第一話



2025-02-04 20:04:44
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「時間だわ、ジラフ。私、もう、行かなくちゃ」
青い肌、青い髪をした女が、何かにとり憑かれたような虚ろな目で言った。それに追いすがる緑色の髪、緑色の肌の男。
「待て、カマラ!……最後に……!」
緑色の肌の男は、自分と女の体から水分を引き出し、小さな氷の結晶を作りだした。
「……記憶の結晶だ。これを互いの魂に埋め込むんだ」
「記憶の……結晶?魂に埋め込むって……?」
記憶の結晶と呼ばれた小さな雪片は二人の間に浮かびキラキラと煌めいている。
「そうだ、これがある限り幾度生まれ変わっても互いの記憶を忘れずに持ち続けることができるはずだ」
「本当に?それじゃ、生まれ変わってもまた巡り合えるのね」
「そうだ」
男は頷いた。

生まれ変わったら、今度こそ幸せに――!

そこで風景がぼんやりと霞み、少女は現実に引き戻された。
「ああ、またこの夢だ――」

「この野郎!こうしてやる!」
「やめて……やめてください!」
赤い髪に赤い肌を持つ少女、キャメルは、小さな少年たちの喧騒を聞きつけた。また近所の悪ガキたちが弱い者いじめでもしているのだろうか。正義感に燃えるまっすぐな性格のキャメルは、声の聞こえてくるところへと走った。
「こら悪ガキども!何してる!?」
キャメルがやってくるところを見ると、悪ガキたちはばつが悪そうな顔をして怯えた。
「ゲッ、キャメルだ!」
少年たちは慌てて言い訳をする。
「こ、これは違うんだぞ、こいつが先に俺たちに食って掛かってきたんだぞ!」
「俺たちは弱い者いじめなんかしてないぞ!」
しかしキャメルにはその構図が弱い者いじめ以外の何にも見えなかった。
「うるさい!悪い奴にはこうだ!」
キャメルは腰に下げた短刀を引き抜き、ぶんぶん振り回した。本当に斬るつもりではない。脅しだ。しかし少年たちはキャメルの短刀が無くても、彼女には喧嘩でいつも負けるのが分かっているので、武器で脅されただけでも十分効果があった。
「あぶねーよキャメル!クソッ、覚えてろよクソガキ!」
少年たちは皆捨て台詞を吐いて逃げていった。
「全くあいつら……。君、大丈夫だった?」
「あ、はい」
虐められていた少年は恐る恐る顔をあげると、キャメルに微笑んだ。
「ほら、お逃げ」
少年が小さくうずくまって庇っていたのは、小さな子猫だった。少年が抱える腕を開くと、子猫はよちよち彼の膝から飛び降り、勢いよく逃げていった。
「……猫?」
「うん」
二人は茂みの奥に逃げていく子猫を見送った。

