第十三話 本戦開幕



2025-02-06 19:51:23
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 ミルドレッドの屋敷の片隅の倉庫にて、三人の女が揉み合っていた。突き飛ばそうとする女。それに抵抗してしがみつき、振り落とされまいともがく女。口だけ出して見ている女。
 暴行を加えられていた女は遂に振り落とされ、地面に尻もちをつき、壁に強か背中をぶつけた。ドン!という派手な音が響いたが、駆け付ける者はいない。
 床に尻もちをついた女は、暴行を加える女達を睨みあげた。反抗的な目つきに、暴行を加えた女、ニナは、眉根を寄せた。
「なによその目は。ベルのくせに。何もしなかったあんたが悪いんでしょ?」
 ニナが暴行を加えるのを見ていたエラは、汚物を見るような目でベルを見下ろし、彼女を非難した。
「貴女今がどんな大変なときか解ってるの?下手したら死ぬような場面でも、なんで貴女はただ後ろで見てるだけだったの?ケフィだって戦ってたでしょう?」
 ベルは、「でも、生きてるんだから良かったじゃないですか」と口答えした。
「そういう問題じゃないっつってんの!ミルドレッド様も戦えって仰ってたのに、あんたはただ見てるだけ。何を考えてるの?馬鹿なの?馬鹿なんだよね?あんたみたいな馬鹿、ウチに要らないんだけど?」
 ニナは未だ転がっているベルを足蹴にした。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ?今なら聞いてやるからさ?」
 エラの問いに、何かを口にしようとして唇を微かに震わせたベル。しかし、言いかけて、また黙った。
「何?何なの?」
「何でもないです……ごめんなさい。次こそは頑張ります」
「嘘つけ!」
 ニナはベルの顎を思いっきり蹴り上げた。しかし、何をされてもベルはただじっと耐え、されるがままになっている。
「もういい。気分悪い。ニナ。行こう。こいつは気が済むまでここで泣かせてやりなよ」
 エラが制止するので、ニナは暴行するのをやめ、最後にベルを一瞥すると、エラの後についていった。
「痛い……」
 取り残されたベルは、傷を癒す言霊を唱え、自分の怪我を癒した。

「ムカつく」
 ミルドレッドの屋敷のリビングルームで、ソファーに座り苛立つエラに取り入るように、ニナがそれに同調する。
「あいつマジなんなの?ほんとムカつく」
 すると、エラはニナが驚くようなことを口にした。
「あいつ、本当は私より言霊使う能力強いのよ」
「え?!」
「なのに、ある日を境に全く使わなくなったの。私を軽蔑するような目で見て。ムカつく。力が使えるくせに、頑張らないやつって本当ムカつく。あいつ、今も私を心の中で見下してるんだわ」
 弟子になって日が浅いニナは、エラの告白が信じられなかった。ニナはずっと、ベルが無能で、イラつくから、ベルを見下して虐めているのだと思っていた。それが、実は違う……?見下してるのは、ベルの方?
「エラ、それ、どういうこと?あのベルが、本当は強い?信じらんないんだけど」
「ニナ、貴女は知らないでしょうね。ベルは、ミルドレッド様も知らないような言霊を最初からバンバン使う子だったの。私もベルから言霊を習ったわ。でも、それで感謝したら、ベルは、私を軽蔑して……!」

