テンパランスとミルドレッドが婚約発表して間もなくのことである。国から招集命令が各能力者の事務所に届いた。無論全能力者ではない。先日の”奇跡使い対言霊使いNo.1決定戦”の上位入賞チームのみだ。
テンパランスは迷った。ニコを連れて行ってこの事務所を留守にするのは心許ない。奇跡の小瓶の発注にも対応できなくなってしまう。何よりこのニコがまともに能力開発に参加できるかが心配だ。慣れない環境に適応できず、暴れられたら大惨事だ。
「スター。ニコを連れて行くのは危険だと思うの。どう思う?」
「ニコが付いて行きたがるかにも依りますね。ニコ、研究機関の研究についていくかい?」
ニコは何だか恐ろしいところかもしれないと察知した。痛いことや怖いことをされるかもしれない。ニコは怯えて首を横に振った。
「やだ。ここにいる」
「そうか。じゃあニコはお留守番だ。僕とララはしばらくこの事務所を空ける。しばらく帰れないかもしれない。奇跡の小瓶を注文通り準備して、施設の人に渡してくれるかい?」
「わかんない」
ニコは不安に駆られた。仕方ないので、テンパランスが留守をイオナに託す。
「ニコに小瓶の内職をさせてちょうだい。受注量を作らせて、あとは施設の人に取りに来てもらうから」
「配達しなくていいんですか?」
「できないと伝えておくわ」
「それなら解りました。ニコ。私と二人暮らしだよ。一緒に二人でお仕事しようね」
ニコはイオナと二人っきりということを理解すると、顔をほころばせてイオナを抱きしめた。
「イオナと一緒なら、いい。行ってらっしゃいテンパランス様」
テンパランスとアルシャインは顔を見合わせて苦笑いした。
「何だか私達のことがお邪魔みたい」
車に荷物を積み込み、テンパランスとアルシャインは首都へ向かった。二人で運転を替わりながら行けば、明日の昼頃には着くだろう。そこから宿をとり、ロングステイする。
「じゃあ、イオナよろしく。ニコ、イオナを守ってくれよ」
「行ってくるわね」
「行ってらっしゃい、テンパランス様、アルシャインさん」
「お気をつけて!ニコのことは任せてください!」
ミルドレッド達はケフィとベルを連れてゆき、エラとニナが留守を預かることになった。ガイは招待されていないが、ミルドレッドの身の回りのサポートをするために付いてゆく。
「二人で事務所上手く回して。ちゃんと受注とミッションと報酬の受け取りができるようになりなさい。独立への訓練だと思ってしっかりやんなさい」
「任せてくださいミルドレッド様!エラがいれば大丈夫です!」
「ちょっとニナ、私に丸投げしないでよ?!」
ケフィはミルドレッドに今後のことを質問した。
「僕たちは何をやらされることになるんですか?」
ミルドレッドは少し眉を顰めた。
「それが、詳しいことは施設で公開するから口外するなって言われてるの。怪しいわ。国の研究事業だというから、この国のために何かやるのね」
「なんかあぶねー兵器作らされるんじゃねーのか?」
ガイが鋭く指摘する。
「その可能性はあるわね。なんたってあんな殺し合いをさせて選別したチームだもの。戦争になるかも」
「戦争?!」
弟子達は口を揃えて驚いた。
「僕、戦争なんて絶対反対です!!」
ケフィがぶんぶん首を振る。それはミルドレッドも同意見だ。
「あたしだって嫌よ。だから、言われっぱなしにやらされるのは気を付けたほうがいいわね。何を悪用されるかわからない。ベルなんか一番危険だわ。真の言霊を悪用されたらこの世が焦土と化すわよ」
ベルは顎に手を添えて黙す。確かにベルの力は秘術として隠されるべきものだ。しばし考えた後、ベルは重くうなずいた。
「絶対に口外しないよう気を付けます」
国の研究施設に能力者たちが集結した。ジャッジメントはポールとは別の奇跡使いを連れてきたようだ。
「ダヴィッドといいます。よろしくお願いします」
ダヴィッドは素直そうな青年だった。爽やかに自己紹介する。
ジャッジメントにポールのその後を訊くと、彼は謹慎中だという。あんなことがあったのだ。無理もない。
アレキサンドライトはクリスを連れてきたがっていたが、クリスはあれ以降体調を崩し臥せっているという。アレキサンドライトもまた、彼女の事務所の古株を連れてきた。
「テレサと申します。どうぞよろしく」
テレサは20代半ばのおっとりした女性だった。だがあのアレキサンドライトの下で長年力を磨いてきたのだ。根性はなかなか強かなものを持っているだろう。
