第三十話 そして日常へ



2025-02-06 20:33:44
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 奇跡と言霊の能力開発チームの担当者は、首相に研究結果を報告した。
「奇跡の力を弾頭に詰めて発射する実験は成功です。改良の余地はありますが、不可能ではありませんでした。しかし奇跡使いは聖職者のため、軍事利用に反対しております。軍事開発をするには聖職者ではなく軍事開発専用の奇跡使いを独自に教育し、兵器の生産と実験を重ねる必要があるでしょう。また、言霊を録音して使用する実験も成功です。人間の耳に感知しないレベルでも言霊は発動することが確認されました。しかし、こちらも聖職者のため、軍事利用に協力するのは反対しています。言霊使いも専門の人員を教育する必要があるでしょう」
 首相は担当者に一つ疑問を投げかける。
「新人の能力者をどうやって募る?また、その指導者はどうやって、どこから連れてくるのだ?」
 担当者はしばし黙考した。そして、一つの提案をする。
「新しく能力者として独立したものがいないか、各事務所にアンケートをさせましょう。その中から国の能力開発に協力する者に声をかけるのです。そして、魔術で判断力を失わせるまじないをかけ、軍事開発に協力させましょう」
「できるのか?」
「今回招集したメンバーには既に感づかれています。地方の小さな事務所に声をかければ金欲しさに集まるのではないかと」
 ふーむ、と首相はあご髭を撫でた。
「よし、可能であればやってくれ。人数は任せる。研究所が必要なら作らせよう」
「では研究所の建設と同時進行で能力者を教育し、プロジェクトを進めましょう」
 担当者は一礼すると、部屋を後にした。
 首相は担当者がまとめてきた資料に目を通し、この研究結果をどう軍事利用するか思案した。
 ”災厄の弾頭””言霊のカセットテープ”か……。うまく利用すれば最強の軍団が生まれる。カセットプレーヤーの小型化、ミサイルの遠距離攻撃、改良する余地は沢山ある。
「急がなければな。私の任期が終わるまでに一定のレベルまで開発し、後任に託さなくては。私にできるのは、与党の支持率を下げないことだけだな」
 首相はあくまでも平和主義の首相である表の顔を崩したくなかった。実際に手を汚すのは後任の首相でいい。自分は綺麗に身を引いて、平和な国に亡命して余生を過ごせればそれでいい。果たしてそううまくいくであろうか。
 ブルギス国はその後20年にわたって軍事開発を水面下で続けることになる。世界は着実に世界大戦へと向かっていた。

「ただいま!何も問題なかった?」
 テンパランスが自宅事務所に久しぶりに返ってきた。イオナとニコは飼い主を待ちわびた飼い犬のように玄関に飛んでいった。
「おかえりなさい、テンパランス様!アルシャインさん!!」
「おかえりなさーい!!」
 数か月ぶりの再会。四人は飛び跳ねながらお互い抱きしめあった。
「出動依頼断るの大変だったんですよー!!全部お隣のムーン様に丸投げしたけど!」
「ごめんなさいね。ムーン様にはあとでお礼をしに行きましょう」
「ニコ、奇跡の小瓶づくりご苦労様。上手にできたかい?」
「うん。いっぱいほめられた!」

 テンパランスの事務所に、いつも通りの日常が戻ってきた。依頼の電話が入り、出動し、奇跡の小瓶を作り、配達し、その繰り返し。
 変わったことといえば、テンパランスとアルシャインが結婚式を挙げ、沢山のお祝いが届いたことか。世界初の奇跡使い同士の結婚に、国中が祝福ムードに沸いた。
 ニコはみるみる一人前の奇跡使いとして力のコントロールが上達し、依頼先の仕事でも評判がいい。もちろん、イオナとも仲睦まじく愛を育んでいる。
 平和だが、充実した日々を送っていた。

「ただいま、帰ってきたわよ!」
「おかえりなさいミルドレッド様!!」
「もうー、早く帰ってこないかなって待ちくたびれましたー!」
 エラとニナが、四人の帰りを出迎えた。
「ちゃんと依頼こなせたかしら?」
「それが……時々ニナが失敗するからあたしが尻拭いして大変だったんですよ!」
 エラがブーブー文句を言う。ニナはばつが悪そうに舌を出した。
「ごめーん。でも、エラのおかげでクレームゼロだったので、助かりましたー!」
「まったくニナは……。まだまだ独立できそうにないわね!」
 ミルドレッドは相変わらずなエラとニナの様子に安堵した。
「そっちはどうだったんですか?」
「そうそう、一時期国の情勢が怪しくならなかった?」
「ありましたー!!めっちゃくちゃ仕事忙しくなって、休み無い期間ありましたよ!あれなんだったんでしょうね。」
 ニナが両手を広げて訴えた。エラはミルドレッドが軍事利用されたのではないかと危惧する。
「奴らに何かされませんでした?」
「されそうになった、わ。実際私たちの言霊を研究に使われたみたい。でも、ケフィを連れて行ってよかったわ」
 ケフィが照れながら説明する。
「軍事利用された言霊を、僕の虚無の言霊で無効化したんです。今はそんなに忙しくないでしょう?」
 エラとニナが一斉に感嘆の声を上げる。
「凄ーい!!さすがケフィ!!あの言霊を使ったのね!!」
「さすがだわケフィ!お手柄じゃない!!」
「僕の言霊使いの目標は、人を幸せにする言霊使いになることですからね。それがこんな形でお役に立てて、嬉しいです」
 ベルがそっとケフィの背に触れた。
「貴方ならきっとなれるわ、ケフィ」

 その後、ミルドレッドとガイは結婚式を挙げ、晴れて夫婦となった。相変わらずよく喧嘩する夫婦だったが、弟子たちがなだめるので上手くやっているようである。
 またいつもの日常が言霊使い達にも訪れた。ベルとエラとニナはすっかり親友のように深い絆で結びつき、現場で上手い連係プレーを見せる。
 たまにケフィとベルの仲をからかわれてじゃれあうほかは、平和な毎日を送っていた。

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