本戦会場のスタジアムが開場され、出場者はぞろぞろと場内へと入っていった。
会場上空にはテレビ局のヘリコプターが飛び、人々はテレビやラジオにかじりついて、世紀の一戦を見守った。
観客でどよめくスタジアムに入っていくと、テンパランス達はただならぬ空気を感じた。
何か、黒い空気の歪みのような黒い靄が渦巻いている。
そこへアナウンスが入った。
「いよいよ本戦開始です!決勝戦のモンスターは、穢れの古霊イムンドゥス!太古の昔に斃れ、古霊となった邪竜です!果たして何名の能力者が生き残るでしょうか!?」
観客の歓声が一層高まると同時に、スタジアムの広大な敷地いっぱいに漆黒の竜が現れた。
「穢れの古霊、イムンドゥス……!前回の眷族とはクラスが違うわ。これは古霊よ!」
さすがのテンパランスも恐ろしさに体が硬直した。彼女だけではない。会場中の能力者たちを覆ったのは、絶望の二文字しかなかった。
「古霊を実体化させて召喚するなんて、どんな召喚士がいるのよ!冗談じゃないわ!」
ミルドレッドは古霊を攻撃できる古霊を必死でリストアップした。しかし、古霊を攻撃したこと自体が無いので、効くかどうかは博打でしかない。
「ベル!あんた解ってんでしょうね!」
エラがベルを一瞥すると、ベルは
「解ってます!私も戦います!」
と、俯いたまま声を荒げた。
(私がやらないとここにいる全員が死ぬ……。でも、いいの?私、言霊を使っていいの?やるしかない。だけど……!)
ぶるぶる震えるベルの手を、ケフィがそっと握った。
「あなたは無理しないで。回復の言霊を使ってくれるだけでいいから。やれることをしよう?ね?」
ベルは驚いてケフィを凝視した。
「ケフィさん……」
ケフィがもう一度にこっと微笑むと、ベルはパッと手を振り払い、また俯き、強がりを言った。
「言われなくても、私にだってできます。私がやらないと、負けますから」
再び会場にアナウンスが流れた。
「なお、今回は能力者を直接殺すことは禁止ですが、能力者を妨害することは可能となっております!果たして誰が生き残るでしょうか!?」
会場にどよめきが起こった。
「妨害できるのか……」
ジャッジメントはニヤリと口角を上げた。
「それは面白そうですわ」
クリスチーナは人混みの向こうのミルドレッドに狙いを定めた。
すると、古霊イムンドゥスは灼熱の炎を吐いた!
能力者たちは各々防御壁を展開してそれを防ぐ。
試合開始だ。
戦いは熾烈を極めた。
妨害行為も可能となったことをいいことに、ライバル能力者の妨害をする者が現れたが、小競り合いに気を取られている者たちはイムンドゥスの一薙ぎで粉砕された。また、負傷して一命をとりとめても、イムンドゥスは穢れの古霊。皮膚や爪、体液が強力な毒と菌で汚染されており、しばらくすると命を落とした。
開始30分で20名の能力者たちが命を落とした。
「まずはあいつを弱らせないことには回復も追いつかない!」
「死ぬなよ、持ちこたえてくれ!」
「狂ってるわ……こんなものを見世物にするなんて」
テンパランスは矢継ぎ早に奇跡を撃ち、攻守、回復に追われ、眩暈を覚えた。
「奇跡使いでこんな忙しさじゃあ、言霊使いはさぞかし疲労困憊でしょうね」
ちらりと視線を巡らせて、ライバルのミルドレッドの姿を探すと、ミルドレッドは腰に下げていた水筒の水を飲み干しているところだった。言霊使いは言葉が力。口から休みなく言葉を紡ぎ続けるのは兎角喉が渇く。空になった水筒を投げ捨てたミルドレッドは、イムンドゥスから距離を取ると、炎の言霊を練り上げた。
