「こんな状態じゃトイレにも行けないわ。こんなところ辞めてやろうかと思っていたのに」
閉じ込められたことがわかると、便意をどうするかがまず問題になってくる。食べなくてもしばらくは生きられるが、出もの腫れ物は止められない。
「言霊は使えるのかしら。光の古霊ルクスよ、この部屋の地下に流れる水脈を探し給え」
すると、小さな光の妖精が現れ、部屋の隅を指し示して消えた。
「なるほど。ならばこうするしかないわね。破壊の古霊は確か封印されたと聞いたから……原初の光の源・爆発の古霊ボムブよ、この地下の水脈まで大地を穿て!」
ベルは耳を塞いで爆発に備える。3,2,1とカウントすると、鋭い轟音を立てて部屋の隅の床に穴が開いた。
「しばらくはここで用を足すしかないわね。言霊がすべて封印されたわけでは無くて助かったわ」
その轟音を、部屋の中でベルが暴れていると勘違いした三人は、未だ恐怖に慄いていた。
「荒れてるみたいね、ベル」
「言霊を完全に封印はできなかったんですか?」
「言霊を完全に封じる方法は、喋られなくなることだけよ。すべての古霊を封じることは不可能だわ。奇跡じゃあるまいし」
水浸しのダイニングルームから外へ水を掻き出しながら、三人はベルの様子を伺っていた。大きな爆発が一回起こった後は、特に目立った物音はしないようだが。そこへ、物置から糸鋸を引っ張り出してきたガイが現れた。
「糸鋸でいいのか、ミルドレッド?ベルちゃんの部屋のドアのどこに穴をあけるんだよ」
「床から10cmくらい穴をあけて。お皿とカップが通ればいいわ」
「なんでまたこんなことになってるんだよ」
「それは、かくかくしかじか……」
糸鋸でドアに穴を開けながら、ガイがベルを宥める。ガイはいつもこの女の園の潤滑油だ。ガイの|飄々《ひょうひょう》とした性格が無ければ、嫉妬渦巻く女だらけのこの道場をうまく回すことはできない。その点うまく使えるので、ミルドレッドはガイを重宝していた。
「ベルちゃん……こんなことになるまで、なんで相談してくれなかったんだよ。俺は悲しいぜ。こんなことやりたくねーよ。なあ、ベルちゃん」
「ガイさんには関係ありませんから」
ベルはガイに申し訳ないと思いながら、今更素直になれず、冷たい態度を貫いた。
「関係大有りだぜ。俺はこの道場のマネジメントやってんだからよ。仲良くしてくれよ、ケフィが帰ってきたら泣くぞ」
「……本当に帰ってくるんでしょうか?」
「おうよ、帰ってくるぜ。たまに様子見に行ってるんだ。もうすぐ帰ってくるよ。だいぶ元気になったみたいなんだ」
ベルは黙り込んだ。ケフィにだけはこんな見苦しい有様を見せたくなかった。この道場が更地になるほど吹き飛ばせたら、気持ちよく解散できただろうか。
「しばらくはここに食料を運ぶが、お前さんのおかげでまともな料理ができねえ。しばらくみんな出来合いの出前で食いつなぐんだ。お前さんも出前のタラータの切れ端ぐらいしか食えないぞ」
「構いません」
ドアに穴をあけ終わると、ガイは空けた穴からベルの様子を伺った。指をひらひらさせて、ベルの機嫌を取ってみる。
「……ガイさん」
ベッドに座るベルからは、ドアに空いた隙間から、桃色の指と青い目が見える。こんな風に彼女を平等に扱ってくれるガイには申し訳ないことをした。ベルにとっては全員敵にしか見えなかったが、考えてみると、ケフィもガイも、彼女には優しくしてくれた。復讐するような要素はなかった。
「お手数おかけします」
ベルはガイのために目を伏せて頭を垂れた。
丸2日経った。部屋を片付けてなんとか寝る場所を確保し、キッチンなどの水回りを整え、ミルドレッド達は何とか生活できるようになっていた。季節は秋が深まろうとしていた。昼間は問題なく過ごせるが、夜は隙間風が冷たく感じ、冷え込む。
「どうするんですか、ミルドレッド様?」
「あたしたちじゃ手が出せないわよ。しばらくこのままね」
先日の混乱で言霊のぬいぐるみが駄目になってしまったが、注文が入っているため納期からは逃げられない。三人は黙々とぬいぐるみを縫い続けた。