各々自己紹介すると、担当者から説明があった。
「ブルギス国は現在奇跡と言霊の能力に焦点を当て、科学と魔力の融合を研究しております。既に魔術については研究が進み、科学的な力を魔術で制御する方法が確立しつつあります。しかし、魔術を行使するには奇跡か言霊の力がどうしても不可欠です。奇跡、言霊、それを形に残す魔術と、その超自然の力を能力者以外が用いるための科学。この四つの力のバランスが、この国の、ひいてはこの世界の発展につながると我々は考えております」
「言うわねー。戦争に使うくせに」
ミルドレッドは口の中で呟いた。魔術と科学と奇跡と言霊。その四つの力によって生み出されるのは、破壊兵器以外にない。
「皆さまはぜひ、奇跡と言霊の力の具現化、固定の仕方について研究していただきたいと願います」
とある奇跡使いが疑問を述べた。
「力の固定?無理だ。奇跡とは神の力。神の力を我々のイマジネーションで操る力だ。脳が考えた形を維持し続けるのは不可能だ。それに、奇跡の力を出し続けたら能力者が疲弊して死んでしまうぞ?」
担当者はそれを素早く切り捨てる。
「ですからそれを研究していただきたいのです」
とある言霊使いも疑問を口にする。
「研究ったって……言霊は言葉よ?言霊のリボンは見えるけど掴めないものよ?一つ所に大人しくしている存在じゃないわ」
「ですから、それを研究してください」
能力者たちは沈黙した。国の担当者は「それではよろしくお願いします」とだけ言うと、奇跡使いと言霊使いを別室に分け、それぞれに能力研究を任せた。
「どうする……?」
奇跡使い達は頭を抱えた。奇跡を固定することなど……。
「あれではダメなんですかね?奇跡の小瓶」
アルシャインがぽつりと呟いた。すると、一同から「おおーー!」と感嘆の声が漏れた。
「奇跡の小瓶を忘れていた!!確かにあれなら力を固定して携帯することができる!」
だがジャッジメントが反論する。
「奇跡の小瓶なら力を固定することができるが、蓋を開けた瞬間に奇跡の液体は奇跡の力となって蒸散してしまう。もっと目に見える形にしろと言っているのではないか?」
ダヴィッドが試しに小瓶を使わず奇跡を使ってみた。
「水の神!風の神!」
するとテーブルの中央に氷ができた。水のように個体に変えることができるものは固定することができる。
「じゃあそれを水に戻すことはできるか?」
「それは……ちょっと……」
ジャッジメントがさらに問い詰める。
「例えば火の神だ。あれを固定化したら炭の塊にしかならん。風の神は風の神をもって液体まではできるかもしれんが、個体にするには相当な力が必要になる。雷の神は蓄えておけない。それをどう固定化するかだな」
テンパランスがふと疑問を口にした。
「そもそも奇跡や言霊を固定化して何に応用するつもりなんでしょう?兵器?医療?」
奇跡使い達はうーんと押し黙った。自分たちの研究で凶悪な兵器を作ろうと国が考えているとしたら協力しかねる。ジャッジメントは20年前の世界大戦のことを思い出していた。
「世界大戦のときは実に多くの奇跡使い、言霊使いが戦場に駆り出されて命を落とした。再び奇跡が戦争の道具にされるのは賛成しかねるな」
他の奇跡使いが先ほどの担当者の言葉を思い出す。
「既に魔術と科学の融合について研究が進んでいるとさっきの説明にあったが、魔術で奇跡の力を封じて科学で形にすることは可能なんじゃないか?もし戦争に使われるとしても、その兵器によって奇跡使いが前線で力を使わずに済むなら、我々の平和は守られるんじゃないか?」
「だが、兵器を使われた国は焦土と化すぞ」と、他の奇跡使い。
「危険な研究であることは間違いなさそうですね」とアルシャイン。
翌日、進捗状況を確かめに担当者が顔を出した。奇跡使い達は待ってましたとばかりに担当者に詰め寄った。
「おい、我々は兵器開発をさせられてるんじゃないだろうな?奇跡は聖なる力だ。戦争の道具ではない」
担当者は表情一つ変えずに答えた。
「兵器開発ではありません。技術開発です。開発された技術は国の繁栄に応用されます」
「例えば?」
担当者はしばし黙考すると、
「集団治療室とかですかね。その部屋に怪我人や病人を連れてくるとたちどころに治癒するような技術です」
奇跡使い達は沈黙した。そんなことが可能なのか……?