「陽の光に大地の奥に、竈の中におわします、炎を司りし古霊・フランマよ!小さき害なすもの達を浄化し給え!灼熱の炎よ、燃やし尽くせ!」
その言霊はイムンドゥスの表面を僅かに焦がしたが、体中が穢れそのものであるイムンドゥスには今一つ効果がない。
「はあ、はあ、何が効くのよ……。こんな時奇跡使いはいいわね、イメージ一つで何でもできるんだから!」
ちらりと視線を巡らせてライバルのテンパランスの姿を探す。
どうやら彼女は負傷したライバル奇跡使い達の治療に走り回っているようだった。
「ふっ、クソ真面目に敵にお情けなんて、馬鹿じゃないの?全くとんだお人好しね」
ニコは思いつく限りの奇跡をぶつけていたが、何度やっても敵が怯む様子が無いので、混乱していた。
「なんで?なんで?もうやだ!帰る!」
しかし、スタジアムの出入り口は閉鎖され、出入り口らしきところをしらみつぶしに当たっても、トイレぐらいしか見つからず、ニコは迷子になっていた。
「~~~!!!~~~~~~~!!!!」
ニコは混乱し、奇声を上げながら泣き始めた。
「ああ~~~!!!あああああ~~~!!!」
出してくれとせがむようにドアを叩くが、ドアは開かない。
その声に気付いたアルシャインがニコに駆け寄り、暴れる彼を抑えつけた。
「ニコ、あいつに勝つまで出られないんだ。怖いのは分かる!よし、じゃあ、ちょっと隅っこで休もう。ね?」
アルシャインはニコをスタジアムの隅に座らせると、彼の周りをクリスタルで覆った。出たくなったら自力で出られるだろうし、とりあえずイムンドゥスの毒からは守られるだろう。
「ニコからはぐれるわけにはいかないな。ここで戦うか。よし。光の神!酒の神!水の神!風の神!」
高齢の言霊使いアレキサンドライトは、逃げ惑うだけで体力が限界だった。腰も膝も悲鳴を上げている。なんとかして他の能力者の足を引っ張らなければ。
「喉がカラカラじゃわい。はー、これはたまらん。一休みじゃ」
アレキサンドライトはスタジアムの隅に腰かけると、水の言霊を呟いた。
「天高くより降り注ぐ命の水、ウモーレムよ、喉の渇きを潤し給え」
するとアレキサンドライトの目の前に、水風船のような水の塊が現れた。彼女はそれに齧り付くと、ごくごくと飲み干す。
ふう、と一息つくと、彼女ははたと思いついた。そうだ、言霊使い達の喉を嗄らせばよいのだ。
「あれはなんという古霊じゃったろうか……。おお、そうじゃ、シカティオじゃ。生きとし生けるものから生命の水を奪え、渇きの古霊シカティオよ!言霊使い達に渇きを!」
すると言霊使い達は喉に不快感を覚え、咳き込んだ。途端に練り上げていた言霊のリボンが消えてゆく。
「ははは、愉快愉快。粗方死んだら儂がとどめを刺して、優勝じゃな」
するとクリスチーナがアレキサンドライトに駆け寄り、助けを求めてきた。
「先生、お水、お水くださいまし」
「おお、可愛いクリスよ。お前まで乾いてしもうたか。よしよし。ウモーレムよ、潤し給え」
クリスチーナは水を飲むと、アレキサンドライトの隣に座り込んだ。
「クリス、お前に渇きの言霊を教えてやろう」
「渇きの言霊?もしかして、喉が痛くなったのはアレキサンドライト様のせいでしたの?」
「そうじゃ。ここから奴らが苦しむ様を眺めるのも乙なものじゃ。やってみぬか?」
クリスチーナはうなずいた。
「面白そうですわ!言霊使いには致命的ですわね!」
「清き水流よ、水の古霊アクアよ!潤し給え!」
「なぜ、げほっ、なぜ喉の渇きが癒えないの?」