「あの猫、さっきの子たちに虐められてたの。だから、ほっとけなくて」
そう言ってキャメルと目を合わせた少年の瞳孔は縦に長く割れ、爬虫類を思わせる緑色の瞳だった。その一見して違和感を覚える瞳に見つめられ、キャメルは初めて、少年が緑色の長い髪、薄い若葉色の肌をした緑色人種であることに気づいた。
(あ……この子、緑色だ。へぇ~。本物の緑色人種だ。初めて見た。うわ……本当に肌も髪も瞳も、緑色してる。変な感じ……)
キャメルは心の中でそう思いながら、「ふーん、そうなんだ」と、少年の話に適当に相槌を打った。
本当はキャメルの心は初めて見る緑色人種の肌や髪の色に釘付けで、少年の話など耳から素通りである。
「よいしょっと」
長時間小さくうずくまっていた少年の体はすっかり痺れていた。少年はゆっくり立ち上がると、服についた砂を払い、軽く伸びをした。
「大丈夫?怪我はない?」
キャメルが気遣うと、少年は、「大丈夫」と笑った。
緑……。緑といえば。キャメルには心当たりがあった。
「ひょっとしてあんた、この間この村にやってきたっていう……」
「あ、はい、そうです、私です」
少年は改めて自己紹介した。
「初めまして。私、リオといいます。7歳です。よろしくお願いします」
「へーっ、リオっていうの?可愛い名前ね!あたしキャメル!9歳だよ、あたしのほうがお姉さんだね!」
二人はキャアキャア飛び跳ねながら握手した。すると、キャメルは正直に思ったままを口にした。
「うわー、でも、感激だなー。あたし、緑人に会うの初めてだよ」
「!……りょく……!」
キャメルの「緑人」という言葉にリオはハッと我に返った。慌てて握られた手を離し、後ろを向いて俯く。
「ご、ごめんなさい!」
「え?ど、どうしたの?」
キャメルは突然のことに慌てた。
「本当にごめんなさい、悪気はなかったんです!私ったら緑人のくせについ貴女に馴れ馴れしい真似を……!」
今にも泣きそうなリオを、キャメルは慌てて宥める。
「えー?!な、なんで?なんで謝るの?あたし大丈夫だよ?リオは何も悪いことしてないよ?」
「え……?」
リオは恐る恐る振り返る。
「『え?』って……。だから、なんで貴方が謝るの?あたし何かした?」
リオはキャメルの疑問が呑み込めない。キャメルもリオの反応が呑み込めない。
「私、緑人なんですよ?」
「見ればわかるけど……それがどうかしたの?」
リオは驚いた。キャメルはリオを嫌ってはいなさそうだ。てっきり嫌われると思って身構えていたリオは、
「緑人が嫌いじゃないんですか?!」
と、思わず大声を出してしまった。
「え?だって……緑人は神様の子孫なんでしょ?」
「あ……ひょっとして……リュリノス教?」
キャメルの村では、緑人は水の神の子孫、青人は水の神の配偶者として崇められていた。
世界の1/3を占める広大なリザット大陸。ここには、実に多種多様な人種、民族が栄えていた。
この大陸でもっとも多くの割合を占めるのが肌も髪も瞳も青い、青色(せいしょく)人種。通称青人(あおひと)。この人種は世界で一番美しいとされ、世界の人種のヒエラルキーの頂点に君臨し、世界を支配していた。
次に人口が多いのが黄色人種。通称黄人(きいひと)。黒い色素、赤い色素を持つものが中程度の色素量を持って生まれた人種で、世界各地に散らばっている。
次に多いのが薄色(はくしょく)人種で、通称薄人(はくじん)。全ての色素を持つ人種だが、高緯度に住み、色素量が少なくなるとこの人種になる。人種のヒエラルキーとしては青人に次ぐ第二位である。
次に多いのが黒色人種。通称黒人。赤道付近の暑い地域に生活し、のんびりした性格の民族が多い。
世界で最も人口が少ないのが赤色(せきしょく)人種。通称赤人(あかひと)。他の肌の色の人種との混血が進み、純血の赤人はごく限られた地域にしか存在していない。
そして、緑色(りょくしょく)人種。通称緑人(りょくじん)。この人種は種の起源が他の人間たちと異なるところから進化を遂げたとされ、瞳孔が縦に長く裂け、その爬虫類的な見た目から、他の人種から忌み嫌われ、迫害を受けることが多かった。
ただ一つ、緑人がおこした緑人と水の神を崇める宗教「拝水教(リュリノス教)」を信仰する人々だけは、緑人を神の使いとし、崇拝している。
キャメルのいる村もまた、そんなリュリノス教を崇拝する数少ない赤人の村だった。

「あたしたちの村はリュリノス教なんだよ。だから緑人に会えてちょっと嬉しい」
忌み嫌われる旅から旅への生活の中で、すっかり性格が委縮してしまったリオは、キャメルの言葉に好感を持った。
「さっきのあいつらが虐めてごめんね。まだガキだから緑人が神様の使いだって信じてないの。相手にしなくていいからね」
「気を遣ってくれてありがとう」
少しお互いのことを話し合うと、二人はすっかり打ち解けた。
キャメルは村の領主の娘で、ちょっとした貴族の家柄だった。幼いころから護身術を習い、厳しくしつけられたために、まっすぐで正義感にあふれ、喧嘩や揉め事を進んで仲裁し、また喧嘩を買っても打ち負かせられるくらい強かった。
そのため悪ガキグループが悪さをしているとすぐ駆けつけ、懲らしめるのが常だったため、悪ガキグループから恐れられていた。
しかしキャメルに助けられた子供たちは皆キャメルのことが大好きで、友人は少なくなかった。
一方、リオはというと、母は幼い頃に死に別れ、父と二人で大陸各地を旅して歩いていた。父は寡黙な人で、旅の理由などあまり多くを語らなかったが、リオは唯一の肉親である父を尊敬し、不平不満を言うこともなく、大人しく父に付き従っていた。
襤褸を纏った貧しい親子二人旅。しかも緑人。
リオたち親子は各地で冷遇され、父はその場限りの仕事で僅かな生活費を稼ぎ、迫害が強くなると職を追われ、また旅に出た。
この村に辿り着いたのはほんの偶然だった。
父はこの村にやってきて、今頃職探しをしていることだろう。
そんなお互いの境遇を話し合うと、キャメルは
「じゃあ、あたしがお父さんに話して、リオのお父さんが働けるようにしてあげるよ!」
「え!そんなことまでしてもらっていいの?」
キャメルは胸を叩いて言った。
「あたしに任せて!友達のリオのためだもん!」

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