 エラがまだ幼かった頃、近所に変質者が出ると噂になり、不要不急の外出は控えるよう注意されていた。
 しかし、幼かったエラは、親の目を盗んで外に出かけ、公園で一人遊びをしていた。
 友人たちは皆親の言いつけで外出を控えていたので、エラはいつも友人たちに遠慮して遊べなかった公園の遊具を堂々と独り占めしていた。
 そこへ、優しそうな男性が近づき、一緒に遊ぼうと声をかけてきた。
 一見優しそうな男性だったので、信用したエラは、その男性と遊ぶことにした。
 かくれんぼをして遊ぼうと誘われ、エラが物陰に隠れると、その男性は急に豹変した。
 幼いエラを押し倒し、刃物をちらつかせ、暴れると殺す、と脅され、下着を脱がされた。
 エラは幼心に、これはただの遊びではない、身の危険が迫っているのだと察した。
 泣き叫んで逃げようとしたところを猿ぐつわを噛まされ、手足を縛られ、エラは泣きながら呻くのみだった。
 そこへ偶然犬の散歩をしている近所のおじさんが通りかかり、間一髪のところでエラは助け出され、男は逃げ出した。
 エラは恐ろしいその男の顔を克明に記憶していた。そして残酷なことに、成長するにしたがって、あの当時自分が何をされ、どんな危険に晒されていたのかを知ることになった。
「いつか、殺してやる」
 エラは潔癖な性格になった。しかし、それと反比例するように、エラはどんどん魅惑的な美しい娘に成長していった。
 彼女の体が目当ての少年達から声をかけられ、からかわれ、噂をでっちあげられ、エラはどんどん男を憎悪するようになっていった。
「男なんてみんな汚い生き物だ。私の体目当ての汚い男なんて、みんな殺してやる」
 エラの憎悪に呼応するように、ある日エラは不思議な力が使えるようになった。
 エラに関わった男たちは、皆次の日には不幸な目に遭うようになった。
「私には、古霊から賜った素晴らしい力がある。もっとこの力を高めていきたい。そしていつか、誰も私に汚い手で触れないように、嫌らしい奴らを、見返してやれるように」
 斯くて、エラはミルドレッドの弟子になった。そこで、ベルに出会った。ベルは数日違いでほぼ同時に入門した最初の友達だった。
 ベルは何でも知っていた。古霊も視えたし、ミルドレッドも知らないような言霊を沢山教えてくれた。
 エラは、ベルさえいてくれたら、自分は目指す処に辿り着けると思った。
 そしてその日は来た。エラは十年ぶりに、憎き敵のあの変質者に会った。
 相手はすっかり自分のことを忘れているようだったが、自分は相手のことはよく覚えていた。少し老けたが、一見優しそうなあの風貌と、目の奥に宿る狂気の炎は見紛いようもない。
 エラはベルから教えてもらった、復讐の言霊を唱えた。唱えた瞬間は何事も起こらなかったが、翌日、新聞に、その男が惨殺されるというニュースが載った。
 エラは有頂天になり、得意げにベルに感謝した。
「貴女のおかげで憎き敵に復讐できたわ!あいつ、死んだって!あはは!もう私に歯向かう汚い男なんて存在しないのだわ!片っ端からやっつけてやるんだから!」
 そしてエラはもっと強力な言霊はないかとベルにせがんだ。ベルさえいれば地上で最強の言霊使いになれると思った。しかし、次第にベルはエラを避けるようになった。ミルドレッドにそのことを問うと、師匠は「ベルは言霊を封印し、雑用係になると言っていた」と言った。
 ベルほどの力の持ち主が力を封印し、あろうことか雑用なんて……。
 エラには、ベルが自分を軽蔑しているように見えた。それが悔しくて、エラはベルにきつく当たるようになった。ベルが耐えられなくなるほどいじめたら、彼女はまた見たこともないような言霊を使ってみせるかもしれない。そう考えて、暴行を加え続けた。しかし、ベルは何をされても絶対に言霊を使おうとしなかった。頑ななベルに、エラの苛立ちはどんどんエスカレートしていき……。
 そして今の構図があるのである。
「そうだったんだ……。あたし、全然知らなかった。誤解してた。じゃあ、ますますベルが許せないよ!なんでそんなに強いのに、言霊使わないの?」
 エラも首をひねった。
「解らない。何でよ。クソッ。ムカつくったら!なんで力を使わないの?そんなに私たちのこと馬鹿だと思ってるの?」

 奇跡使い対言霊使いナンバーワン決定戦の本戦が始まった。総勢50名強の強者たちが集ったが、皆神職の能力者達だ。見た目は物静かで華奢なので、どれほどの能力の持ち主なのか、外見からは判断出来ない。
「いよいよね。気を引き締めてかかりなさい」
『はい!』
 と、そこへテレビ局のインタビュー班がやってきた。
「シェグワルト・ダリア・放送局の者です。いよいよ本戦ですが、意気込みをどうぞ」
 テンパランスはいつものように、涼しい顔で答えた。
「なるべく負傷者を出さないように、全力で戦うのみです」
「宿敵ミルドレッドについては如何お思いですか?」
 しかし、ミルドレッドの名を出されて、テンパランスは顔色を変えた。
「あんな女に私が負けるわけがないでしょう!」
 テレビ局のスタッフは、狙い通りの反応が引き出せて満足そうに去っていった。しかし、テンパランスはうっかり冷静さを欠いてしまったことを後悔し恥じた。
「私ったら……つい……」
「まあまあ、テレビを見ている人も楽しんでますよきっと」
 アルシャインのフォローに、テンパランスは余計頭を掻きむしった。
「あああ……私ったら……私ったら……!」
 などと戯れていると、テンパランスの名を呼ぶ声が聞こえてきた。懐かしい声だ。優しい、壮年の紳士の声。
「テンパランス、久しぶりですね。貴女もここにいたのですか」
「あなたは!ジャッジメント様!お久しぶりです!まさか貴方がこのようなところにいらっしゃるとは!」
 テンパランスは弟子たちに紹介した。
「ジャッジメント様、これが私の弟子、アルシャインと、ニコ、私の世話をしてくれているイオナです。貴方たち、こちらの方が私の師匠、奇跡使いジャッジメント様です。頭を下げなさい」
 アルシャイン達が会釈すると、ジャッジメントは満足そうに頷き、彼の弟子を紹介した。
「テンパランス。うちの新弟子のポール・エスキースだ。ポール、挨拶しなさい」
 すると、ピカピカに剃り上げたスキンヘッドに不死鳥の入れ墨を掘った、その割には素直そうな少年が会釈した。
「お初にお目にかかります。ポール・エスキースです。お噂はかねがね」
 テンパランスがポールに手を差し出し、握手すると、ポールは茹でダコの様に赤くなり、さっと手を引いて俯いてしまった。
「女性というものにほとんど触れたことのない子なのだ。優秀な奇跡使いだよ」
 そうジャッジメントが説明すると、テンパランスは得心した。そういえば、テンパランスは男だらけの中で生活しているのでだいぶ免疫が付いたが、普通の奇跡使いの道場に女性はいないのだ。彼が免疫がなくても致し方ない。
「お互い、生きて帰りましょう。私たちも負けたりはしませんけどね」
 テンパランスが師匠にそう告げると、ジャッジメントもまた
「こちらも負けるつもりで来てはいないぞ」
 と、微笑んだ。