言霊使い達はバタバタと倒れていった。実はアクアとシカティオは直接対応しない古霊であり、渇きを潤すにはウモーレムに呼びかけるしかない。そのことを知る言霊使いは一握りしかいなかった。
言霊使い達は奇跡使い達に水を求めたが、奇跡使い達はイムンドゥスと戦うことで必死だった。敵の言霊使いに情けをかけている余裕はない。
「奇跡使い達、なんて奴らなの?あたしたちを見捨てるっていうの?」
たった一人、言霊使い達に救いの手を差し伸べる奇跡使いがいた。テンパランスだ。
言霊使い達はテンパランスの元へ殺到した。
「水を!水を!どうか!」
「待ってください、お一人ずつ……!ああ、アルシャインはどこかしら?ニコは?全く、肝心な時にいないのね!」
ミルドレッド達も水が欲しくてたまらなかったが、ライバルのテンパランスにすがるほどプライドは折れてはいなかった。カサカサになった唇の皮を剥きながら、テンパランスを憎々しげに睨むミルドレッド。
「くそっ、これは絶対言霊だわ。誰よ。忌々しい」
「多分アクアでは回復しません。確か……ウモーレム……なら、回復するはず」
ベルが呟くと、ニナがベルに掴みかかった。
「知ってるの?あんた知ってるの?」
「言霊は知りません……。ちょっと考えます」
「早く!早くしなさいよ!」
「ウモーレム……聞いたことないわ。意味は?」
ミルドレッドがベルに問うと、
「潤い……だった気がします」
と答えた。
ミルドレッドはしばし考えると、独自に言霊を練り上げた。
「潤いの古霊、ウモーレムよ。乾いた体に命の水を。喉の渇きを潤し給え」
すると、ミルドレッド達の目の前に水の球が現れた。
「これ……飲んでいいんですか?」
「多分……」
ニナが恐る恐る噛り付いてみると、すうっと喉の渇きが癒された。
「美味しい!ミルドレッド様!大成功です!」
皆がその水の球を口に運んだ。すると、一口で不思議と渇きが潤う。
「ひとまずこれで窮地は脱したわね。ベル、ありがとう」
ミルドレッドがベルに礼を言うと、エラとニナはベルを責め立てた。
「何で知ってるくせに言霊使わないのよ!本当に使えないわねあなた!」
「私も……言霊なんか知りません……。古霊を知ってただけです」
「知識があるならできるでしょ!あんた前線で戦いなさいよ!ほら!行きな!」
ケフィが慌てて割って入った。
「ベルさんのおかげで助かったんですから、責めることないじゃないですか!協力しましょう!ベルさん!持てる知識は出しましょう!ベルさんの知識があれば勝てますよ!」
ニナはケフィを押しのけて、ベルをイムンドゥスの前に突き出した。
「ケフィは黙ってて!こいつができるならこいつにやらせたほうがいいの!行け!」
ベルが押し出されてよろけると、その時、イムンドゥスの鋭利な棘のついた尻尾が、ベルを襲った。
「ベル!」
「危ない!」
ケフィが駆け出し、ベルを庇い、突き飛ばすのと、棘が振り下ろされる瞬間が重なって。
ケフィは、尻尾の棘に串刺しになり、跳ね飛ばされて転がった。
「ケフィーーーーーー!!!」
あっけなかった。
即死だった。
最期の言葉もなく、ケフィは、絶命した。
「嘘……!嘘よ、嘘でしょ?ケフィーーーー!!!!」
ミルドレッド達はケフィに駆け寄った。彼は、目を見開いたまま、口から血を流して転がっていた。問いかけにも答えず、ピクリとも動かない。
「ああ、ああ、ケフィさん!嫌!!ケフィさん!!!」
ベルは頭を掻きむしり号泣した。現実が受け止められない。混乱した頭を自分で叩き、夢であってほしいと願った。
