【短編番外】奇跡使いと言霊使いの収穫祭



2025-02-06 20:38:41
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 この世界は、神と呼ばれる精霊と、古霊と呼ばれる高次の霊体によって流転している。
 そう説いた先人たちは、それぞれ精霊神教、古霊道という宗教を開いた。
 精霊神教を開いた者たちは神々の力を借りて「奇跡」と呼ばれる魔法を起こし、病める人々を救い、暗闇を明るく照らした。
 古霊道を開いた者たちは、言霊の力に依って古霊の力を引き出し、人々の欲を満たし、争いを制した。
 この世界はそんな奇跡と言霊を操る者たちが活躍する世界であった。

 奇跡使いも言霊使いも宗教法人の聖職者であるため、肉や酒などは口にすることができない。菜食主義を貫き、己を律し節制して生活する身である。そんな能力者たちが唯一肉や酒などを口にしていい祝日がある。毎年十一月二十九日に訪れる「収穫祭」である。宗教は違えど、大地の恵みは等しく全生命にもたらされる。それを一緒に感謝する特別な日のため、接客業以外は仕事を休み、各々パーティーを催して過ごすのだ。
 世界で唯一の女性奇跡使いテンパランスは、今年も言霊使いミルドレッドの事務所の一同を招いて収穫祭を過ごさないかと声をかけた。
 ところが、今年はミルドレッド側がテンパランス達を招きたいと返答してきた。曰く、「新しくなった広くて綺麗な事務所にみんなを招きたい」とのことだった。
 テンパランスたちは「去年はこちらが招いたから、今年はお世話になろうかしら」と、その招待を受け入れることにした。
 奇跡使いテンパランスは、かつて言霊使いとして修業していたころにミルドレッドからひどいいじめを受け、奇跡使いとして覚醒したときにコテンパンに報復した過去がある。その恨みからお互いライバルとして火花を散らしてきた犬猿の仲だったのだが、数々の苦難を共に乗り越え、今ではすっかり親友である。事務所同士も仲が良く、お互い困ったときは支え合って生活している。収穫祭当日、テンパランスは配達用ワゴン車に食材や脚立、飾りつけの細工などを積み込み、四人そろってワゴン車に乗り込んだ。
「今年もガイさんの料理が食べられるなんて楽しみですね」
テンパランスの弟子で夫のアルシャインは、ミルドレッドの夫・ガイの料理を思い出し、生唾を飲み込んだ。
「ガイさんの料理美味しかったですよねー!やっぱり男の人の料理って力があるしセンスがあるから真似できないな」
 住み込みメイドのイオナは毎日テンパランスたちの食事や家事の面倒の一切をこなしているが、それでもガイの料理センスには敵わないと痛感してしまう。
「しゅーかくさーい!しゅーかくさーい!」
「ニコ、収穫祭好き?」
 重度自閉症のニコはニコニコしながら大きく頷いた。
「すきー」
「さあ、ミルドレッド様のお屋敷に着いたよ。荷物下ろそう」
 そうこう話しているうちに、車はミルドレッドの屋敷に到着した。

 ここでこの時代について少し触れておこう。この時代は地球の西暦で言えば一九六〇年代のちょっぴりレトロな時代である。テレビはブラウン管で、まだまだ白黒テレビが大半を占めている。チャンネル切替はダイヤル式だ。電話は黒電話が主流で、花の形をあしらったお洒落な金属製の電話を持つのがお金持ちのステータスになっていた。無論スマートフォンやPCなどは無いし、家電の種類も限られている。冷蔵庫や洗濯機などはあるがだいぶレトロだし、車はマニュアルだ。地下鉄や電車も通っていることは通っているが、都市部に集中しており開発途上である。電子レンジはまだ開発途上で、ガス式のオーブンや電熱線式のオーブントースターが主流だった。
 宗教法人であるミルドレッドの事務所やテンパランスの事務所は、信者からのお布施で比較的裕福な生活をしているためこれら最新の家電を揃えているが、一般家庭にはまだまだ手が出ない代物が多い。そのため、ガイのように長年言霊使いの手伝いをしている者でもなければ、大掛かりな調理家電を使いこなせないのである。イオナはその点において、ガイを尊敬していた。大きな肉の塊を大きなガスオーブンでこんがり焼き上げる豪快な男の料理はみんなの憧れである。年に一度振る舞われるガイのオーブン料理は誰もが楽しみにしていた。
 