「このぬいぐるみの可愛さに腹が立ってくるんですけど……」
ニナがブツブツ愚痴をこぼすが、もうミルドレッドもエラもトラブルメーカーのニナに構っていられない。三人は内心お互いを責めていた。元はと言えばエラがベルをいじめなければ。ニナがベルをいじめなければ。ミルドレッドがベルを入門させなければ。
三人はお互いを責め合っているため、必要最小限の会話しかできない。険悪なムードが張り詰める。
そのころ、ベルもおとなしく監禁されていたわけでは無かった。
「くっ、もう少し……」
部屋の中にあった針金でできたハンガーを曲げ、食事用に開けられた穴から針金を伸ばしていた。上手くすれば、この針金で封印の魔方陣を破けるかもしれない。
「よし、引っかかったわ!もう少し……もう少しで……」
無心に針を動かしていた三人だったが、ふと、三人揃って指に針を刺した。
『痛い!』
と、同時にまた嫌な予感を察知する。
『まさか……』
三人はお互い顔を見合せた。
ガタガタとテーブルの上の物が震えだす。割れた窓から冷たい風が吹き込んでくる。焦げ臭いにおいが漂ってきて……そして、一斉にすべての物が暴れ始めた。
「やった!封印が破けた!」
封印の効力が薄まり、ドアの鍵が開くようになったのを確認すると、ベルは自室のドアを開け、封印の魔方陣の張り紙を破いた。
途端にまた屋敷中が混沌に襲われる。蛇口から水が噴き出し、燃えやすい物は燃え始め、割れたガラス窓から突風が吹きつけ、家具が宙を舞う。
驚いたのはガイだ。まさかここまでベルの言霊の力が強いとは想像もしなかった。ガイにとってベルは、地味でおとなしくて優しい少女というイメージしかなかったのに。
「ミルドレッド!これか、復讐の言霊って!」
「くっ、いったいどうやって封印を解いたのよ……。ベルがそんなに頭の回る子だとは思わなかったわ。何か言霊を使ったのかしら、私も知らないような言霊を……」
ミルドレッドは人生で初めて誰かに劣等感を痛感させられた。それも、自分の弟子に。こんな屈辱があるだろうか。師匠である彼女より、ベルのほうが何倍も上手で、その知識量は逆立ちしても叶わない。
「情けをかけたのが仇になりましたね。徹底的に封印すればよかったものを。使ったのは言霊ではありませんよ」
いつの間にか部屋の入口にベルが立っていた。すうっと自分の米神を指差し、
「頭を使ったんです」
と、不敵に微笑んだ。
四人は震え上がった。復讐の古霊ヴィンディクタエの力が解放されたこの状況では言霊が使えないうえに、人知を超えた言霊の知識を持つベルが解き放たれた。ベルが一歩踏み出す。四人は一歩下がる。にじり寄るベル、摺り足で後退する四人。
と、そこに、車のエンジン音が近づいてきた。割れた窓から人の声がする。あれは……。
「ミルドレッド様、ただいま帰りました。またよろしくお願いします!」
『ケフィ!!!!』
ガイはバタバタと駆け出した。ヴィンディクタエの攻撃をかわせるのはガイしかいない。飛び交う家具の間を縫って、玄関から飛び出し、ケフィを出迎える。
「ケフィ!!おかえりー!!丁度良かったぜ!!お前の帰りを待ってたんだ!!」
「どうかしたんですか?」
「どうもこうもねーよ、最悪だ。病み上がりにわりーけど、お前しかこの状況を救えねー!!」
頭に疑問符を浮かべながらケフィとガイが屋敷に踏み入ると、早速花瓶が飛んできて玄関の外に落下し、ガチャンと割れた。
「これは、一体どうしたんです?」
「ベルちゃんが復讐の言霊を唱えたんだ。今までいじめられた分を清算するまで、この言霊は消えないらしい。人の住める環境じゃねえぜ。しかもこの言霊はミルドレッド達三人を追いかけるから、どこにも逃げられねーし、言霊も跳ね返されるらしい」
「お手上げだ」とガイは肩を竦めてみせた。
「ベルさんがやったんですか?あの優しいベルさんが……。でも……、そうか。そんな辛い思いをしてきたんですね」
ケフィは何度も目撃したことがある。ベルがいじめられて傷ついているところを。しかし、これでは屋敷が無くなってしまう。