 テンパランスたちが離れると、ポールはジャッジメントに耳打ちした。
「いいのですか?あの弟子たちはどうせテンパランス様目当ての下衆な奇跡使いに決まってますよ」
 ジャッジメントはそこはよく理解している。
「多分な。だからこそ我々がふしだらな奇跡使いに鉄槌を下さなければならぬのだよ。なんとしても優勝するぞ。彼らに情けは一切要らない。大人しく化け物に食われてしまえばいいのだ。ああ、サシで戦いたかったよ」

 ミルドレッド達が会場に到着すると、彼女は見知った顔を見つけた。金にがめつい言霊使いアレキサンドライトだ。
 喜寿は超えている老婆だが、悩める利用者たちから巻き上げた高額のお布施でまるまると肥え太り、きらびやかな宝石や呪具をこれみよがしに身体中に散りばめた姿は、見紛いようもない。
 アレキサンドライトもまたミルドレッドの姿を見つけると、気のいい老婆を装い声を掛けてきた。
「ほっほっほ、これはこれはミルドレッド。そなたもこの大会に出ておったのか。奇遇じゃのう。まあ、こんな滅多にない機会、出ないほうが惜しいものじゃしのう」
 ミルドレッドは内心「嫌な奴に出会った」と唇を噛んだ。が、表面上は彼女にしては精いっぱいの敬意をこめて接する。
「これはアレキサンドライト様。こんなところでお会いできるとは光栄ですわ。あまりご無理はなさらないでくださいね。お体に障りますわ」
 アレキサンドライトはその気遣いに皮肉を感じ取り、ミルドレッドに対する憎々しさを募らせたようだ。そして彼女の新弟子を呼び寄せた。
「ふっ!余計なお世話じゃわい。クリスチーナ、お前も挨拶せい」
「ミルドレッド様!!お久しゅうございます!!クリスチーナですわ!憶えていらっしゃいますか?」
「クリス、あなたこの方の弟子になったの?!」
 ミルドレッドは驚愕した。クリスチーナ・ランセルは、ミルドレッドの元弟子だった少女だ。しかし、言霊がうまく覚えられず、修行の日々に耐え切れずに泣いて飛び出し、そのまま連絡がつかなかったのだ。
 てっきり言霊使いになるのを諦めたものと思っていたのだが、まさかアレキサンドライトの弟子になっているとは。
「ええ、アレキサンドライト様の下ではとてもよくしていただいてますの。これもミルドレッド様のところにいた時の下積みのおかげですわ。あの頃はご迷惑をおかけしましたの。でも、私、もう一人前の言霊使いですのよ」
 正直なところを言えば、ミルドレッドは夢見がちで乙女趣味のふわふわした不思議ちゃんであるクリスチーナとはとことん馬が合わなかった。だから無意識にきつく当たってしまったことを、我ながら大人げなかったと後悔していたのだ。そうか……。他の言霊使いの下で夢を叶えたのなら、よかったのかもしれない。 ミルドレッドは少し救われた気持ちになった。
「これから始まる本戦では、今までにないほど厳しい戦いが待っているわ。お互い生き延びましょう」
 ミルドレッドはクリスチーナに握手を求めた。クリスチーナはそれを受け入れ、両手でミルドレッドの手を握り返した。
「ええ、頑張りましょう、ミルドレッド様。せいぜい、死なないように」
 クリスチーナは握る手に爪を立て、ミルドレッドに爪痕を付けた。

「ミルドレッド様……。クリスは一生ミルドレッド様を追い続けますの。そしていつかあなたの玉座に座って見せますの。一生、あの厳しい日々を許さない……!」

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