「ですから、できるだけ大きな力を固定して、大勢の人を救う力の使い方を開発してください。その力はサナトリウムのような治療施設などで応用されます」
うまく言いくるめられたが、担当者の言うことは一理あるのかもしれない。テンパランスは一定の理解を示し、引き下がった。
「解りました……。あなたの言うことに偽りがないのならば、協力しましょう。ただし、奇跡だけで力の固定は不可能だわ。科学者と魔術師を連れてきてください。助言を仰ぎたいわ」
担当者は僅かに微笑んだように見えた。
「解りました。その道の専門家を参入させましょう」
「困ったわね……」
言霊使い達も頭を抱えていた。言霊を固定など、できるのだろうか?
「書いた文字は言霊になるんでしょうか?」
「貴方言霊を紙に書いて力が発現したことある?」
「無いですね……」
言霊は言葉が摩訶不思議な力を持つ物だ。奇跡使いのように神の力を操ってイメージで形にする力ではない。古霊という高次の存在の機嫌を取り、願うものである。操っているわけではない。お伺いを立てて、力を借りているに過ぎない。
ミルドレッドが助言した。
「紙に書いた言霊が全く力を持たないわけじゃないわ。言霊グッズを皆さん販売してると思うけど、あれも一定の効果が確認されてる。まあ、火が出たり嵐を起こしたりなんてことはできないけどね。でも、アマーレの回復の言霊を紙に書いて持っていると病気の直りが速くなるという研究結果もあるわ。気休めだけどね」
「それで納得してもらえるのかしら……?」
若い言霊使いは頭を抱えた。皆薄々気が付いている。自分達は兵器開発をさせられているのだと。言霊使いという職業の特性として、大部分は呪殺の依頼である。殺すためにある力のようなものだ。アレキサンドライトが口を開いた。
「20年前も、30年前も、50年前も、世界では言霊と奇跡が戦争の道具にされてきた。皆は若いから知らんかもしれんが、儂も過去に三度戦場を駆け巡ったものよ。50年前の大戦ではまだ15歳じゃった」
一同が驚く。50年前に15歳ということはアレキサンドライトはこの老体でまだ65歳……?
「アレキサンドライト様、そんなお年なんですか?お若く見えますが……」
無論これは世辞だ。計算よりだいぶ老年に見える。
「儂はこう見えても79じゃ!来年の夏には80じゃよ!50年前の大戦は正確には56年前じゃ。8年間という長い大戦じゃったのじゃよ。苦しい時代じゃった」
一同は見た目通りの年齢に安堵した。あまりにも鯖を読みすぎだからだ。
「ということは、これからも10年ほど続くような戦争が起きないとも限らないわけですね」
「この国は戦争好きじゃからのう。能力者の力など鉄砲玉の一つとしか考えておらんのじゃ」
だが、傷を癒したり蘇生できたり、超自然の力を操る能力者が戦場で重宝しないわけがない。弾数の限られている銃や、接近しないと使えない刀剣、無差別に破壊する爆弾より、自由自在に扱える奇跡や言霊の力があったら、戦争に使うのが道理だろう。
「じゃが、言霊の力を固定して誰でも使えるようになったら、確かに楽になるかもしれん。戦争に駆り出されずとも、言霊兵器が戦争で戦ってくれるからのう」
一理あるか。だが、言霊だけで力を固定する方法は無理がある。言霊を封じ込めておく媒体がなければ持ち出すことは不可能だ。
「……あ!」
「テレサ?」
アレキサンドライトの弟子のテレサが何かを思いついた。
「最近発売されたカセットテープ。あれに言霊を録音させたら力が無限に使えないかしら」
「カセットテープ?」
今世間ではレコードよりもコンパクトで持ち歩きできる、カセットプレーヤーが大流行している。場所も取らず、誰でも録音と再生が手軽にできると、商店街の電気屋では品切れが続いている。
「私、録音も再生もできるテープレコーダーを先日のお給料で買ったんです。ホテルにも持ってきてます。あれを使ってみたらいかがでしょう?」
「カセットか……。確かに出たばかりで、まだ誰も試していないですね」
ベルがカセットに可能性を見出した。試してみる価値はある。
「明日持ってきてみますね!」