「ケフィ……ごめん、ごめんね。あんな喧嘩なんかしなかったら……!」
エラのその言葉にベルの心がすうっと闇に染まった。そうだ。元はと言えば、こいつらが私を突き飛ばしたりしなければ。
「許さない」
「ベル?」
不穏な空気を察知したミルドレッドが、棒立ちのままのベルを見上げると、ベルはいつも半眼だった薄い目をカッと見開き、鬼のような形相でエラとニナを睨んでいた。
「私が言霊を使いさえすればケフィさんは死ななかったとでも言いたげね?解ったわ。言霊を使うわ。でも、どうなっても知らないから。あなたたちが巻き添えを食って死んだところで、ケフィさんは帰ってこないし、どうとでもなればいいわ。それでもいいなら、私。言霊を使って見せましょう?あんなトカゲ、一瞬で屠れるわ。あなたたちには逆立ちしたってできないってことを見せてあげる」
ベルはイムンドゥスに向き直ると、言霊のリボンを紡ぎ始めた。
「……何語?」
「あれは、何?言霊……?」
ベルはミルドレッド達の知らない言語で、長い長い言霊を紡いだ。
言霊のリボンはいくつかの塊になり、何かを形作り、やがて、巨大な、怪物の姿をとった。
「危ない」
クリスタルの中で新たに生まれた巨大な怪物の姿を見ていたニコは、本能的に危険を察知した。
「みんな死ぬ。危ない」
ニコはクリスタルの壁を振動させると、奇跡未満の弱い力で砕いた。
クリスタルが割れる音を聞いて、アルシャインが振り返った。
「ニコ!もう大丈夫なのかい?」
「危ない」
「危ない?」
ニコはすうっと上空を指さした。
「危ない」
アルシャインはその意味がよく理解できなかったが、ニコが何かを訴えているのは理解した。
「そうだよ。危ないよ。ニコはあれ、倒せるかな?」
「うん」
「よし、じゃあ、僕はテンパランス様が心配だから、テンパランス様のところに行ってもいいかな?一人で戦える?」
「うん」
「よし、じゃあ任せた。頼んだよ、ニコ」
アルシャインはニコが再び戦意を取り戻してほっと安堵した。すると、ニコは奇跡でイムンドゥスを攻撃し始めたので、背後のニコを振り返りながら、テンパランスの元へ走った。
会場上空にはテレビ局のヘリコプターが飛び、人々はテレビやラジオにかじりついて、世紀の一戦を見守った。
観客でどよめくスタジアムに入っていくと、テンパランス達はただならぬ空気を感じた。
何か、黒い空気の歪みのような黒い靄が渦巻いている。
そこへアナウンスが入った。
「いよいよ本戦開始です!決勝戦のモンスターは、穢れの古霊イムンドゥス!太古の昔に斃れ、古霊となった邪竜です!果たして何名の能力者が生き残るでしょうか!?」
観客の歓声が一層高まると同時に、スタジアムの広大な敷地いっぱいに漆黒の竜が現れた。
「穢れの古霊、イムンドゥス……!前回の眷族とはクラスが違うわ。これは古霊よ!」
さすがのテンパランスも恐ろしさに体が硬直した。彼女だけではない。会場中の能力者たちを覆ったのは、絶望の二文字しかなかった。
「古霊を実体化させて召喚するなんて、どんな召喚士がいるのよ!冗談じゃないわ!」
ミルドレッドは古霊を攻撃できる古霊を必死でリストアップした。しかし、古霊を攻撃したこと自体が無いので、効くかどうかは博打でしかない。
「ベル!あんた解ってんでしょうね!」
エラがベルを一瞥すると、ベルは
「解ってます!私も戦います!」
と、俯いたまま声を荒げた。
(私がやらないとここにいる全員が死ぬ……。でも、いいの?私、言霊を使っていいの?やるしかない。だけど……!)