「ごめんください」
 テンパランスがノッカーを鳴らして声をかけると、中から「はーい」と元気のいい声が聞こえてきて、けたたましい足音とともにミルドレッドの弟子の言霊使い・ニナがドアを開けた。
「いらっしゃいませテンパランス様!皆さん!」
「ニナ、相変わらず元気ね」
 クックッと苦笑交じりにイオナが言うと、ニナはエヘヘと頭を掻いた。と、少し遅れて奥からミルドレッドが出迎えた。
「いらっしゃい。時間ピッタリね、相変わらず」
 ミルドレッドが皮肉を言うと、テンパランスも皮肉を返す。
「誰かさんと違って規則正しい生活をしているから」
「言ってくれるわね」
「ふふふ。なんてね。遅くても早くても困るでしょう?」
「確かに。助かるわ」
「入って」と促されて奥に進むと、なるほど新しい事務所は広くて綺麗で塵一つ落ちていない。信者から贈られたのだろう、高そうな調度品が背の高い置台に据えられ、廊下に高級感をもたらしている。
 廊下の突き当りの右手のドアを開ければ、言霊使いの皆が待ちかねるダイニングキッチンだ。
「いらっしゃいませ皆さん!お待ちしてました!」
 弟子の中で最も年長のエラが皆を出迎え、奥で飾り付けのため脚立に乗っていたベルとケフィが「こんにちはー!」と朗らかに声を張り上げてあいさつした。
「お、今ちょうどムギーを捌いてたんだ。グロいの嫌な奴はキッチン覗くなよ」
 カウンターキッチンの奥から顔を上げたのが、噂の家事万能男子・ガイだ。頼りになるナイスガイ。ミルドレッドのスパダリ。一方ケフィも女だらけの言霊使いの中の数少ない男子だが、ガイほど男らしくもなければガイほど女子力もないので、全面的に彼には敵わず、情けない立ち位置にいる。そのうえグロ耐性もないため、ムギーという小型の両生類の内臓を捌いたり、ハーモサンドという四つ足の獣を解体したりという力仕事に参加できない。そのため女子たちには「男のくせに情けないわね」と言われて尻に敷かれているのである。ガイも尻に敷かれて家事を請け負っている立場だが、ケフィの立場はさしずめ潰れた座布団のような、何の役にも立たないポジションだ。潰れた座布団・ケフィは、仕方がないので部屋の飾りつけと掃除を担当することになり、脚立の上で頭をひねっている。
「何かできることはないかしら?飾りと食材は持ってきたけど?」
 テンパランスが声をかけると、ガイは、
「あー、じゃあ、とりあえず持ってきた食材こっちで広げてみてくれ。そこから考える!」
 と、額の汗をぬぐいながら答えた。
「ケフィ、手伝うよ」
 アルシャインが持参した飾りを掲げて見せながら、ケフィとベルの元に歩み寄った。
「助かります!」
「あたしは何すればいいですか?」
 テンパランスの事務所のメイド・イオナは腕まくりをしながらガイに話しかける。
「野菜切ったり、サラダ作ったりしてくんねーか?ネビラクツバの下ごしらえして、すぐ鍋にかけてくれ」
「解りました!」
 それぞれが掃除班・飾り付け班・料理班に分かれて、お待ちかねのディナーパーティーに向けて一丸となって取り組んでいた。ただ一人、重度自閉症のニコだけはなにも手伝えることがないため、ラジオの歌謡曲に合わせて適当に歌ったり独り言を言ったりしながらふらふら歩きまわっていた。

