第二十九話 奇跡と言霊と科学と



2025-02-06 20:32:28
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 さらにその翌日、担当者は奇跡使い達の前に科学者と魔術師を連れてきた。
「テルハ研究所のクラークソンです。今回は皆様の奇跡の力に、科学の知識を応用できるよう、微力ながらお手伝いいたします」
「魔術師のネツァクだ。よろしく頼むよ」
 奇跡使い達は軽く会釈した。皆この国の手先に惑わされまいと無意識に腕組みをする。威圧的な奇跡使い達の態度に、クラークソンはにこやかに微笑んだ。
「まあまあ、皆さん。しばらく一つのプロジェクトに関わるのです。仲良くしましょう」
 クラークソンが握手を求めたが、誰一人として手を差し出す者はおらず、彼は気まずそうに手を下した。

「まず、我々の研究では、奇跡で使役する神は科学で解明できるということが証明されております。奇跡使いは念導力で微弱な波動を発生させるということが確認されています。例えば炎の神ですが、奇跡使いはこの波動によって物体や空気中の分子を動かし、熱エネルギーによって炎を発生させます。雷の神についても同様のことが言えます。風の神は大気の分子を波動によって動かし、風を起こします。この風の神のコントロールによって気温を上げたり下げたりしているのですね。全ての奇跡は奇跡使いの念導力による分子の運動で説明が付きます」
 クラークソンが奇跡の秘密について科学的に論破した。奇跡使い達にとって、奇跡はあくまでも超自然の神の力だ。いわば一つの信仰の力だ。奇跡使い達はイメージの力でこの力を動かしていた。科学的に解明できるような簡単な力ではないと信じたかった。だが、波動や分子といわれてしまうと、核心を突かれたようで反論できない。
「それで、この奇跡が科学だというなら、我々はどうしたらいいというんだ?」
 信仰に厚いジャッジメントがクラークソンに厳しい目を向ける。
「そこで魔術が必要になるのです。はい、ネツァクさん」
 クラークソンがネツァクにバトンタッチする。
「化学を魔術で固定する力は今は明かせん。だが、魔術は物質化した能力を封印する。化学を行使するには原料が必要になるから、奇跡使いにはその原料を作り出してほしい。”奇跡”の力を使ってな」
 ネツァクの言い分は、まるで奇跡使いが金の卵を生むガチョウのような口ぶりだった。テンパランスは都合よく扱おうとするネツァクに反論した。
「奇跡の力は無限じゃないのよ?!それに、何?化学ですべて解決できるですって?傷を癒すのも科学で解決できるなら、もっとこの世は便利になってるはずじゃない?奇跡の力を甘く見ないで!」
 クラークソンが苦笑交じりになだめた。
「落ち着いてください、ですから、これからそういう便利な世の中にしていくんじゃないですか。我々の研究では、科学で生命を生み出すことも不可能ではないという仮説が立っています。一緒に奇跡について研究しましょう」
 生命を生み出すことも不可能ではない。この言葉に奇跡使い達は仰天した。奇跡で生き物の生死にかかわる力を使うのは禁忌である。それが科学を使えば可能になるだと?そんなことが実現したら本物の奇跡だ。奇跡使い達の心は揺れ動いた。科学の力、侮れないかもしれない。
「まあ、私どもの理論では説明がつかないのが奇跡というもの。実際に奇跡の力というものを見せて戴けませんか?」
 クラークソンならば奇跡の力を保存する方法が分かるかもしれない。アルシャインが立ち上がり、先ほどクラークソンが名前を挙げなかった奇跡を披露してみせる。解明できるならやって見せればいい。
「金属の神!重力の神!光の神!生命の神!水の神!毒の神!さあ、何か解りますか?」
 クラークソンは実際に目の前で披露される奇跡に手を叩いて喜んだ。
「素晴らしい。重力の神は解明できませんが、他は科学的に解明できそうです。重力まで操るとはさすが奇跡だ。いや、素晴らしい」
 ネツァクは「物質化の奇跡なら魔術で制御できそうだ」と独り言ちた。
「癒しの奇跡はどうすれば発現するんだ?」
 ネツァクの疑問に、アルシャインが答える。
「光の神と水の神と生命の神を呼び出し、組み合わせます」
「複合技か。生命の神だけでは足りないのか?」
「生命の神の力だけでは気分的なものしか治りません。水を操り、光を当てたほうが治癒力が早まります」
 ネツァクとクラークソンは顔を見合わせた。現在の魔術と科学のレベルではやはり奇跡は奇跡の力としか言いようがない。
「時間をかけて解明していきましょう。ここでは話にならない。研究所に場所を移しましょう」
 そして一同は施設内の研究所に場所を移した。奇跡から物質を取り出し、奇跡に奇跡をぶつけ、魔術で力を一つ所にとどめる。あらゆる方法を試し、出来上がったのは”災厄の弾頭”であった。
「ありったけの奇跡を詰めた奇跡の玉だ。これを爆発させたら何が起こるのか。安全な場所で実験しましょう」
 一同は国の担当者も連れてブルギス国中央の広大な荒野にやってきた。砲台に災厄の弾頭を設置し、できるだけ遠くに発射した。
 奇跡使い達はクリスタルの神を呼び、周囲に透明な防壁を作り、それを観測する。
 災厄の弾頭は2km先に着弾すると、網膜を焼くような激しい光を放ち、爆発した。嵐のような猛烈な風、クリスタルが溶けそうなほど灼熱の熱風、おそらく周囲には毒ガスが充満している。
「恐ろしい……。私たちはなんて恐ろしいものを生み出してしまったの」
 テンパランスはその威力の凄さに震えあがった。その時初めて一同は上手く騙されていたことに気づいた。破壊兵器は作らないと決め込んでいたのに、結果作らされたのは破壊兵器だ。しかも、史上最悪の。
「これは、危険すぎる。研究は中止だ。この研究結果は研究所に厳重に保管し、封印しよう」
 国の担当者も、一瞬で死の大地と化した大地を見渡し、手にした力の過ちに震えあがった。これは戦争に使えない。敵味方だけでなく、民間人も巻き添えになる。

