第二十一話 ケフィVSベル



2025-02-06 20:14:32
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 ケフィとガイが家財道具の攻撃の隙間を縫うように屋敷の奥へ進んでいくと、ミルドレッドとエラとニナが身を寄せ合い、ヴィンディクタエの攻撃に耐えていた。鋏に切り刻まれ、キッチン用品に切り刻まれ、燃え盛るキッチンの熱に耐え、やけどを負いながら、傷口を汚水に汚染される。それでも声を殺して耐えるしかない。抵抗する術はない。言霊でやり返せば、倍になって帰ってくる。辛うじて殺されないのは、ベルが死なない程度に陰湿に虐めてきたからだろう。
 火の手に包まれるキッチンの隅で、ベルが腕を組んでケフィを待ち構えていた。
「ケフィ……。やはり貴方には、ヴィンディクタエは攻撃しないようね……」
 ベルはどこか悲しそうな表情を浮かべた。それは、「しくじった」という悔しさからか、はたまた、それ以外の感情からか。
「ベルさん、貴女は一体何をやったんですか?僕がいない間に何があったんですか?」
 ベルは少し思案した。ケフィを巻き込んでよい物かどうか。ケフィはいつもベルを守ってくれた。しかし、道場がこうなってしまったからには、何もかもおしまいだ。ケフィを突き放せば、ベルは悪役として葬ってもらえるかもしれない。秘めた想いは、この際犠牲にしてしまおうか。
「どうもこうもないわ。私、何もかも嫌になってしまったの。こんな人達といつまでも一緒にはいられない。だから、復讐して破壊しつくして、こんな人達葬ってしまおうかと思ったの」
 今までとは打って変わって高慢な態度をとるベルに、ケフィは軽く失望した。
「おかしいですよベルさん…。貴女が今まで耐えてきたのは、すべてこの瞬間、復讐する為だったんですか?貴女はもっと優しい人だと思っていました……」
「失望した?そうよ、だから、この惨劇を止めるには私を殺すしかないわよ。もっとも、攻撃すればするほどヴィンディクタエはカルマを蓄積してあなたに復讐するけどね」
「この言霊を止めることはできないんですか?」
「無理ね。この私にも、一度発動した言霊は止められない」
 ケフィは深くため息を吐いた。
「なるほど。じゃあ、僕にも手があります。虚無の古霊ニヒリウムよ、この復讐の言霊の力を虚無に帰し給え!」
「ニヒリウム、ですって?!」
 ケフィの背後に黒い竜の姿が過った。ヴィンディクタエの力は虚無にかき消されてしまうかに思われた。しかし。
「あれ?!何も起こらない?!」
 ニヒリウムは答えた。
「ケフィ、ヴィンディクタエの力は攻撃するものにしか行使されない。攻撃したことのないケフィには初めから力が及んでいないのだ。虚無には帰せない。儂の力を彼奴に向けるには、お前もベルを攻撃し、彼奴の注意をこちらに向けるしかない」
「そんな……ベルさんを、僕が攻撃しなくちゃいけないなんて!」
 ベルは鼻で笑った。ニヒリウムなどというから何もかも攻撃を無効化されてしまうかと思った。しかし、ケフィはその力を使いこなせていないようだ。
「驚いた。いつの間にそんな古霊を味方につけたのか知らないけれど、言霊が使いこなせないなら意味ないじゃない」
 ケフィは唇をかみしめた。やるしか、ないのか。
「ベルさん……。本当は無傷で貴女を救いたかったけど……。どうやら僕達は戦わないといけないようです」
「戦う?この私と?いいわ、受けて立ちましょう。私を止めたいなら力づくで私を止めてみなさい!私も貴方と戦ってみたかったわ!入門して間もない貴方が私を止められるかしら?!」
 ケフィは身構えた。燃え盛るキッチンの火の古霊の力を利用できるだろうか。
「炎の古霊フランマよ、ベルさんの肌に炎の印を刻め!!」
 ベルを取り巻く炎が、ベルに襲い掛かる!しかし。
「ナンナ・イープック!」
 ベルは異国語の言霊を唱え、その炎を打ち消してしまった。
「ええ?!」
 驚いたのはケフィだ。ベルが何と発音したのかわからない。ベルが外国語の言霊を発したところを、ケフィは初めて見たのだ。
「ヌバラシンドラ・カカカ・サバラドフランマ!!」
 ベルの言霊は彼女を取り巻く火の勢いを増し、炎の竜巻となってケフィを襲った。
「うわ!……く!」
 炎に熱せられた空気はケフィの気管を焼き、呼吸を奪う。
「まるで駄目ね。これがフランマの力を操るということよ」
 ケフィは激しく咳き込んだ。そうだ、こんな時はあの言霊で喉を潤すのだ。
「潤いの古霊・ウモーレムよ、喉の渇きを潤し給え」
 ケフィは素早く水分を補給し、別の手を繰り出す。
「強い……!なら、フールグラよ、天罰の雷を落とし給え!」
 すると水浸しの床に電気が漏電し、その場にいる全員が感電した。
