第二十四話 共に堕ちよう



2025-02-06 20:21:40
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 アルシャインはテンパランスの小ぶりな胸に吸い付いていた。横になると本当に平らになってしまう。テンパランスは最初のほうこそ恥じらって気にしていたが、アルシャインにとって大きさなどは問題ではない。
「はあ、はあ、気が狂いそうよ。もう許して」
「墜ちるところまで堕ちるんじゃなかったんですか?」
 テンパランスがほんの少し理性を手放し、快楽を受け入れようと心を開くと、監視の神の罰が二人の身体を切り裂いた。
「もう奇跡は使えないのに、罰は降り続けるのね」
「フフッ、嫉妬しているんでしょう」
 アルシャインはテンパランスの身体を隅々までまさぐり、その白く柔らかな肢体を観察した。
 「そんなにじっくり見ないで」
 「すみません。でも、不勉強なもので、初めて見ますから……。痛かったら仰ってください」
 そして二人は一つに溶け合った。
(ああ、これはだめだ。確かに、この味は禁忌の味だ)
 テンパランスも理性を手放し、彼を受け入れる。脳はその痛みを快楽と錯覚した。
 そこへまたも監視の神の罰が襲う。何度も何度も、神は二人を罰し続ける。二人はその攻撃の執拗さに、思わず吹き出した。
「終わるころにはどれほど傷だらけになっているんでしょうね、僕たちは」
「いいんじゃないかしら。痛みが紛れて好都合よ。見せつけてやればいいんだわ」
 神の罰の痛みは最初のほうこそ罪悪感を二人に覚えさせたが、次第にその背徳感に興奮を覚えるようになっていく。
 監視の神のかまいたちに切り裂かれ、羽毛布団の羽が舞い上がるベッドの上。血に染まる互いの身体を舐め合い、二人は堕ちていく。
 罰するなら罰せばいい。もう走り出した色欲への道は、神ですら止めることはできない。
 どんなにズタズタに切り裂かれ、血を流しても、二人はお互いの身体を貪ることをやめなかった。
 悪事に手を染めた、二人だけの秘密の儀式。その蜜は甘美で、この上なく恍惚の味がする。
 二人は理性を完全に手放し、快楽に身を委ね、やがてその頂に達し、果てた。

 テンパランスは清らかだった肌を汚した罪の跡を指でなぞった。初めての共犯者が最愛の人であった幸福をかみしめる。
「大丈夫ですか、テンパランス様。まだ痛いですか?」
「何が?」
「その……体の奥のほうのことです」
「ああ、そうね。痛いわ。信じられないぐらい。こんなに痛いのね。知らなかったわ」
 アルシャインは「すみません」と頭を下げた。
「謝ることはないわ。あなたも初めてだったのでしょう。どう?罪の味は?」
 アルシャインは目を伏せて先ほどの出来事を反芻する。何もかも初めてで、その味は。
「……予想に反して、酸っぱかったですね」
 テンパランスは苦笑した。
「私は苦かったわ。信じられないぐらい苦くて驚いた」
 アルシャインは先ほどのテンパランスの様子を思い出して笑った。
「そんなに苦かったですか?」
「ええ、びっくりよ。……でも、後悔してない。もう、引き返せないのね」
「そうですね。罪の味を覚えて、僕はこれは禁忌の味だと思いました。一度味わってしまうと、これは、中毒になる。人間であることを忘れてしまう」
 あの感触は麻薬だ。お互いもう引き返せない。しかし、愛しさが再び罪を犯せと誘惑してくる。あれは美味いものだっただろう、さあ、またご賞味あれと。
 テンパランスはお互いの身体に無数の傷がついているのを見て、罪の大きさを知った。大変な過ちを犯してしまった。だが。テンパランスは疑問に思う。奇跡使いでなければ至極自然な行為ではないのか。なぜ奇跡使いだけが罰せられなければならない?
「ねえ、奇跡を使う動物は、なぜ罰せられないのかしら」
「動物?そうですね。なぜ奇跡使いの人間のみがこんな罰を受けなければならないんでしょう?」
「私たちは、本当に間違っている?ならばなぜ私は女の身で奇跡使いなの?なぜ結ばれてはいけないの?醜い欲だけじゃない。この気持ちはもっと純粋で崇高な、尊いもののはずよ」
「テンパランス様……」
 テンパランスはこの部屋のどこかで自分たちを覗き続けている監視の神に呼び掛けた。
「監視の神よ!私たちは本当に間違っていると言えるの?なぜ私たちだけがこんな罰を受けるの?生命を繋ぐ行為は、生きとし生けるものにとってとても神聖なもののはずよ?!なぜなの?愛し合う私たちの合意の上の行為の、どこが間違っているというの?!答えて!」
 すると一陣の風が巻き起こった。風が止むと厳かな声が響き渡る。
「奇跡使いは動物であれ人間であれ、奇跡を行使する権利を得た瞬間に本能に従うことを禁じられる。奇跡使いが生命を繋げようというのならば、正式に婚姻の儀式を挙げなければならない」
「結婚式……ですか?」
 アルシャインとテンパランスは顔を見合わせた。精霊神教の結婚式を挙げれば、この愛は認められるというのか。
「お前たちは正式な手順を踏まず道を踏み外した。よってそれは禁忌に触れたとみなされ、奇跡を封じられる」
「結婚さえすればいいのね?」
 神は答えない。だが、沈黙が是というのならば。
「アルシャイン!」
「テンパランス様!その先は僕に言わせてください。貴女には言わせません。……僕と結婚してください、テンパランス様」
 テンパランスは破顔した。
「ええ、私と一緒に生きて。アルシャイン」
 二人は互いをきつく抱きしめあった。と、テンパランスははたと思いつき、身体を離した。
「そうだわ。アルシャイン。一つ条件があるの」
「何です?」
「……これからは、ララって呼んで。私も貴方を、スターって呼ぶわ」
「分かった。……ララ」
「よろしくね、スター」