テンパランスは迷った。ニコを連れて行ってこの事務所を留守にするのは心許ない。奇跡の小瓶の発注にも対応できなくなってしまう。何よりこのニコがまともに能力開発に参加できるかが心配だ。慣れない環境に適応できず、暴れられたら大惨事だ。
「スター。ニコを連れて行くのは危険だと思うの。どう思う?」
「ニコが付いて行きたがるかにも依りますね。ニコ、研究機関の研究についていくかい?」
ニコは何だか恐ろしいところかもしれないと察知した。痛いことや怖いことをされるかもしれない。ニコは怯えて首を横に振った。
「やだ。ここにいる」
「そうか。じゃあニコはお留守番だ。僕とララはしばらくこの事務所を空ける。しばらく帰れないかもしれない。奇跡の小瓶を注文通り準備して、施設の人に渡してくれるかい?」
「わかんない」
ニコは不安に駆られた。仕方ないので、テンパランスが留守をイオナに託す。
「ニコに小瓶の内職をさせてちょうだい。受注量を作らせて、あとは施設の人に取りに来てもらうから」
「配達しなくていいんですか?」
「できないと伝えておくわ」
「それなら解りました。ニコ。私と二人暮らしだよ。一緒に二人でお仕事しようね」
ニコはイオナと二人っきりということを理解すると、顔をほころばせてイオナを抱きしめた。
「イオナと一緒なら、いい。行ってらっしゃいテンパランス様」
テンパランスとアルシャインは顔を見合わせて苦笑いした。
「何だか私達のことがお邪魔みたい」
車に荷物を積み込み、テンパランスとアルシャインは首都へ向かった。二人で運転を替わりながら行けば、明日の昼頃には着くだろう。そこから宿をとり、ロングステイする。
「じゃあ、イオナよろしく。ニコ、イオナを守ってくれよ」
「行ってくるわね」
「行ってらっしゃい、テンパランス様、アルシャインさん」
「お気をつけて!ニコのことは任せてください!」
ミルドレッド達はケフィとベルを連れてゆき、エラとニナが留守を預かることになった。ガイは招待されていないが、ミルドレッドの身の回りのサポートをするために付いてゆく。
「二人で事務所上手く回して。ちゃんと受注とミッションと報酬の受け取りができるようになりなさい。独立への訓練だと思ってしっかりやんなさい」
「任せてくださいミルドレッド様!エラがいれば大丈夫です!」
「ちょっとニナ、私に丸投げしないでよ?!」
ケフィはミルドレッドに今後のことを質問した。
「僕たちは何をやらされることになるんですか?」
ミルドレッドは少し眉を顰めた。
「それが、詳しいことは施設で公開するから口外するなって言われてるの。怪しいわ。国の研究事業だというから、この国のために何かやるのね」
「なんかあぶねー兵器作らされるんじゃねーのか?」
ガイが鋭く指摘する。
「その可能性はあるわね。なんたってあんな殺し合いをさせて選別したチームだもの。戦争になるかも」
「戦争?!」
弟子達は口を揃えて驚いた。
「僕、戦争なんて絶対反対です!!」
ケフィがぶんぶん首を振る。それはミルドレッドも同意見だ。
「あたしだって嫌よ。だから、言われっぱなしにやらされるのは気を付けたほうがいいわね。何を悪用されるかわからない。ベルなんか一番危険だわ。真の言霊を悪用されたらこの世が焦土と化すわよ」
ベルは顎に手を添えて黙す。確かにベルの力は秘術として隠されるべきものだ。しばし考えた後、ベルは重くうなずいた。
「絶対に口外しないよう気を付けます」
国の研究施設に能力者たちが集結した。ジャッジメントはポールとは別の奇跡使いを連れてきたようだ。
「ダヴィッドといいます。よろしくお願いします」
ダヴィッドは素直そうな青年だった。爽やかに自己紹介する。
ジャッジメントにポールのその後を訊くと、彼は謹慎中だという。あんなことがあったのだ。無理もない。
アレキサンドライトはクリスを連れてきたがっていたが、クリスはあれ以降体調を崩し臥せっているという。アレキサンドライトもまた、彼女の事務所の古株を連れてきた。
「テレサと申します。どうぞよろしく」
テレサは20代半ばのおっとりした女性だった。だがあのアレキサンドライトの下で長年力を磨いてきたのだ。根性はなかなか強かなものを持っているだろう。
各々自己紹介すると、担当者から説明があった。
