【短編番外】ベル改造計画



2025-02-06 20:36:09
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 ミルドレッドの屋敷がリニューアルし、弟子たちがいつもの生活を取り戻した頃。ミルドレッドはガイと結婚し、新しい屋敷で夫婦そろって事務所の運営にいそしんでいた。
 ケフィとベルは恋人同士として付き合い始めたが、今までと変わりばえのしない距離感で日々を過ごしていた。
 それを面白く思わない者たちがいる。エラとニナだ。二人はダイニングルームで茶をすすりながらベルとケフィに対して不満を言い合っていた。
「ベルとケフィさあ、付き合ってんじゃん?」
「うん」
「あの二人いつも通りに過ごしてるよね」
「うん」
「あんなにガチバトルして屋敷吹っ飛ばすくらい戦って付き合い始めたのにさ」
「うん」
 ぶつくさ文句をいうニナに、エラが渋い顔で賛同する。たまりかねてニナは叫んだ。
「あの二人付き合ってる意味ある?!いつもと変わんないじゃん!!」
「わかる!!!!」
 エラとニナはガシッと握手した。
「別にイチャイチャいつも一緒にいるわけでなし、キスしてるところや抱き合ってるところも見たことないし、別々の部屋で寝てるし、規則正しく毎日いつもと変わらず過ごして、全然ラブラブしてないんだけど!!見ててイライラすんだけど!!」
「もっとイチャつけばいいじゃん!もっと幸せオーラちょうだい?!もっとちょうだいよ、そして幸せを分けてよこっちに!!もっと幸せ謳歌しなさいよ!!!もー見てらんないんだけど!!」
 二人の幸せを喜ぶエラとニナは、変わらない生活を続けるケフィとベルにイライラしていた。もっと幸せいっぱいになってほしいと心から願う。仲間内にカップル誕生というウキウキする毎日の中で、「私も彼氏欲しいなー!」と言ったりして、ベルをからかいたくて仕方がないのだが、からかい甲斐がない二人に瑞々しいエネルギーが全く感じられない。
 虐めたいというよりいじりたい。しかしこのままではいじる隙が無いのである。
「なんかベルに言ってやってよ、エラ」
「何て?」
「えー?デートとか行ったら?とか」
「あー、うん」
 そんな話をしていると、ちょうどご本人がダイニングに現れた。ベルは何も言わず冷蔵庫から牛乳を取り出し、食器棚からグラスを取り出した。
「ベル!」
「は、はい?!」
「ちょっと来な」
「はい……」
 ベルは何を言われるのかと思って恐る恐るテーブルに着いた。
「ベル!!あんたケフィとうまくやってるの?全然ラブラブしてないじゃない!」
 エラがベルの肩に腕を回して絡む。至近距離で睨まれて、ベルは委縮した。
「え……何かしなくちゃいけないですか?」
「あったりまえじゃん!!ラブラブしてるあんたたちから幸せオーラを分けてもらってさ、あたしたちも『あー彼氏欲しーい❤』とか言ってみたいわけよ。全然イチャイチャもしてないじゃない。そんなんじゃ私たちも彼氏欲しいとか思えないわけよ。むしろ『彼氏なんてこんなもんかー』とか、付き合ってもいないうちから諦めた気分になるわけ。もっとラブラブしてよ。あたしたちも幸せな気分になりたいの!」
 早口でまくし立てるエラに、ベルはその真意が汲み取れない。責められているのか、幸せを喜ばれているのか、叱られているのか、迫力とセリフが一致していなくて困惑してしまう。
「え……?つまりどうすればいいんですか?」
『もっとイチャイチャしろ!デートとか行け!』
 エラとニナは声を合わせてベルに命令した。
「デートって……具体的には何を……?」
 ベルの素朴な疑問に、エラとニナは考え込んだ。実はエラもニナも、学生時代に付き合った人が居ないわけではないが、大人の恋愛はどうすればいいかというのは未経験だ。雑誌からの受け売りでアイデアを出すしかない。
「ええー?遊園地に行ったり?公園に行ったり?ショッピングに行ったり?食事に行ったり?かなあ……」
「それって楽しいんですか?何のために遊園地なんて子供の遊び場に行くんですか?」
 ベルはデートの必要性が理解できないようだ。ケフィとそんなところに一緒に行って、楽しいイメージがわかない。
「うっさい!彼氏と一緒に行けばどこだって楽しいのよ!たぶん……」
 そこまで言うと、ニナは突然「あ、ダメだ」と会話を遮った。
「ベル、あんたその服とかメイクだめだ。今すっぴんじゃない?化粧品買いな?服も地味すぎ。もっとお洒落しな?だからケフィがなんもアクションしてこないんだよ」
 エラはまじまじとベルを見た。一重瞼の薄い顔立ち。目は切れ長で小さい。切りっぱなしのおかっぱ頭。切って縫っただけのような、さらっとした地味なワンピース。これでは特別心を動かされないだろう。
「うん。だね。よし、ベル改造計画やるか」
「か、改造?!」
「そうしよう!今度の給料日、トータルコーデしに行こう!」