「大丈夫です、ガイさん。僕ならこの言霊を止められると思います」
閉じ込められたことがわかると、便意をどうするかがまず問題になってくる。食べなくてもしばらくは生きられるが、出もの腫れ物は止められない。
「言霊は使えるのかしら。光の古霊ルクスよ、この部屋の地下に流れる水脈を探し給え」
すると、小さな光の妖精が現れ、部屋の隅を指し示して消えた。
「なるほど。ならばこうするしかないわね。破壊の古霊は確か封印されたと聞いたから……原初の光の源・爆発の古霊ボムブよ、この地下の水脈まで大地を穿て!」
ベルは耳を塞いで爆発に備える。3,2,1とカウントすると、鋭い轟音を立てて部屋の隅の床に穴が開いた。
「しばらくはここで用を足すしかないわね。言霊がすべて封印されたわけでは無くて助かったわ」
その轟音を、部屋の中でベルが暴れていると勘違いした三人は、未だ恐怖に慄いていた。
「荒れてるみたいね、ベル」
「言霊を完全に封印はできなかったんですか?」
「言霊を完全に封じる方法は、喋られなくなることだけよ。すべての古霊を封じることは不可能だわ。奇跡じゃあるまいし」
水浸しのダイニングルームから外へ水を掻き出しながら、三人はベルの様子を伺っていた。大きな爆発が一回起こった後は、特に目立った物音はしないようだが。そこへ、物置から糸鋸を引っ張り出してきたガイが現れた。
「糸鋸でいいのか、ミルドレッド?ベルちゃんの部屋のドアのどこに穴をあけるんだよ」
「床から10cmくらい穴をあけて。お皿とカップが通ればいいわ」
「なんでまたこんなことになってるんだよ」
「それは、かくかくしかじか……」
糸鋸でドアに穴を開けながら、ガイがベルを宥める。ガイはいつもこの女の園の潤滑油だ。ガイの|飄々《ひょうひょう》とした性格が無ければ、嫉妬渦巻く女だらけのこの道場をうまく回すことはできない。その点うまく使えるので、ミルドレッドはガイを重宝していた。
「ベルちゃん……こんなことになるまで、なんで相談してくれなかったんだよ。俺は悲しいぜ。こんなことやりたくねーよ。なあ、ベルちゃん」
「ガイさんには関係ありませんから」
ベルはガイに申し訳ないと思いながら、今更素直になれず、冷たい態度を貫いた。
「関係大有りだぜ。俺はこの道場のマネジメントやってんだからよ。仲良くしてくれよ、ケフィが帰ってきたら泣くぞ」
「……本当に帰ってくるんでしょうか?」
「おうよ、帰ってくるぜ。たまに様子見に行ってるんだ。もうすぐ帰ってくるよ。だいぶ元気になったみたいなんだ」
ベルは黙り込んだ。ケフィにだけはこんな見苦しい有様を見せたくなかった。この道場が更地になるほど吹き飛ばせたら、気持ちよく解散できただろうか。
「しばらくはここに食料を運ぶが、お前さんのおかげでまともな料理ができねえ。しばらくみんな出来合いの出前で食いつなぐんだ。お前さんも出前のタラータの切れ端ぐらいしか食えないぞ」
「構いません」
ドアに穴をあけ終わると、ガイは空けた穴からベルの様子を伺った。指をひらひらさせて、ベルの機嫌を取ってみる。
「……ガイさん」
ベッドに座るベルからは、ドアに空いた隙間から、桃色の指と青い目が見える。こんな風に彼女を平等に扱ってくれるガイには申し訳ないことをした。ベルにとっては全員敵にしか見えなかったが、考えてみると、ケフィもガイも、彼女には優しくしてくれた。復讐するような要素はなかった。
「お手数おかけします」
ベルはガイのために目を伏せて頭を垂れた。
丸2日経った。部屋を片付けてなんとか寝る場所を確保し、キッチンなどの水回りを整え、ミルドレッド達は何とか生活できるようになっていた。季節は秋が深まろうとしていた。昼間は問題なく過ごせるが、夜は隙間風が冷たく感じ、冷え込む。
「どうするんですか、ミルドレッド様?」
「あたしたちじゃ手が出せないわよ。しばらくこのままね」
先日の混乱で言霊のぬいぐるみが駄目になってしまったが、注文が入っているため納期からは逃げられない。三人は黙々とぬいぐるみを縫い続けた。
「このぬいぐるみの可愛さに腹が立ってくるんですけど……」
