゃない?よく使えたわね!えっと、正しくは、『げに恐ろしき稲妻の古霊フールグラよ、憎き敵に天罰の稲妻を落としたまえ』ね!」
ニナは素直にケフィのお手柄を称えた。だが、滅茶苦茶に唱えたことを聞き逃さなかったニナは、律儀に訂正する。
「あ、はい。わかりました!なんか思い付きで言霊唱えちゃいました。反省……」
と、そこへガイが慌てて駆け付けた。
「なんか雷落ちたんじゃない?大丈夫か?」
「いえ、今の言霊です。ケフィがやってくれたんですよ!」
それを聞いてガイは心底ほっとした。こんな山の中の雨降りの中だ。万が一のことを考えたら、言霊だと分かっていても安心できない。
「ちょっと雨激しくなってきたから車の中で待機な」
ガイに促され、死骸の山を自力で片づけた後、四人は車の中に乗り込んだ。
「モンスター、来ないですね」
「さすがにこんな雨の中だからな」
と、そこへ現場の担当者がやってきて、窓ガラスを叩いた。
「どうしました?」
「この雨ですし、我々も一旦退却するので、皆さんも今日はこの場でお帰りください。明日また張り込んでいただいて、モンスターの勢いが無くなったら依頼完了ということで」
とりあえず夕暮れ時のお祈りの時間が迫っていたので、今日酷使した古霊のぬいぐるみを囲んで祝詞をあげ感謝すると、ガイは車を走らせ帰途に就いた。
一同が帰宅すると、ミルドレッドがダイニングルームの自分の席でタバコを吸って待っていた。ベルも料理の皿を並べて、四人を出迎えた。
「お帰りー。首尾はどうだった?」
「お帰りなさい。皆さんお怪我はありませんか?」
エラがミルドレッドに報告する。
「雨足が強くなってきたので早めに切り上げて帰ってきました。明日また張り込みます」
するとニナがケフィの手柄を褒め称えた。
「すごいんですよミルドレッド様!ケフィがだれにも教わってないはずの稲妻の言霊を使って、敵を殲滅したんです!この子超すごいですよ!ねー、ケフィ?」
「や、そんな大したものでは……」
ミルドレッドは驚いた。確かに稲妻の古霊のことは教えた記憶がない。
「へー、どうやって稲妻の言霊のこと覚えたの?」
「毎日のお祈りの時に、たまたまお堂にご霊体があったのを覚えてました。それで適当に……」
それにベルが食いついてケフィを褒めた。
「すごいじゃないですかケフィさん!適当にできるものじゃないですよ!すごいです、尊敬します!」
いつになく元気よく食いついて黄色い声を出すベルに、ケフィ以外の皆が驚いた。ケフィは素直に喜ぶ。
「ありがとうベルさん。僕、頑張りました」
「疲れたでしょう?私、いつもより沢山ご飯作ったので、いっぱい食べてくださいね!」
ガイも驚きの呟きを漏らす。
「ベルちゃんあんな声出たんだね」
結局このミッションは一週間ほど張り込み、モンスターの勢いが無くなったことがわかると、ミッションコンプリートとなった。
ケフィはより一層新しい言霊を覚えることに精を出すようになり、言霊の指南書も何冊も読んだ。
そんな忙しくしているケフィの知らないところで、ベルがエラとニナに物陰に呼び出されていた。
「なんか最近あんた調子に乗ってない?」
「そんな事……ないです……」
「やけにケフィと話すときだけテンション高いよね。何?ケフィ狙ってるの?」
「違います……」
バシャア!
ベルの頭の上から、バケツに入っていた雑巾の搾り汁をかけるエラ。
「くっさー。ベル、あんた臭いよ、汚いよ。そんなあんたが調子に乗っていいと思ってんの?」
ベルは何も抵抗しない。汚れたバケツをベルに被せると、エラはベルの腹部に蹴りを入れた。
「何とか言ってみなよ、あんた最近調子いいじゃない。ホラ、ホラ!言霊使ってみなさいよ!使えるんでしょう?!ほら、使って見せろ!」
「……!」
ニナは手を出さない。遠巻きに見守るだけだ。ただ、口は出す。
「言霊使い見習いともあろうものが、口がきけないって最悪だよね。喋ってナンボだよ、言霊使いは」
ベルが抵抗しないことに飽きてきたエラとニナは、ベルへの暴行をやめて去っていった。
取り残されたベルは、バケツを頭から外すと、嗚咽を噛み殺し、静かに涙を流した。
「私も言霊が使えたら……!でも……それでも私は……!」