 そして事務所の定休日、エラとニナとベルは街に繰り出した。手に入れたばかりの給料をベルに全額引き出させ、足りない分はエラとニナが補填するつもりだ。
「まずは服ね。ローゼンルージュ行くわよ」
「あ、いいね!最高じゃんそこいこう!」
 エラとニナはズンズン町の人込みを縫うように歩く。ショッピングモールの角のファッションビル3階、レディースファッション階。エスカレーターの裏に回り込む位置に目当てのローゼンルージュはある。
「この新作のアネモネの刺繍のブラウスとかどうよ!」
「ベルはラベンダーの刺繍のニットって気がする」
「ワンピの方が安く済むのかしら。この白い花柄のワンピは?」
「白ってイメージだよね。レモン柄とかナウいんじゃないの?」
 二人は次々ハンガーの洋服をベルにあてがう。ベルに鏡で確認させる隙はない。エラとニナのプロデュースだ。
「あ、私アネモネワンピ結構好きです……」
 ベルが恐る恐る自分の意見を言うと、「大柄は似合わないから却下」とはねつけられてしまった。
「あ!これいい!!これ!ベルって感じ!これにしなよ!」
 そういってニナがあてがったのは小花柄のベビーピンクのワンピースだった。細かい花柄のジョーゼット生地に、細かいプリーツ加工が施されている。
「あー!いい!さすがニナ!ベル、試着してきてご覧」
「は、はい……」
 ベルは店員に声をかけ、試着室に入っていった。
 その服は、プリーツが伸縮するおかげで着やすく、細身のベルのウェストをよりほっそり見せてくれる服だった。ベビーピンクというのもポイントが高い。
「どうですか?結構可愛いです」
 ベルが試着室から出てくると、意外なことにエラとニナは渋い顔をした。
「うーーーーーん……」
「似合わないわけじゃないんだけど……」
 ニナが言葉を濁すと、エラがズバッと言い切った。
「首から上が服に負けてる」
「そう!それ!やっぱメイクだよね……」
 そしてエラとニナはベルに服を買わせると、ビルの一階のコスメコーナーへ連れて行った。

「服結構高かったから、安めで行く?本気で買いたい?」
 エラがベルに希望を聞くと、「安くていいです……」とのことだったので、プチプラコスメブランドのカウンターへ向かった。
「え、こんなに高いのに安い方なんですか……?」
 ベルはその値段に仰天した。ファンデーション一つ、口紅一つが銀貨3枚から5枚ほどの値段がする。買えないわけではないが、口紅とファンデだけで金貨が飛ぶとなると、考えてしまう。さっきの服は金貨3枚もしたのに。
 「女子はこのぐらいお金かけるのが普通なの。今までのお給料使ってないでしょ?お金はあるんでしょ?」
 確かに今まで給料のほとんどを貯金に回してきたので、貯蓄はたんまりあるが、ベルにとっては無駄遣いとしか思えない。これが必要経費というならば、女子とは何とも金のかかる生き物だ。
 「お、お任せします……」
 そしてベルは美容部員にヨイショされ、エラとニナにはダメ出しをされながら、メイクの実験台にされ続けた。
「完璧ね」
「素材はいいのよ、ベル」
 エラの部屋で三人で集まって、トータルコーディネートの練習をした。濃い化粧がことごとく似合わなかったベルは、ベージュピンクの口紅と、オークル系のファンデーションと、オレンジブラウンのアイシャドウと、コーラルピンクのチークをそろえた。
 ベル自身の手でメイクを練習させ、5回目のメイク落としののち、やっと完璧なメイクが出来るようになった。ベルの肌は洗いすぎてヒリヒリする。
「じゃあ、次の休みにデートしてきなさいよ。ケフィにけしかけておくから何もしないでケフィの誘いに『はい』って言ってついていきなさい」
「は、はい……」
 斯くしてエラとニナにそそのかされ、ケフィから誘った体でベルはケフィとデートに出かけることになった。