ぶるぶる震えるベルの手を、ケフィがそっと握った。
「あなたは無理しないで。回復の言霊を使ってくれるだけでいいから。やれることをしよう?ね?」
ベルは驚いてケフィを凝視した。
「ケフィさん……」
ケフィがもう一度にこっと微笑むと、ベルはパッと手を振り払い、また俯き、強がりを言った。
「言われなくても、私にだってできます。私がやらないと、負けますから」
再び会場にアナウンスが流れた。
「なお、今回は能力者を直接殺すことは禁止ですが、能力者を妨害することは可能となっております!果たして誰が生き残るでしょうか!?」
会場にどよめきが起こった。
「妨害できるのか……」
ジャッジメントはニヤリと口角を上げた。
「それは面白そうですわ」
クリスチーナは人混みの向こうのミルドレッドに狙いを定めた。
すると、古霊イムンドゥスは灼熱の炎を吐いた!
能力者たちは各々防御壁を展開してそれを防ぐ。
試合開始だ。
戦いは熾烈を極めた。
妨害行為も可能となったことをいいことに、ライバル能力者の妨害をする者が現れたが、小競り合いに気を取られている者たちはイムンドゥスの一薙ぎで粉砕された。また、負傷して一命をとりとめても、イムンドゥスは穢れの古霊。皮膚や爪、体液が強力な毒と菌で汚染されており、しばらくすると命を落とした。
開始30分で20名の能力者たちが命を落とした。
「まずはあいつを弱らせないことには回復も追いつかない!」
「死ぬなよ、持ちこたえてくれ!」
「狂ってるわ……こんなものを見世物にするなんて」
テンパランスは矢継ぎ早に奇跡を撃ち、攻守、回復に追われ、眩暈を覚えた。
「奇跡使いでこんな忙しさじゃあ、言霊使いはさぞかし疲労困憊でしょうね」
ちらりと視線を巡らせて、ライバルのミルドレッドの姿を探すと、ミルドレッドは腰に下げていた水筒の水を飲み干しているところだった。言霊使いは言葉が力。口から休みなく言葉を紡ぎ続けるのは兎角喉が渇く。空になった水筒を投げ捨てたミルドレッドは、イムンドゥスから距離を取ると、炎の言霊を練り上げた。
「陽の光に大地の奥に、竈の中におわします、炎を司りし古霊・フランマよ!小さき害なすもの達を浄化し給え!灼熱の炎よ、燃やし尽くせ!」
その言霊はイムンドゥスの表面を僅かに焦がしたが、体中が穢れそのものであるイムンドゥスには今一つ効果がない。
「はあ、はあ、何が効くのよ……。こんな時奇跡使いはいいわね、イメージ一つで何でもできるんだから!」
ちらりと視線を巡らせてライバルのテンパランスの姿を探す。
どうやら彼女は負傷したライバル奇跡使い達の治療に走り回っているようだった。
「ふっ、クソ真面目に敵にお情けなんて、馬鹿じゃないの?全くとんだお人好しね」
ニコは思いつく限りの奇跡をぶつけていたが、何度やっても敵が怯む様子が無いので、混乱していた。
「なんで?なんで?もうやだ!帰る!」
しかし、スタジアムの出入り口は閉鎖され、出入り口らしきところをしらみつぶしに当たっても、トイレぐらいしか見つからず、ニコは迷子になっていた。
「~~~!!!~~~~~~~!!!!」
ニコは混乱し、奇声を上げながら泣き始めた。
「ああ~~~!!!あああああ~~~!!!」
出してくれとせがむようにドアを叩くが、ドアは開かない。
その声に気付いたアルシャインがニコに駆け寄り、暴れる彼を抑えつけた。
「ニコ、あいつに勝つまで出られないんだ。怖いのは分かる!よし、じゃあ、ちょっと隅っこで休もう。ね?」
アルシャインはニコをスタジアムの隅に座らせると、彼の周りをクリスタルで覆った。出たくなったら自力で出られるだろうし、とりあえずイムンドゥスの毒からは守られるだろう。
「ニコからはぐれるわけにはいかないな。ここで戦うか。よし。光の神!酒の神!水の神!風の神!」
