第十七話 ケフィVSニコ



2025-02-06 19:58:10
文字サイズ
文字組
フォントゴシック体明朝体
 書斎で書類作成に打ち込んでいたテンパランスは、窓の外から何かが壊れるような奇妙な音を聞いた。金属製の大きなものが、ひしゃげてねじ切れるような、耳障りな音だ。
「何かしらこの音?」
 同じく書斎でハンコを押す手伝いをしていたアルシャインは、首をかしげて耳を澄ます。
「何かありましたか?」
「聞こえない?何かが壊れるような音」
 すると今度は樹がへし折れるような音と、バサッと枝が落ちるような音がした。
「工事でもしているのかしら?」
 そんなことを考えていると、書斎にイオナとケフィがやってきた。
「テンパランス様、ここにニコが来ませんでしたか?」
「ニコ?来ていないけど、何かあったの?」
 イオナとケフィが一瞬困ったように顔を見合わせる。やがてケフィが申し訳なさそうに言った。
「ニコが、僕とイオナのことが嫌いだって叫んでから、どこにもいなくなっちゃったんです。部屋にもいないし、道場にもいないし、部屋という部屋、探したんですが……」
「近くの公園にも行っていないようなんです。どうしましょう。あたしのせいだわ」
 テンパランスとアルシャインは顔を見合せた。ニコが癇癪を起こしたらえらいことになる。
「イオナ、“私のせい”ってどういうこと?」
 イオナは言いにくそうにぼそぼそと、これまでのことを話し出した。
「ニコがケフィのこと苦手そうにしてるから、仲良くしなさいって注意したんです。でも、ニコはそれが嫌だったみたいでますますケフィのことを無視するようになって……。そういうの良くないよって注意したら、今日ついに、“イオナもケフィも嫌いだ”って、走ってどこかに飛び出しちゃったんです」
 ケフィもそれに続く。
「そこからはどこを探しても見つからなくて。しばらく一人にしてあげようと思ったんですが、本当にどこにもいないから、ちょっと心配になりまして……」
 テンパランスは立ち上がった。
「彼を探しましょう。彼が暴れたら大変なことになるわ。私は少し気になることがあるから、あとから追いかける。みんなは心当たりの所をもう一度探して」
『はい!』
 彼らはそれぞれニコがいそうな所へ駆け出した。
「万が一……万が一あそこに行かれてあれを起こされたら、たまったものじゃないわ。ニコにはきつく言い聞かせたけど、どこまで言いつけを守るかどうか……!」
 テンパランスは禁断の倉庫に走った。

 テンパランスが屋敷の奥の倉庫に行くと、封印していたはずの扉が開いていた。もしや、彼はこの中に入ってしまっただろうか。
「エクシティウムよ!呼びかけに答えよ!」
 テンパランスが声をかけるが、反応がない。
 テンパランスは奥の書庫の扉に手をかけた。「カチャリ」と扉が開く。さらにまずいことになった。ニコは確実にエクシティウムに引き寄せられたに違いない。
 さらに奥に進む。
「破壊の古霊エクシティウムよ!」
 呼びかければ暗室のように輝くはずのあの本が見当たらない。手探りで本を探すが、こう真っ暗では見つからない。しまった。彼は、まずいものを甦らせてしまった。
 テンパランスは書庫の鍵をかけ、倉庫の鍵も厳重にかけると、ニコを探して駆け出した。
「ニコならあの封印が解けるわ。まずい。でも、私は奇跡が使えない。言霊も使えないし……みんなであのニコに勝てるのかしら」

 時をさかのぼること数刻前。ニコはエクシティウムの言霊を覚えるのに必死だった。
「難しい」
「儂と同じ言葉を話すだけだ。いいか?せーの」
『恐怖の化身、暗黒の空、絶望と破壊の古霊エクシティウムよ』
 その時、にわかに空に暗雲が立ち込めてきた。
『世界に滅びを、まずはその自転車を粉々に砕け』
 すると、錆びて動かなくなっていた、近々ゴミに出す予定の自転車が、歪に拉げ、半分にねじ切れた。半分になった自転車のタイヤもブチブチと千切れると、自転車は見る見るうちに鉄くずと化してしまった。
 その時、ニコの体を一陣の風が切り裂いた。監視の神だ。ニコの頬に血がにじむ。
「痛い!ほら、おじさん、×の神様に怒られたよ!僕奇跡使えなくなっちゃった!」
「構うものか。奇跡より素晴らしい力をお前は手に入れたのだ。儂の言うとおりにすれば誰もお前を虐げられなくなる」
「おじさんの言うことわかんない」
 するとエクシティウムは再び肩慣らしに木を切り倒せと命令した。ニコは再びエクシティウムの言ったことを復唱し、言霊を使う。すると、屋敷の隅のゴールドクレストがバキバキと音を立てて倒れた。
「奇跡より難しい」
「しかし、お前ならば無限にこの力を使えるぞ。なあに、決まった言葉を言うだけだ。儂と一緒にな。簡単だとも」
「他にできることはないの?」
「破壊、殺戮、なんでもござれだ」
「壊すことしかできないの?」
「人を殺すこともできるぞ」
 そんなやり取りをしていると、ニコを呼ぶ声が聞こえてきた。ケフィの声だ。
「おじさん。僕あいつ殺したい」
「お安い御用だ。あいつも言霊使いならば、互角以上に戦えるさ」