「さて、飾りつけはこんなもんかな?」
 アルシャインが目を細めながら辺りを見回して、デコレーションの仕上がりを確認する。
「ちょっと派手過ぎましたかね?」ケフィがはにかむと、
「いや、こんなもんだろう!」と、アルシャインがOKを出す。すでに掃除を完璧に済ませていた女性陣はデコレーションを見渡して「綺麗!完璧!」と手を叩いて喜ぶ。
「よーし!ハーモサンダ・ギーが焼きあがったぞ!運んでくれ!そしたら準備完了だ!エラ、飲み物注いで回ってくれ!」
「はーい!ニナ、イオナ、料理運んで!」
「はい!」
さて、収穫祭の準備は整った。|銘々《めいめい》が席に着き、両手を組んで瞼を伏せた。祈りの言葉は、宗教を問わずお決まりの言葉を大地にささげられる。
『母なる大地の恵みに感謝を。今年も健やかに生きられたことに感謝を。あたたかな贄に感謝を。いただきます』
 そこで、ガイとケフィがクラッカーを鳴らした。
「さあ、食べましょう!」
ミルドレッドがワインの注がれたグラスを掲げて乾杯の音頭を取る。
『乾杯!』
 グラスの飲み物に一口付けたら、お待ちかねのご馳走だ。ニコがムギーの唐揚げ【モロワ】を手づかみで食べ始めた。サクサクの衣には炒り豆のクランチが纏われていて、油を吸って香ばしい香りが口中に広がる。嚙めば噛むほど肉汁が溢れ出し、淡白な味ながら癖になる食感の肉だ。ムギーの唐揚げがなぜモロワと呼ばれるようになったかは諸説あり、詳しいことは分かっていない。しかし、家庭料理に欠かせない一品であることは間違いない。
「ニコちゃん、フォーク、フォークは?」
 エラがニコにフォークを使うよう促すと、ニコは思い出したようにフォークを手に取り、ニコッと笑って見せた。どうも先ほどつまみ食いをしたときの癖が抜けておらず、手で食べていいのだと勘違いしたらしい。おっちょこちょいなところを見せてしまったと、ニコなりに照れたようだ。
「今日のネビラクツバはイオナが作ったのよね。さーて、ガイみたいに美味しくできた?」
 ミルドレッドが【ネビラクツバ】という複数の野菜を煮込んだ煮物を口に運ぶと、「あら、よくできてるじゃない!」と歓声を上げた。
「エヘヘ自信無いですー!」などと保険をかけたイオナだったが、予想外の好評を得て、憧れのガイにも「こりゃ美味い!」と褒められたので、まんざらでもなさそうだ。
 苦みの強いゴロという根菜もアクが抜け、あまじょっぱい味が染みてとろとろに煮込まれている。フワという根菜などはホクホクに仕上がって甘味と香りを放っているし、タロリという葉物野菜はスープを充分に吸い込んでクタクタに煮込まれている。スープはジギロという小魚で出汁を取り、塩と砂糖と香草で味付けされ、複雑で深みのある味わいに仕上げられている。このスープの味付けがネビラクツバの肝になっているのだ。
「ハーモサンダ・ギー切り分けようか?アルシャインやる?」
「あ、やります。すみません、ナイフを」
 ガイがアルシャインに声をかけると、アルシャインはガイからナイフを受け取り、【ハーモサンダ・ギー】を十等分に切り分けた。ハーモサンドは四つ足の獣で、中型犬と大きめの猫の中間ぐらいの大きさの草食動物だ。それを丸焼きにしたハーモサンダ・ギーは祝いの席でよく丸焼きにされて出されるため、剥いだ毛皮は毛皮のコートや襟巻などの服飾に利用されている。収穫祭ではゴルシチョンボに並ぶメインディッシュだ。
「この獣臭さが美味しいのよね。肉食べたーって感じがする」
 ニナが肉を噛みしめて体を震わせながら一年に一度のごちそうに舌鼓を打っていると、エラが「解るー!あたしもハーモサンダ・ギーのために生きてる!」と賛同する。
「ベル、ちゃんと食べてる?」
 先ほどから一言も口を開いていない、この事務所最強の、しかし最も控えめで印象の薄いベルは、御馳走に舌鼓を打つ皆を眩しそうに眺めてほとんど口をつけていなかった。それを彼女の恋人であるケフィが気遣う。
「大丈夫よ。ちゃんと食べてる。でも、ふふっ。みんな美味しそうに食べるなあって、見ているだけで幸せそうで、食べるの忘れちゃう」
 それは聞き捨てならないと、テンパランスがベルのために料理をいくつか皿に取り分けて押し付けてきた。
「駄目よ!みんな夢中で食べてるんだから、食べる分なくなっちゃうわよ!食べなさい、どんどん!ケフィもぼーっとしてないで、ベルに料理取り分けてあげなくちゃ!」
「あ、お構いなく。ありがとうございます」
 ベルが遠慮がちに皿を受けとり、仕方なしに口に運んでみせる。
「ごめん、気づかなくて」ケフィが謝ると、「いいのよ。ちゃんと食べるから」とベルが宥めた。
「まだゴルシチョンボ食ってねえな皆!好き嫌いはよくねえぞ!」
 ガイがニカッと笑いながらゴルシゲイラという魚をネバチョンボで味付けした煮魚・【ゴルシチョンボ】の目玉を掬い上げて頬張って見せる。
「ぐえ~~~~!!」
「やだ~~~~いらないです~~~!」
 イオナとニナはゴルシゲイラが嫌いなので、悲鳴を上げてガイに抗議する。ゴルシゲイラは目玉が沢山並んでいるヒラメのような魚で、体の片側に目玉が並び、フリスビーのように水平に移動するのだが、その目玉の周りの血合いには苦みやエグ味があるため、苦手な人も多い。しかし、皮の下は分厚いコラーゲン層があってプルプルしているため、皮ごと食べれば女性にとってうれしい魚なのだ。
「ゴルシチョンボ食わないと肌がカサカサになるぞ!」
「年に一回しか食べられないのに食べないと肌が荒れるならどっちみち肌荒れます!」
「すみませんね!これでも基礎化粧大事にしてるんで結構です!」
 ニナもイオナもゴルシチョンボに対してだけは頑として食べない姿勢を崩さない。去年に引き続き口説いてみたガイだが、今年も二人を仲間に引き入れられなかったようだ。
「いいわよいいわよ、年寄りチームでありがたく食べましょ」
「美味しいのにもったいない」
年長者のミルドレッドとテンパランスが皮を剝ぎ身をほぐしてガイとアルシャインの分まで四人分に取り分けた。
「んん~~!とろっとろで美味しい!!」
「このコラーゲンたっぷりの皮が美味しいのよね!」
 中年に差し掛かり始めたミルドレッドとテンパランスは、ゴルシゲイラのコラーゲンが有難くてたまらない。年に一度しか食べられないため、一年分蓄えてやるつもりで味わう。
「よかったら、僕のも食べますか?」
 アルシャインが遠慮がちに妻であり師匠のテンパランスにゴルシチョンボを分けようとすると、「ええ~?いいの~?」と遠慮がちにテンパランスは器を受け取り、ミルドレッドとさらに半分に分け合いっこした。
「い、意地汚い……」
 ニナが思わず心の声を吐露すると、テンパランスとミルドレッドは刺すような目でニナを睨んだ。ニナはくるりと目を泳がせて、し~らないとでもいうようにミニポンポを摘んで口に放り込んだ。
「み、ミニポンポ、美味しい~」