 次の休日。玄関で二人は待ち合わせた。
「うわあ……。ベルさん、可愛いね」
「あ、ありがとう」
 ケフィは完璧に仕上がったベルの姿を素直に称賛する。ベルは照れのあまり、玄関の姿見も見れずにいた。
「今日はどこに行きます?」
「どこでもお任せします……」
「分かった。ではとりあえず街中歩こうか」
 ケフィは普段通りの話し方を心がけるが、未だに敬語が抜けずにいた。敬語と話し言葉をまぜながら、ぎこちない会話を続ける。
「あそこの喫茶店のパフェが美味しいんです……。行ってみよう?」
「はい……」
 二人は喫茶店に入り、ケフィはチョコバナナパフェを、ベルはイチゴヨーグルトパフェを頼んだ。
「ほんとだ。美味しい」
「なんか、良いですね、こういうの」
 ケフィははにかんだ。生まれて初めて彼女とデートらしいデートをする。こんなに可愛く生まれ変わったベルを連れて歩くのは鼻が高い。
 喫茶店を後にして、映画館で話題の恋愛映画を見る。ケフィはボロボロ泣いてしまったが、ベルは冷めた目で映画を見ていた。映画が詰まらないというより、号泣するケフィを観察する方が面白かったのだ。
 映画に感化されたのか、夕暮れの街を歩くケフィは、ベルの手を握った。ハッと顔を上げるベル。ケフィは「えへへ」とはにかんだ。
「今日は楽しかったです。ベルさんってお洒落するとこんなに可愛くなるんですね」
「あら、普段は可愛くないの?」
「普段も可愛いけど、もう慣れちゃったから。修業しなくちゃって気分になるから、気にしたことがなかったです」
「まあ、そうね」
 そこまで話したところで、ケフィは「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。
「もう一軒、行きたいところがあるんですけど、良いかな?」
「……?いいけど……」
 ケフィはベルの手を引き、ショッピングモールから細道に逸れた一軒の雑貨屋に入った。
 ケフィは雑貨屋に入ると、「あれ?あれ?どこだ?」とつぶやきながら、何かを探しているようだった。
 その雑貨屋はなんと、ミルドレッドの事務所のお守りを卸している雑貨屋の一つだった。見覚えのあるぬいぐるみが、素朴で味のあるポップ付きで販売されている。ベルは配送の仕事をしていないので、売られているところを初めて見た。
 ケフィが何かを店主に訊いていた。すると店主に案内され、何かを選んでいるようだった。チラチラとベルを盗み見ては、こそこそと何かを選んでいる。ベルは何か企んでいると察知して、知らないふりをして店内を眺めた。
 やがてケフィは会計を済ませ、「公園でも行きましょうか」と、ベルの手を引いて店を出た。
 公園にやってくると、ケフィは手近なベンチに座り、「実はずっとベルさんにこれをあげたくて。開けてみてください」
 と、先ほど会計した紙袋を手渡した。中から出てきたのは、小さな赤い花のヘアピンだった。
「可愛い……」
「以前配送に出かけたときにこの髪飾りを見つけて、いつかベルさんにあげようと思っていたんです。ほんとは白い花がよかったんですが、売り切れだったので赤になりました。すみません」
 ベルはこめかみに挿して見せ、ハンドバッグから手鏡を取り出して見てみた。するとどうだろう。今日のファッションやメイクにとてもよく似合うではないか。
「似合いますか?」
 ベルがおずおずとケフィに問うと、ケフィは満面の笑みで、「とっても!可愛いよ!」と褒めた。

 そして二人は手をつないで帰路に就いた。エラとニナが期待するほど仲は進展しなかったが、二人のお膳立てには感謝しようとベルは思った。

 が、しかし。
「あそこまでお膳立てしたのにまだキスもしてないの!?きーっっ!イライラする!」
 エラとニナはベルの報告にまた不満を爆発させていた。
 ケフィとベルがもっと親密になるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

END.

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