 国の担当者は首相に報告すると、そのレシピを厳重に研究機関の地下に封印した。そして、奇跡使い達の研究は巨大な治療施設の研究に方向転換することとなる。奇跡の力を定期的に補充し、治療室に満たして患者を治癒する方法。点滴パック方式や、カプセル室など、あらゆる方法が試された。その研究は次第に末期がん患者や事故で意識不明になった重傷者などに、家族の了解を経て研究されることとなった。カプセル室には風の神、光の神、生命の神の力で満たし、定期的に奇跡の小瓶の内容物を補充するという方法がとられた。点滴パックは奇跡の小瓶の力を精製水に溶かし、微量の化学物質を加えることで安定するという研究結果が得られた。
これにより世界の医療技術は飛躍的に向上することとなった。

 一方言霊使い達はカセットテープに言霊を封じ込める研究を行っていた。効果はすぐに出た。言霊はカセットテープで再生しても発現するのである。
「愛の古霊アマーレよ、傷つき病めるコルプスをを癒し給え」
 カチッ。と音を立てて録音を止める。刃物で指を切ってみせたベルが、頷いて合図を送る。テレサは再生のスイッチを押した。
『愛の古霊アマーレよ、傷つき病めるコルプスを癒し給え』
 カセットプレーヤーのスピーカーから、生の言霊より幾分弱々しい言霊のリボンが踊り、ベルの指先の傷を癒した。
「凄い……!完璧ではないけれど、ある程度の効力がありますよ」
 ベルの傷は傷跡を残す形で治癒していた。一同は感嘆の声を上げる。
「国の担当者に報告しましょう!」
 国の担当者はカセットプレーヤーから発現する言霊の力を確認すると、できるだけたくさんの言霊をテープに録音しておくよう言い残して立ち去った。
「できるだけたくさんって……、人を殺すような言霊は無理ねえ。死人をむやみに増やせない」
 ミルドレッドが思案していると、とある言霊使いが提案した。
「言霊グッズに使うようなお守り程度の言霊はいろいろ詰め込んでみたらどうかしら。そのテープを売ればいいんだわ。これから楽になるし、テープなら高く売れるじゃない」
 テレサがそれに苦言を呈する。
「このテープは無限に同じものを増やすことができます。一度言霊そのものを売ったら、素人が簡単に複製して、言霊使いの仕事はなくなりますよ」
 確かにその通りだ。効果が抜群であるがゆえに、これそのものを販売するのは危険だ。言霊使いは小さくなって口をつぐんだ。
「まあ、実験に使うなら、お守りの言霊ぐらいがちょうどよかろう。片っ端からいろいろ封じ込めておこう」
 アレキサンドライトの鶴の一声で、言霊使い達は順番に言霊をテープに録音していった。