 宴も終盤に差し掛かり、食卓の上の料理はほとんど片付き、酒やドリンクをちびちび飲みながら、一同は最近の近況を語り始めた。
「戦争になるとかならないとかいう話だったでしょう?」
「ああ、あったわね」
「あたしたち、兵器開発だったらしいのよ、やっぱり、あれ」
 半年前まで携わっていた研究施設への出向について、ミルドレッドはおもむろに口にし始めた。
「おかしいと思ったのよね。結局、あの技術はほかのことに利用されることになったみたいだけど」
「他のことって?」
 一般市民のメイドに過ぎないイオナは、研究施設で何をさせられたか想像がつかない。詳しく聞きたがるのも無理はないだろう。
「あたしたち言霊使いは、言霊を、言霊の力だけ録音して使うっていう研究をしたの。結果、万引き防止や食欲・購買意欲増進として、飲食店や店舗のBGMに使われることになって、今研究されてるらしいわ」
「あたしたち奇跡使いの力は、そんな穏やかな物じゃなくて、やっぱり兵器開発としてまだ研究されてるらしいわよ」
 テンパランスは仲間から風の噂で聞いた話を披露する。知らなかったとはいえ、悪の力に加担してしまったことに胸を痛めていた。
「奇跡の小瓶の生産を機械制御にする研究もされていますが、神の力を工業に使われるのは嬉しくないですね」
 アルシャインも、工業新聞の記事を斜め読みして得られた情報に、目を伏せて溜め息をつく。
「やっぱり、近いうちに戦争あるんでしょうか?」
 エラの心配する声に、ケフィも不安を口にする。
「僕たちのやったことが社会を悪い方に変えてしまうのは、ちょっと、本意ではないです」
「俺、それよりちょっとやべー話掴んだんだよな」
 ガイが不穏なことを話し始める。
「何?」
「お前らの研究した国家機密、スパイに盗まれたって噂がある」
『ええ?!』
 一同が一斉に声を揃えて驚くと、「マジらしいぞ」と、ガイは続ける。
「とある筋からな、マジな話らしい。もう、どこに盗まれたか、機密情報の資料、金庫にはないらしいぜ」
 重苦しい空気が立ち込め、じっとりとした沈黙が場を支配する。
「いつまで、平和でいられるのかしら」
 ベルがポツリと沈黙に言葉を落とすと、それに触発されて、イオナが持ち前の明るさを奮い立たせた。
「また、また来年も楽しい収穫祭になるように、祈りましょう?皆さん、神様に近い方々なんですもの、神様に祈ってくださいよ、また来年も一緒に収穫祭しましょうって!」
「そう……ね」
 テンパランスがそれに賛同すると、ちらほらと蕾が開くように皆がそれに賛同し始めた。
「そうだな」
「そうね、また来年」
「やりましょう、来年も」
「いいこと言うじゃない、イオナ」
「……はい」
「うん!」
「……ですね、祈りましょう」
 ケフィが最後を締めくくる。
「神様や古霊に祈って、また来年も、一緒に!乾杯!」
『乾杯!』
 最後の締めに、グラスの中身をぐいと一気にあおって、宴はお開きとなった。
 願わくは、いつまでも仲良く、平和に、日々の仕事に精を出して、代り映えのしない毎日を、不平不満を愚痴りながら、笑いあって送りたいものだ。
 また来年も、そのまた来年も、一緒に収穫祭を祝おう。ごちそうに舌鼓を打つ、君の笑顔が好きだから。
END.

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