『きゃあああ!!!』
「しまった、こんな水浸しの場所じゃフールグラは使えない!」
 しかし、ベルにダメージを与えることは成功したようである。
「うう、今のは少し堪えたわ。なら、これはどう?エティカラー・サマトラフバンバ・ザンカンド・ボムブ!」
 すると、ケフィの足元が大爆発した。ケフィは両足を負傷したが、幸い脚が無くなるほどの怪我ではなかった。
「ううう、くっ、攻撃が読めない!何をするか予想できないから逃げられない!」
「どうしたの?私を止めるんでしょう?私はいつでもあなたを殺せるのよ?そんなことじゃ、ヴィンディクタエの眼中にも入らないわ!」
 ケフィはしりもちをつき、ずぶ濡れになりながら言霊を考えた。負傷した体に水が沁みる。
「うう、か、風の古霊ヴェントゥスよ、ベルさんを切り刻め!」
「ナンナ・イープック!」
 しかし、ベルはその言霊も弾いてしまう。
「愛の古霊アマーレよ、傷つき病んだコルプスを休め、癒し給え」
 ケフィは痛みに耐えかねて、癒しの言霊で回復した。言霊はすぐに効き、まるで何事もなかったかのように傷を塞いだ。
「全然よ、全然ね。まったく弱くて話にならないわ。貴方はもっと戦えると思った。そんなことじゃ私には敵わない」
 ベルは目を伏せて首を横に振った。ニヒリウムを使えるなどと言ったから、もう少し戦えると思っていたのに。
「ベルさん。貴女はどうしてそんなに強いんですか?どうしてそんなに強いのに、今まで力を封印してきたんですか?教えてください。僕は、貴女と戦いたくない……」
 ベルはふうとため息を吐いた。やはりケフィでは敵にならない。ならば本当のことを言おうか。何もかも打ち明けたら、ケフィも本気で戦う気になるかもしれない。
「しょうがないわね。じゃあ教えてあげる。本当のことを。まあ、貴方にしては良く戦ってくれたから、この際話してあげるわ」
 そしてベルは語り始めた。

 私は、古霊道発祥の地に生まれた、生まれながらに言霊使いの巫女を宿命づけられた家系の娘なの。だから家には古霊について書かれた書物は豊富にあったし、太古に失われた言語で会話もできるほど、真の言霊について教わって育ったわ。
 私たちの隠れ里では、今でも秘密の会話は真の言霊でやり取りする習わしだった。
 そして、7歳の時、外の世界の教養を学ぶために村から離れた小学校に入った。私は言霊を使ってみんなを驚かせて遊ぶ、ちょっと嫌な奴だった。外の世界の子は何も知らない、力の使えない馬鹿な奴らだと思っていたの。
 そんな私は次第にみんなから敬遠されていったわ。当然ね。陰湿ないじめも起きた。だから、言霊でいじめっ子を殺したわ。14歳の時よ。その時は清々していたし、罪の意識もなかったけど、それを問題視した大人達に言霊の乱用を禁じられたの。
 それが原因で、私はミルドレッド様のこの道場に修業のために入門させられたのよ。
 でも、私は全然反省していなかった。人を言霊一つで殺せる私は選ばれた人間だと思っていたの。
 私より先に、この道場にはエラが入門していた。エラはとにかく勉強熱心だったから、私は何でもエラに教えてあげた。エラと私は最初こそとても親しくしていたのよ。今は吐き気がするけど。
 でも、エラはある日、私の教えた言霊で人を殺した。その翌日、嬉々として私に報告してきたわ。「あなたのおかげで憎い人を殺せた。私に汚い手で触れる奴らは皆殺しだ」とね。
 エラはそれだけで満足しなかった。「もっと強い言霊を教えろ、もっと、もっと」と、私の力を当てにしてきたわ。
 それを見たら、何故だか、すごく嫌な気持ちになった。自分の醜い部分を外側から見た気分というのかしら。私が「これ以上強い言霊なんてないわ」と断ると、エラは食い下がった。「もっといろんな言霊を教えて。貴女さえいれば最強の言霊使いになれる。私たちで天下を取りましょう」と。
 エラは自分の欲の為に私を利用しようとして付きまとってきた。エラには幻滅したわ。私はエラのようになりたくないと、力に慢心していた過去の私を恥じた。
 そこからよ。エラにはもう何も教えたくない。私が言霊を使うところを見せなければ、エラは私に興味を失くすだろうと思って、言霊を使うのを止めたのは。
 やろうと思えばエラやニナを殺すぐらい、わけなかった。でも、エラは私が見たこともない言霊を使うのを期待していた。私に言霊を使わせたがった。私の言霊を、人を不幸にするために利用しようとした。
 だから力を使いたくなかったの!でも、こんなことになってしまった。私の本質は醜悪な人殺しの言霊使いのままよ!抱え込んだ業は、憎しみとなって、こんなに大きな力にまで増幅させてしまった!私は力が強すぎるから!私を止めて!できるものなら暴走するこの力を止めてみなさいよ!ケフィ!