 翌朝、傷だらけになったテンパランスとアルシャインが食堂に現れた。三人は仰天した。二人とも一体何を犯したというのか。
「どうしたんですか、テンパランス様、アルシャインさん!その傷って、奇跡が使えないってことですか?」
 イオナが二人に駆け寄り、痛々しそうにその傷に触れる。
「……どうして二人が傷をつけているんですか?説明してください」
 ポールは昨夜何があったかを察した。まさかとは思うが、まさか。
「みんなに報告しなければならないことがあるんだ」
 アルシャインもテンパランスも、皆の心配をよそに晴れやかな顔で告白する。
「私たち、正式に結婚することにしたわ。式は、そうね、三か月後ぐらいに、ジャッジメント様にお願いする」
『ええーーーーーー?!』
 三人は三者三様の驚きに襲われた。イオナは二人の仲を密かに応援していたので、喜びの声を上げた。ポールはまさか結婚まで考えるとは、しかもジャッジメントに式をお願いするとは、と、その告白に驚く。ニコは純粋に、二人が結婚するということ自体に驚いた。
「なんでよりにもよってジャッジメント様に結婚式を依頼するんですか?!」
 ポールは嫌悪する師匠の名が出たことに気まずさを覚えた。しかし、
「ポール。あなたは私の後輩なの。ジャッジメント様は私の師でもあるのよ。弟子なのだから、師匠に式を依頼するのは何も不思議なことではないと思うわ」
「そ、そんな……。それでは、僕はどうしたら」
 アルシャインは狼狽するポールの様子が愉快でたまらない。テンパランスを求めて遠路はるばるやってきて、あれほど自分を敵視した恋敵だ。戦いには敗れたが、結果的に勝利したのはアルシャインだ。
「ポール。君はジャッジメント様のところに帰るんだ。君をこの事務所にはおいておけない」
 ポールはがっくりと肩を落とした。確かに、敗北した以上、この事務所に未練がましく居座ることはできない。
「わかり……ました……」
 イオナは応援していたカップルが成立したことを我が事のように喜んだ。
「まあ!まあ!じゃあ、今夜は腕によりをかけてご馳走作りますね!収穫祭じゃないから動物は食べられないんですよね。何作ろうかなー。ケーキはとりあえず作りますね!」

 その日、テンパランスとアルシャインはジャッジメントに電話で報告し、ポールを引き取ってもらった。そのついでに式の予約も取り付ける。ジャッジメントも仰天した。よりによって奇跡使い一戒律に厳しいジャッジメントに、結婚の報告をするとは。しかも、傷だらけの体たらくで。
「お前には失望したぞ、テンパランス!よく私にそんなことが言えたな!」
「私はもう立派な個人事業主ですわ、ジャッジメント様。かつての教え子の幸せを祝福してくださらないの?」
 確かにすでに独立した弟子に破門の脅しは通用しない。ジャッジメントがうんうん唸っていると、テンパランスはなおもお願いをする。
「そうですわ、スターに奇跡使い名を授けてくださいませんか?彼に似合いの奇跡使い名を」
「彼は何という名前なんだ」
 アルシャインは名乗った。
「スター・アルシャインと申します、ジャッジメント様」
 むうーんと、ジャッジメントは口髭を弄んで考えた。
「すでにスターという名前なのか。ならば、そうだな。……ブライト……。ブライトはどうだ?明けの明星・ブライトと名乗るがよい。ならば、その、結婚式のついでに正式に洗礼名を授けよう」
「ブライト……。素敵だわ、スター。ありがとうございます、ジャッジメント様」
「ありがとうございます、ジャッジメント様!」

 日を改めて、二人はメディア各社に電報を打った。婚約の報告だ。
 テンパランス程の著名人ともなると、メディアが黙っていない。二人は先手を打って、正式に報告した。
 翌日、二人は会見場を押さえて記者会見をセッティングした。国内外のメディアが記者会見に殺到した。
「式はいつ頃のご予定ですか?」
「来年2月ごろを予定しております」
「お二人のなれそめは?」
「僕が5年前テンパランス様のもとに入門したのが始まりです」
「今まで禁忌を犯したことは?」
「回答を差し控えさせていただきます」
「プロポーズの言葉は?」
 下世話な質問が雨のように降ってくる。だが、二人には何も怖いものはなかった。終始晴れやかな顔で堂々と幸せを報告する。
 その潔さに世論は二人の幸せを祝福した。
 奇跡使いの常識を破った女奇跡使いテンパランスは、奇跡使いの常識を破って奇跡使いと結ばれた。
 この奇跡はきっと未来を変えていくだろう。会見が終わると、ミルドレッドとガイが花束を持って二人を待っていた。
「祝福してくれるの、ミルドレッド?」
「一足先を越されたわね。でも、私もすぐに追いかけるから」
「すぐに?」
 テンパランスはミルドレッドの隣でウィンクするガイを見て察した。ああ、きっと彼女は。
「悔しいから、明日あたしたちも会見するわ」
 ミルドレッドはこの期に及んでも、まだテンパランスとは最大のライバルだ。

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