高齢の言霊使いアレキサンドライトは、逃げ惑うだけで体力が限界だった。腰も膝も悲鳴を上げている。なんとかして他の能力者の足を引っ張らなければ。
「喉がカラカラじゃわい。はー、これはたまらん。一休みじゃ」
アレキサンドライトはスタジアムの隅に腰かけると、水の言霊を呟いた。
「天高くより降り注ぐ命の水、ウモーレムよ、喉の渇きを潤し給え」
するとアレキサンドライトの目の前に、水風船のような水の塊が現れた。彼女はそれに齧り付くと、ごくごくと飲み干す。
ふう、と一息つくと、彼女ははたと思いついた。そうだ、言霊使い達の喉を嗄らせばよいのだ。
「あれはなんという古霊じゃったろうか……。おお、そうじゃ、シカティオじゃ。生きとし生けるものから生命の水を奪え、渇きの古霊シカティオよ!言霊使い達に渇きを!」
すると言霊使い達は喉に不快感を覚え、咳き込んだ。途端に練り上げていた言霊のリボンが消えてゆく。
「ははは、愉快愉快。粗方死んだら儂がとどめを刺して、優勝じゃな」
するとクリスチーナがアレキサンドライトに駆け寄り、助けを求めてきた。
「先生、お水、お水くださいまし」
「おお、可愛いクリスよ。お前まで乾いてしもうたか。よしよし。ウモーレムよ、潤し給え」
クリスチーナは水を飲むと、アレキサンドライトの隣に座り込んだ。
「クリス、お前に渇きの言霊を教えてやろう」
「渇きの言霊?もしかして、喉が痛くなったのはアレキサンドライト様のせいでしたの?」
「そうじゃ。ここから奴らが苦しむ様を眺めるのも乙なものじゃ。やってみぬか?」
クリスチーナはうなずいた。
「面白そうですわ!言霊使いには致命的ですわね!」
「清き水流よ、水の古霊アクアよ!潤し給え!」
「なぜ、げほっ、なぜ喉の渇きが癒えないの?」
言霊使い達はバタバタと倒れていった。実はアクアとシカティオは直接対応しない古霊であり、渇きを潤すにはウモーレムに呼びかけるしかない。そのことを知る言霊使いは一握りしかいなかった。
言霊使い達は奇跡使い達に水を求めたが、奇跡使い達はイムンドゥスと戦うことで必死だった。敵の言霊使いに情けをかけている余裕はない。
「奇跡使い達、なんて奴らなの?あたしたちを見捨てるっていうの?」
たった一人、言霊使い達に救いの手を差し伸べる奇跡使いがいた。テンパランスだ。
言霊使い達はテンパランスの元へ殺到した。
「水を!水を!どうか!」
「待ってください、お一人ずつ……!ああ、アルシャインはどこかしら?ニコは?全く、肝心な時にいないのね!」
ミルドレッド達も水が欲しくてたまらなかったが、ライバルのテンパランスにすがるほどプライドは折れてはいなかった。カサカサになった唇の皮を剥きながら、テンパランスを憎々しげに睨むミルドレッド。
「くそっ、これは絶対言霊だわ。誰よ。忌々しい」
「多分アクアでは回復しません。確か……ウモーレム……なら、回復するはず」
ベルが呟くと、ニナがベルに掴みかかった。
「知ってるの?あんた知ってるの?」
「言霊は知りません……。ちょっと考えます」
「早く!早くしなさいよ!」
「ウモーレム……聞いたことないわ。意味は?」
ミルドレッドがベルに問うと、
「潤い……だった気がします」
と答えた。
ミルドレッドはしばし考えると、独自に言霊を練り上げた。
「潤いの古霊、ウモーレムよ。乾いた体に命の水を。喉の渇きを潤し給え」
すると、ミルドレッド達の目の前に水の球が現れた。
「これ……飲んでいいんですか?」
「多分……」
ニナが恐る恐る噛り付いてみると、すうっと喉の渇きが癒された。
「美味しい!ミルドレッド様!大成功です!」
皆がその水の球を口に運んだ。すると、一口で不思議と渇きが潤う。