「ブルギス国は現在奇跡と言霊の能力に焦点を当て、科学と魔力の融合を研究しております。既に魔術については研究が進み、科学的な力を魔術で制御する方法が確立しつつあります。しかし、魔術を行使するには奇跡か言霊の力がどうしても不可欠です。奇跡、言霊、それを形に残す魔術と、その超自然の力を能力者以外が用いるための科学。この四つの力のバランスが、この国の、ひいてはこの世界の発展につながると我々は考えております」
「言うわねー。戦争に使うくせに」
ミルドレッドは口の中で呟いた。魔術と科学と奇跡と言霊。その四つの力によって生み出されるのは、破壊兵器以外にない。
「皆さまはぜひ、奇跡と言霊の力の具現化、固定の仕方について研究していただきたいと願います」
とある奇跡使いが疑問を述べた。
「力の固定?無理だ。奇跡とは神の力。神の力を我々のイマジネーションで操る力だ。脳が考えた形を維持し続けるのは不可能だ。それに、奇跡の力を出し続けたら能力者が疲弊して死んでしまうぞ?」
担当者はそれを素早く切り捨てる。
「ですからそれを研究していただきたいのです」
とある言霊使いも疑問を口にする。
「研究ったって……言霊は言葉よ?言霊のリボンは見えるけど掴めないものよ?一つ所に大人しくしている存在じゃないわ」
「ですから、それを研究してください」
能力者たちは沈黙した。国の担当者は「それではよろしくお願いします」とだけ言うと、奇跡使いと言霊使いを別室に分け、それぞれに能力研究を任せた。
「どうする……?」
奇跡使い達は頭を抱えた。奇跡を固定することなど……。
「あれではダメなんですかね?奇跡の小瓶」
アルシャインがぽつりと呟いた。すると、一同から「おおーー!」と感嘆の声が漏れた。
「奇跡の小瓶を忘れていた!!確かにあれなら力を固定して携帯することができる!」
だがジャッジメントが反論する。
「奇跡の小瓶なら力を固定することができるが、蓋を開けた瞬間に奇跡の液体は奇跡の力となって蒸散してしまう。もっと目に見える形にしろと言っているのではないか?」
ダヴィッドが試しに小瓶を使わず奇跡を使ってみた。
「水の神!風の神!」
するとテーブルの中央に氷ができた。水のように個体に変えることができるものは固定することができる。
「じゃあそれを水に戻すことはできるか?」
「それは……ちょっと……」
ジャッジメントがさらに問い詰める。
「例えば火の神だ。あれを固定化したら炭の塊にしかならん。風の神は風の神をもって液体まではできるかもしれんが、個体にするには相当な力が必要になる。雷の神は蓄えておけない。それをどう固定化するかだな」
テンパランスがふと疑問を口にした。
「そもそも奇跡や言霊を固定化して何に応用するつもりなんでしょう?兵器?医療?」
奇跡使い達はうーんと押し黙った。自分たちの研究で凶悪な兵器を作ろうと国が考えているとしたら協力しかねる。ジャッジメントは20年前の世界大戦のことを思い出していた。
「世界大戦のときは実に多くの奇跡使い、言霊使いが戦場に駆り出されて命を落とした。再び奇跡が戦争の道具にされるのは賛成しかねるな」
他の奇跡使いが先ほどの担当者の言葉を思い出す。
「既に魔術と科学の融合について研究が進んでいるとさっきの説明にあったが、魔術で奇跡の力を封じて科学で形にすることは可能なんじゃないか?もし戦争に使われるとしても、その兵器によって奇跡使いが前線で力を使わずに済むなら、我々の平和は守られるんじゃないか?」
「だが、兵器を使われた国は焦土と化すぞ」と、他の奇跡使い。
「危険な研究であることは間違いなさそうですね」とアルシャイン。
翌日、進捗状況を確かめに担当者が顔を出した。奇跡使い達は待ってましたとばかりに担当者に詰め寄った。
「おい、我々は兵器開発をさせられてるんじゃないだろうな?奇跡は聖なる力だ。戦争の道具ではない」
担当者は表情一つ変えずに答えた。
「兵器開発ではありません。技術開発です。開発された技術は国の繁栄に応用されます」
「例えば?」
担当者はしばし黙考すると、
「集団治療室とかですかね。その部屋に怪我人や病人を連れてくるとたちどころに治癒するような技術です」
奇跡使い達は沈黙した。そんなことが可能なのか……?