 ベルはいつの間にか泣いていた。今までのことが走馬灯のように脳裏をよぎり、自己嫌悪と絶望と後悔と憎しみが、ベルの感情を掻き乱した。こんなはずじゃなかったのに。上手くやろうとしたのに。結果的に最悪の事態を招いた。もう自分には破滅しかないと。
 ベルはケフィに軽蔑されただろうなと思った。こんな最悪な根性悪の女は、エラやニナ以下だろうと、もう自分を始末するに足る理由はできただろうなと、思った。
「……わかりました。もう、いいかな、ニヒリウム?僕があなたを止めてみせます」
 ケフィは、静かにベルに歩み寄った。
「どうするつもり?殴るの?言霊で勝てないから、暴力に訴えるというのね?やってみなさいよ、そうしたらヴィンディクタエがあなたに……!」
 殴られる!そう覚悟しベルは目を瞑って身を固くした。が、ケフィはそんなベルをふわりと抱きしめた。
「自分で自分の力が止められなかったんですね。貴女はやっぱり優しくて、頭のいい人です。ベルさんも僕もまだ未熟なんですよ。これからまた修行して、力の使い方を勉強しなおしましょう。もう、復讐の業は虚無に帰して、まっさらな気持ちでやり直しましょう」
「え?何を言って……?」
 ケフィはベルを抱きしめる腕に力を込めた。
「虚無の古霊ニヒリウムよ、ヴィンディクタエの復讐の業を虚無へ帰せ。この呪われた屋敷を、清浄なる虚無に帰し給え!」
 ケフィが放った虚無の言霊は限界まで膨れ上がったヴィンディクタエの復讐の業を大爆発とともに吹き飛ばした。水が礫になって舞い上がり、炎は吹き消され、壁や天井は吹き飛び、家財道具も粉々になって舞い上がり、虚空へと吹き飛んだ。
 ふっ、と、静寂が訪れた。
 ミルドレッドの屋敷は更地と化し、何もなくなったコンクリートの基礎の真ん中で、ケフィとベルが抱きしめ合い、ガイとミルドレッドとエラとニナは、床にしがみついてうずくまり、衝撃に耐えていた。
「ほら、止まった」
 ケフィはにこりと微笑んで見せた。
「……本当に、貴方って人は。私を殺してしまえばよかったのに」
「殺せませんよ。ベルさんはきっと、この世に必要な人です。そのことがよくわかりました。貴女は力の使い方を間違えなければ、きっと素敵な言霊使いになる。根は優しい良い人です。僕は信じています」
「なんでそんなことが言えるの?」
「僕も昔、いじめられっ子で、いじめっ子を殺してしまったから。僕も、それを後悔しているから」
 ケフィは悲しそうに微笑んだ。ベルはまた顔をくしゃくしゃに歪ませ、嗚咽を漏らした。
「本当に、貴方って人は……。そんなことだから、私、貴方のことが、……貴方のことが、好き」
 消え入りそうな声で、独白のつもりだった。しかし、ケフィはベルを優しく抱きしめる。
「僕も貴女のことが好きです。ずっと前から」
 ベルは声を上げて泣いた。ケフィのスウェットパーカーをぐしゃぐしゃに濡らして、ケフィの胸で泣き続けた。
 ミルドレッドも、エラも、ニナも、ガイも、それを茫然と見守った。
 更地になった辺りには、ベルの泣き声だけが響いていた。

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