「ひとまずこれで窮地は脱したわね。ベル、ありがとう」
ミルドレッドがベルに礼を言うと、エラとニナはベルを責め立てた。
「何で知ってるくせに言霊使わないのよ!本当に使えないわねあなた!」
「私も……言霊なんか知りません……。古霊を知ってただけです」
「知識があるならできるでしょ!あんた前線で戦いなさいよ!ほら!行きな!」
ケフィが慌てて割って入った。
「ベルさんのおかげで助かったんですから、責めることないじゃないですか!協力しましょう!ベルさん!持てる知識は出しましょう!ベルさんの知識があれば勝てますよ!」
ニナはケフィを押しのけて、ベルをイムンドゥスの前に突き出した。
「ケフィは黙ってて!こいつができるならこいつにやらせたほうがいいの!行け!」
ベルが押し出されてよろけると、その時、イムンドゥスの鋭利な棘のついた尻尾が、ベルを襲った。
「ベル!」
「危ない!」
ケフィが駆け出し、ベルを庇い、突き飛ばすのと、棘が振り下ろされる瞬間が重なって。
ケフィは、尻尾の棘に串刺しになり、跳ね飛ばされて転がった。
「ケフィーーーーーー!!!」
あっけなかった。
即死だった。
最期の言葉もなく、ケフィは、絶命した。
「嘘……!嘘よ、嘘でしょ?ケフィーーーー!!!!」
ミルドレッド達はケフィに駆け寄った。彼は、目を見開いたまま、口から血を流して転がっていた。問いかけにも答えず、ピクリとも動かない。
「ああ、ああ、ケフィさん!嫌!!ケフィさん!!!」
ベルは頭を掻きむしり号泣した。現実が受け止められない。混乱した頭を自分で叩き、夢であってほしいと願った。
「ケフィ……ごめん、ごめんね。あんな喧嘩なんかしなかったら……!」
エラのその言葉にベルの心がすうっと闇に染まった。そうだ。元はと言えば、こいつらが私を突き飛ばしたりしなければ。
「許さない」
「ベル?」
不穏な空気を察知したミルドレッドが、棒立ちのままのベルを見上げると、ベルはいつも半眼だった薄い目をカッと見開き、鬼のような形相でエラとニナを睨んでいた。
「私が言霊を使いさえすればケフィさんは死ななかったとでも言いたげね?解ったわ。言霊を使うわ。でも、どうなっても知らないから。あなたたちが巻き添えを食って死んだところで、ケフィさんは帰ってこないし、どうとでもなればいいわ。それでもいいなら、私。言霊を使って見せましょう?あんなトカゲ、一瞬で屠れるわ。あなたたちには逆立ちしたってできないってことを見せてあげる」
ベルはイムンドゥスに向き直ると、言霊のリボンを紡ぎ始めた。
「……何語?」
「あれは、何?言霊……?」
ベルはミルドレッド達の知らない言語で、長い長い言霊を紡いだ。
言霊のリボンはいくつかの塊になり、何かを形作り、やがて、巨大な、怪物の姿をとった。
「危ない」
クリスタルの中で新たに生まれた巨大な怪物の姿を見ていたニコは、本能的に危険を察知した。
「みんな死ぬ。危ない」
ニコはクリスタルの壁を振動させると、奇跡未満の弱い力で砕いた。
クリスタルが割れる音を聞いて、アルシャインが振り返った。
「ニコ!もう大丈夫なのかい?」
「危ない」
「危ない?」
ニコはすうっと上空を指さした。
「危ない」
アルシャインはその意味がよく理解できなかったが、ニコが何かを訴えているのは理解した。
「そうだよ。危ないよ。ニコはあれ、倒せるかな?」
「うん」
「よし、じゃあ、僕はテンパランス様が心配だから、テンパランス様のところに行ってもいいかな?一人で戦える?」
「うん」
「よし、じゃあ任せた。頼んだよ、ニコ」
アルシャインはニコが再び戦意を取り戻してほっと安堵した。すると、ニコは奇跡でイムンドゥスを攻撃し始めたので、背後のニコを振り返りながら、テンパランスの元へ走った。