「ですから、できるだけ大きな力を固定して、大勢の人を救う力の使い方を開発してください。その力はサナトリウムのような治療施設などで応用されます」
うまく言いくるめられたが、担当者の言うことは一理あるのかもしれない。テンパランスは一定の理解を示し、引き下がった。
「解りました……。あなたの言うことに偽りがないのならば、協力しましょう。ただし、奇跡だけで力の固定は不可能だわ。科学者と魔術師を連れてきてください。助言を仰ぎたいわ」
担当者は僅かに微笑んだように見えた。
「解りました。その道の専門家を参入させましょう」
「困ったわね……」
言霊使い達も頭を抱えていた。言霊を固定など、できるのだろうか?
「書いた文字は言霊になるんでしょうか?」
「貴方言霊を紙に書いて力が発現したことある?」
「無いですね……」
言霊は言葉が摩訶不思議な力を持つ物だ。奇跡使いのように神の力を操ってイメージで形にする力ではない。古霊という高次の存在の機嫌を取り、願うものである。操っているわけではない。お伺いを立てて、力を借りているに過ぎない。
ミルドレッドが助言した。
「紙に書いた言霊が全く力を持たないわけじゃないわ。言霊グッズを皆さん販売してると思うけど、あれも一定の効果が確認されてる。まあ、火が出たり嵐を起こしたりなんてことはできないけどね。でも、アマーレの回復の言霊を紙に書いて持っていると病気の直りが速くなるという研究結果もあるわ。気休めだけどね」
「それで納得してもらえるのかしら……?」
若い言霊使いは頭を抱えた。皆薄々気が付いている。自分達は兵器開発をさせられているのだと。言霊使いという職業の特性として、大部分は呪殺の依頼である。殺すためにある力のようなものだ。アレキサンドライトが口を開いた。
「20年前も、30年前も、50年前も、世界では言霊と奇跡が戦争の道具にされてきた。皆は若いから知らんかもしれんが、儂も過去に三度戦場を駆け巡ったものよ。50年前の大戦ではまだ15歳じゃった」
一同が驚く。50年前に15歳ということはアレキサンドライトはこの老体でまだ65歳……?
「アレキサンドライト様、そんなお年なんですか?お若く見えますが……」
無論これは世辞だ。計算よりだいぶ老年に見える。
「儂はこう見えても79じゃ!来年の夏には80じゃよ!50年前の大戦は正確には56年前じゃ。8年間という長い大戦じゃったのじゃよ。苦しい時代じゃった」
一同は見た目通りの年齢に安堵した。あまりにも鯖を読みすぎだからだ。
「ということは、これからも10年ほど続くような戦争が起きないとも限らないわけですね」
「この国は戦争好きじゃからのう。能力者の力など鉄砲玉の一つとしか考えておらんのじゃ」
だが、傷を癒したり蘇生できたり、超自然の力を操る能力者が戦場で重宝しないわけがない。弾数の限られている銃や、接近しないと使えない刀剣、無差別に破壊する爆弾より、自由自在に扱える奇跡や言霊の力があったら、戦争に使うのが道理だろう。
「じゃが、言霊の力を固定して誰でも使えるようになったら、確かに楽になるかもしれん。戦争に駆り出されずとも、言霊兵器が戦争で戦ってくれるからのう」
一理あるか。だが、言霊だけで力を固定する方法は無理がある。言霊を封じ込めておく媒体がなければ持ち出すことは不可能だ。
「……あ!」
「テレサ?」
アレキサンドライトの弟子のテレサが何かを思いついた。
「最近発売されたカセットテープ。あれに言霊を録音させたら力が無限に使えないかしら」
「カセットテープ?」
今世間ではレコードよりもコンパクトで持ち歩きできる、カセットプレーヤーが大流行している。場所も取らず、誰でも録音と再生が手軽にできると、商店街の電気屋では品切れが続いている。
「私、録音も再生もできるテープレコーダーを先日のお給料で買ったんです。ホテルにも持ってきてます。あれを使ってみたらいかがでしょう?」
「カセットか……。確かに出たばかりで、まだ誰も試していないですね」
ベルがカセットに可能性を見出した。試してみる価値はある。
「明日持ってきてみますね!」