 日を改めて、国の担当者が姿を現した。今度の研究テーマは音楽や雑音と同時録音しても力が発現するか、であった。国の担当者は音楽プレーヤーをもう一台用意し、多重録音をさせた。
 これも問題なく力が発現する。ならば、極力音を絞った場合はどうなるか。限りなく遅い再生速度で再生しても力が発現するか。逆に早送りでも、逆再生でも、力が発現するのかどうか。国の研究機関は様々な録音機器を用意し、あらゆる方法でテープレコーダーの言霊の力の現れ方を研究した。
 ついに研究者たちは、人の耳に届かないレベルまで音声を加工し、言霊の力が通常通り発現する音声テープを作り上げた。
「言霊ってこんなに音を歪めても古霊の耳に届くんですね」
 古霊道の里出身のベルは、幼い頃から叩きこまれた言霊の常識を覆されて驚いた。しかし考えてみれば、世界各地で使われている言霊は、現地の言葉で問題なく発現するのだ。ミルドレッド達もブルギス国語で言霊を唱えているが、ベルの生まれ故郷では異国語である。古霊の耳に届けば音声が歪もうが異国語だろうが影響しないのかもしれない。
 国の担当者はミルドレッドに勇気の言霊をテープに録音してほしいと依頼した。
「勇気の言霊?あんなものどうするの?大学受験の受験生にでも使うの?」
「まあ、そんなところだ」
 ミルドレッドは言われるまま勇気の言霊を唱えた。
「勝利の古霊ヴィクトリアよ、恐れを蹴散らし我に勇気を与え給え!」
 言霊のリボンは、カセットテープに刻み込まれた。
 国の研究者はこのテープを元に軍歌を多重録音し、国営放送で積極的に放送した。地上波に流れた勇気の言霊は人心を乱し、国民は次第に首相の右翼発言を支持するようになった。
 街にはブルギス国王を賛美する街頭演説が盛んになり、冷戦状態のスネイルボルグ共和国と再び戦争しようという世論が高まった。
 犯罪の検挙件数が倍以上に膨れ上がり、街は犯罪組織が昼夜を問わず跳梁跋扈するようになった。
「これはいかん。これは戦争の前触れじゃ。あの国の担当者、言霊を利用して何か企んでおるな」
 アレキサンドライトは宿泊しているホテルでテレビのニュースを食い入るように見つめ、過去の世界大戦の情勢を思い返していた。
 翌日、アレキサンドライトは国の担当者に詰め寄った。
「おぬし、言霊のテープを何に使いよった?!」
 担当者は白々しく答えた。
「国の発展のために有効活用する研究をしております」
「嘘を吐け!おぬし、この国を戦争させようとしておるじゃろう!」
 集まった言霊使い一同は衝撃を受けた。戦争に使われるような言霊は一度も使っていないからだ。
「どういうこと、アレキサンドライト?」
 ミルドレッドが問う。
「今までテープに封じた言霊に人心を乱すものがあったはずじゃ。何かは知らんが。冗談じゃないぞい、儂らは戦争に使われるのはご免じゃといったはずじゃ!」
 国の担当者はこう煽った。
「言霊に戦争を起こす力があるというなら、人々が戦争を止める言霊もあるというのですか?」
「むう、それは……」
 アレキサンドライトは口をつぐんだ。言霊はどちらかといえば、人を攻撃する力だ。止める言霊というのは聞いたことがない。
 これにケフィが口を開いた。
「何らかの言霊が使われているなら、虚無の言霊を応用して、発動した言霊を打ち消すことはできませんかね?」
 ミルドレッドがケフィのあの言霊の威力を思い出した。
「そうだわ!何らかの言霊が使われたなら、あの言霊をテープに録音して、無効化できるじゃない!」
「そんな力があるのですか?」
 国の担当者の表情が変わった。
「やってみましょう。虚無の古霊ニヒリウムよ、発動した言霊の効果を虚無に帰せ!……っと。この言霊を使ってください!」
 国の担当者は録音されたテープを持ち帰った。これにて一旦言霊使い達は解散させられることになった。
 ケフィの虚無の言霊は国営放送の電波に乗って、国中にあふれていた戦争の気運を鎮めた。犯罪件数は徐々に減ってゆき、国民は夢から覚めたように、平和の声を上げ始めた。
 言霊使いの能力研究は一定の結果を残し、機密事項として厳重に保管されることとなった。

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