「ニコ、こんなところにいたんだね。探したよ」
 ケフィはニコに駆け寄ろうとしたが、その射貫くような眼差しにほんの少し臆した。
 (そんなに睨まれるほど嫌われてるのかな……)
「なんて言えばいい?」
「?」
 そう問われ、ケフィは少し言葉に詰まった。謝ってくれと言うつもりはないし、こんな時何と言ったらいいと教えればいいのだろう。
「こういう時は……なんて言えばいいんだろうね?」
 ケフィがぎこちなく微笑みかけると、ニコは「分かった」と呟いた。
「?」
 ケフィが、“ニコはケフィと話をしていない”ことに気付いたのは、ニコの口から言霊のリボンが紡がれて後のことだった。
「破壊と殺戮の古霊エクシティウム、ケフィを八つ裂きにしてください」
 刹那。猛烈な衝撃波がケフィに襲い掛かり、彼を切り裂いた。それとともに倉庫の壁と屋敷の壁で挟まれていた通り道が、見えない力にその表面を剥ぎ取られた。
「ニコ!それはまさか、言霊?!なぜ、なぜ君が言霊を?」
「あとなんて言えばいい?」
「やめるんだ、君にその力は危険だ!!」
 ケフィはテンパランスから習ったことがある。奇跡使いとして洗礼を受けたものが言霊を使うのは禁忌だと。ケフィの場合は奇跡使いの洗礼を受けたが、そのパワーソースが元々古霊由来のものだったため、影響を受けなかったのだが。
 ケフィやテンパランスのような例外を除いては、洗礼を受けたパワーソースから力を行使することが能力者の掟となる。そのため、すでに奇跡使いとして活躍しているニコが言霊を使うことは禁忌であり、また、パワーソースとの契約上あり得ないことなのだ。
「エクシティウム!あいつの頭に自転車のゴミをぶつけて!」
 早くも言霊の形式が乱れつつあるニコ。しかしエクシティウムはニコの知能に合わせて力を行使する。先ほど千切った自転車のパーツをケフィめがけて放つ。
「うわ!守護の古霊クストス!」
 ケフィはとっさに守護の古霊クストスで防御した。言霊のリボンが舞い、飛んできたガラクタを弾き落とす。
 言霊のパワーソースは古霊であり、言語IQの高さだ。本来ならニコレベルの言語IQではほとんど力を発揮しない古霊だが、古霊自らニコの魔力に惚れたものである。ニコの精神エネルギーを媒介として、不足している語彙のパワーをカバーしていた。
「ちゃんと決められた言葉を話さないと力が使えぬぞ!」
「難しくてわかんない!」
 ケフィは独り言を交えながら言霊を紡ぐ様を見て、ニコが何者かに操られていると見た。
「なんだ……?さっきからエクなんとかの言霊しか使わない……。古霊と直接契約しているのか?」
 丁度そこへ、ニコとケフィの攻防の音を聞きつけ、テンパランス達が駆けつけてきた。
「ニコ!およしなさい!その力は禁忌です!」
「テンパランス様、遅かったようです!ニコの顔を!」
 アルシャインが指さしたニコの顔には、大きな切り傷と血を拭った跡があった。
「ああ、ニコ……。遅かった……」

 アルシャインはケフィに駆け寄り、その傷を治療した。
「水の神!命の神!大丈夫かい、ケフィ」
「ありがとうございます、アルシャインさん」
 テンパランスは頭を抱えた。彼女が力を使えないときに、よりにもよって一番敵に回したくない少年と戦わなくてはならないなんて。テンパランスは手も足も出ない。戦えるのはアルシャインと病み上がりのケフィだけだ。
「ニコ、聴きなさい!あなたはその神様に操られています。その神様は神ではないの!古霊なの!奇跡使いが使ってはいけない力なのよ!」
 しかしニコは既にそんなことは身をもって学習している。
「テンパランス様、僕はこの神様と一緒に戦うの!×の神様が来たから!」
「ニコにも監視の神の罰が降りることはあるのか……」
 今までペナルティーを受けたところを見たことがなかったアルシャインは、妙なところで感心してしまった。
「ニコ、やめて!ケフィはテンパランス様が命を懸けて生き返らせた大切な人なの!」
 イオナの叫びにも、ニコは耳を貸さない。それどころか、火に油を注いでしまった。
「だから嫌いなのー!!!」
 ニコはすうっと息を大きく吸い込み、声の限りに言霊を叫んだ。
「破壊の古霊エクシティウム!!みんなを八つ裂きにしてください!!」
「まずい、守護の古霊クストスよ、皆を衝撃波から守りたまえ!」
 ケフィも間一髪でクストスの言霊で一同を守った。言霊の盾から外れた倉庫の壁と屋敷の壁は大きく抉れてしまった。
「もう!ニコのわからずや!そんなニコ嫌いよ!」
 イオナが脅かしても、ニコの心はびくとも揺るがなかった。
「僕もイオナ嫌いだもん!!」
 何とかしてニコの力を止めなければならない。
「そうだ!喉を枯らせて声が出なくなれば…!風の神!」
 アルシャインは砂埃を巻き上げてニコに突風を叩きつけた。しかし顔を覆って風と砂埃から顔を守るニコ。根本的な攻撃にはならなかった。
「ケフィ、どうしたら封じられる?」
「そんなこと言われても……。対抗できる言霊なんて……」
 その時、ケフィの脳内に低い声が響き渡った。夢の中でよく聞く、あの薄気味悪い声だ。
「ケフィよ、力が欲しいか」
「またあなたですか。今度は何です?」
「儂ならばあの古霊の力を無効化できるぞ」
「またまた。あなた一体誰なんです?」
 この期に及んでも信用しないケフィに、声はついにその正体を現した。
「我は虚無の古霊ニヒリウム。お前が生まれた時より守護古霊としてお前を見守ってきた。今こそ力を貸そう」
 ケフィの脳裏に、翼を広げた黒い竜が立ち上がった。
「虚無の古霊ニヒリウム……?あなたが僕の守護古霊……?」

いいね!