ニナがブツブツ愚痴をこぼすが、もうミルドレッドもエラもトラブルメーカーのニナに構っていられない。三人は内心お互いを責めていた。元はと言えばエラがベルをいじめなければ。ニナがベルをいじめなければ。ミルドレッドがベルを入門させなければ。
三人はお互いを責め合っているため、必要最小限の会話しかできない。険悪なムードが張り詰める。
そのころ、ベルもおとなしく監禁されていたわけでは無かった。
「くっ、もう少し……」
部屋の中にあった針金でできたハンガーを曲げ、食事用に開けられた穴から針金を伸ばしていた。上手くすれば、この針金で封印の魔方陣を破けるかもしれない。
「よし、引っかかったわ!もう少し……もう少しで……」
無心に針を動かしていた三人だったが、ふと、三人揃って指に針を刺した。
『痛い!』
と、同時にまた嫌な予感を察知する。
『まさか……』
三人はお互い顔を見合せた。
ガタガタとテーブルの上の物が震えだす。割れた窓から冷たい風が吹き込んでくる。焦げ臭いにおいが漂ってきて……そして、一斉にすべての物が暴れ始めた。
「やった!封印が破けた!」
封印の効力が薄まり、ドアの鍵が開くようになったのを確認すると、ベルは自室のドアを開け、封印の魔方陣の張り紙を破いた。
途端にまた屋敷中が混沌に襲われる。蛇口から水が噴き出し、燃えやすい物は燃え始め、割れたガラス窓から突風が吹きつけ、家具が宙を舞う。
驚いたのはガイだ。まさかここまでベルの言霊の力が強いとは想像もしなかった。ガイにとってベルは、地味でおとなしくて優しい少女というイメージしかなかったのに。
「ミルドレッド!これか、復讐の言霊って!」
「くっ、いったいどうやって封印を解いたのよ……。ベルがそんなに頭の回る子だとは思わなかったわ。何か言霊を使ったのかしら、私も知らないような言霊を……」
ミルドレッドは人生で初めて誰かに劣等感を痛感させられた。それも、自分の弟子に。こんな屈辱があるだろうか。師匠である彼女より、ベルのほうが何倍も上手で、その知識量は逆立ちしても叶わない。
「情けをかけたのが仇になりましたね。徹底的に封印すればよかったものを。使ったのは言霊ではありませんよ」
いつの間にか部屋の入口にベルが立っていた。すうっと自分の米神を指差し、
「頭を使ったんです」
と、不敵に微笑んだ。
四人は震え上がった。復讐の古霊ヴィンディクタエの力が解放されたこの状況では言霊が使えないうえに、人知を超えた言霊の知識を持つベルが解き放たれた。ベルが一歩踏み出す。四人は一歩下がる。にじり寄るベル、摺り足で後退する四人。
と、そこに、車のエンジン音が近づいてきた。割れた窓から人の声がする。あれは……。
「ミルドレッド様、ただいま帰りました。またよろしくお願いします!」
『ケフィ!!!!』
ガイはバタバタと駆け出した。ヴィンディクタエの攻撃をかわせるのはガイしかいない。飛び交う家具の間を縫って、玄関から飛び出し、ケフィを出迎える。
「ケフィ!!おかえりー!!丁度良かったぜ!!お前の帰りを待ってたんだ!!」
「どうかしたんですか?」
「どうもこうもねーよ、最悪だ。病み上がりにわりーけど、お前しかこの状況を救えねー!!」
頭に疑問符を浮かべながらケフィとガイが屋敷に踏み入ると、早速花瓶が飛んできて玄関の外に落下し、ガチャンと割れた。
「これは、一体どうしたんです?」
「ベルちゃんが復讐の言霊を唱えたんだ。今までいじめられた分を清算するまで、この言霊は消えないらしい。人の住める環境じゃねえぜ。しかもこの言霊はミルドレッド達三人を追いかけるから、どこにも逃げられねーし、言霊も跳ね返されるらしい」
「お手上げだ」とガイは肩を竦めてみせた。
「ベルさんがやったんですか?あの優しいベルさんが……。でも……、そうか。そんな辛い思いをしてきたんですね」
ケフィは何度も目撃したことがある。ベルがいじめられて傷ついているところを。しかし、これでは屋敷が無くなってしまう。
「大丈夫です、ガイさん。僕ならこの言霊を止められると思います」