魔族VS悪魔族



2025-02-02 05:56:49
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葵が新月の秘術を受けるほんの数日前のことである。墓場の下の居城に、一本の電話がかかってきた。侍従の一人が電話を受けた。
「はい、倉地でございます」
「もしもし、こちらジュブナイルコーポレーションの花蘇芳と申します。倉地葵さんは御在宅でしょうか」
侍従にも事情は通じている。侍従は母親のふりをして、電話を受けた。
「あいにくうちの葵は風邪で寝込んでおりますけど、どんなご用事でしょう?」
「お母様でいらっしゃいますか?実は、葵さんとご家族の方を交えて、ご相談したいことがございます。7月×日に、ジュブナイルコーポレーションにご来社いただけませんでしょうか」
「ああ、そうですの?ちょっと、お父さん、ちょっと家人に話をしますね、ちょっとお待ちください」
侍従は携帯電話で秋海棠に電話をした。返ってきた言伝のとおりに受け答えする。
「じゃあ、お父さんがお盆前で忙しいから、お盆明けにしてもらえませんか?それなら行けるんですけど、その前はちょっとねえ、私も忙しくて」
電話をかけてきた花蘇芳こと高根撫子は、そばの村主編集長に話を通した。
「お盆明けでないと会えないそうです。どうしますか?」
「いいわ、お盆明けの8/20を指定なさい」
「はい……。わかりました、それでは来月、8/20にご来社いただけますよう、お願いできませんでしょうか?……はい、……はい、それではよろしくお願いします。失礼します」
「おそらく葵ちゃんの家族は魔族を沢山引き連れてくるはずよ。葵ちゃんが一瞬でボディーガードを三人呼び出すくらいだからね。敵は多いはず。8/20は会社を休みにするわ。あんたたちは何も知らないことにしておいて」
声を潜めて、柳春樹も話に加わってきた。
「来月20日に、何やる気なんすか編集長?」
「大戦争よ。ひょっとしたら社屋が吹き飛ぶかもしれないわね。このことを知ってるのは撮影スタッフとあんたたち二人だけよ。絶対に口外しないでね」
柳と高根は無言でうなずいた。

真名を書き変える秘術は、急ピッチで進んでいた。一週間おきに施す予定の秘術を、毎日行わなければ間に合わない。仮死状態で精神世界をさまよう葵は、濁流に飲まれたようにエネルギーに流されていた。ものすごい勢いで、目に見えないエネルギーが、自分の魂を洗い流してゆく。名前のない魂は、やがて無数の光の玉が浮かんでは消える、亜空間に流れ着いた。
「え?今、なんて?」
言葉にならないささやきを聞いた気がして、名前のない少女は問い返した。
ざわざわと無数の声にならない声が彼女に話しかけてくる。それはやがて名前を訊いてくるのだと分かった。
「わからない。私に名前は無いの」
「名前を、消されてしまったの」
「私?私は、誰なのかしら?名前が欲しい。早く目を覚ましたい。私は今まで一体何を?」
無重力の亜空間を、少女は漂う。少女はただ、新しい名前を待っていた。
自分の記憶すらあやふやなことにも気づかずに。

来るべき日がやってきた。8月20日。スグリパブリケーション本社ビル別棟、撮影スタジオ前に、魔族たち、そして、帯剣した夕月、リュックに物を詰め込んだ真緋瑠が集った。
魔族たちで角の生えている者たちは、ニットキャップをかぶり、角を隠している。
しかし、驚いたことに、フリフリのピンクのドレスを着た、金髪のかつらをかぶせられたスノードロップまでついてきている。夕月が秋海棠にそのことを尋ねた。
「なんでスノードロップちゃんまでついてきてるんですか?」
「おや?彼はなかなか優秀だぞ。葵があまりに溺愛しているから、葵には秘密にしていてほしいけどね」
「スノードロップちゃんって、戦えるんですか?」
「おやおや、彼も一応魔族のはしくれだ。こいつを見てくれ。この鋭い爪と牙、こいつをどう思う?」
スノードロップの手には、凶悪なカギ爪が生えている。
「すごく…強そうです……」
「だろう?彼は戦力になるよ」
玄関ロビーを通過し、玄関脇の電話に用件を伝えると、ほどなくして編集長と、社長や重役たちがエレベーターで降りてきた。
「これはこれは、倉地さん。葵さんの具合はいかがですか?」
「先日は葵がお世話になったそうで。彼女はあれ以来病気で伏せっております。今日は来てません。代わりといっては何ですが、娘の親友を連れてまいりました。彼女たちも是非Devilteenのモデルになりたいそうで」
夕月も真緋瑠も彼らが今にも映画のように、背中がバリッと割れて、怪物に変身するのかと想像して身構えた。
「そうですか、では立ち話もなんです。さっそくスタジオにどうぞ」
彼らに連れられて行ったところは、天井の高いがらんとした空間だった。
何もないように見えるが…。魔族たちはそこに張り巡らせた魔力障壁の結界を感じていた。
途端。スグリパブリケーション本社ビルが雷のような音を轟かせ振動した。実は、本社内に入ったのは数人の突入部隊のみ。ほかの数名の魔族は本社の外側に張り巡らせた結界の装置を破壊していたのである。その結界装置がすべて破壊され、結界が壊れた衝撃であった。
「やはりそう来たか。想定の範囲内だ」
それが合図だった。スーツ姿に触角と羽を生やした会社員たちが、十数名音もなく現れ、構えた。
ひなげしも右手を掲げ、時空の歪みを掴み、巨大な時空の扉を開く。そこから櫻国の各地に散っていた鬼たちが無数に躍り出てきた。
「お嬢さんたち、構えるんだ!来るぞ!」
そして悪魔族と鬼族たちが激突した。
どちらの勢力も、ある者は魔力障壁を展開し防御し、ある者は攻撃魔力弾を放つ。ある者は武器を構え突撃し、ある者は腕力でねじ伏せる。
爆裂や斬撃で、悪魔族も鬼族も、鮮血が飛び、肉片が飛ぶ。
中でもスグリパブリケーションの重役たちの魔力にはすさまじいものがあった。レッサーデビルたちの魔力弾の比ではない。
だが、こちらも王族が控えている。ひなげし、秋海棠、ギンモクセイたちは鬼族の中でも最上級の魔力を有する。
あたりは大爆発が巻き起こり、鼓膜がおかしくなりそうだった。
夕月は困惑していた。てっきりスノードロップのような怪物が襲ってくるものだとばかり思って、モンスター映画で耐性を付けていたのだが、相手は人間そのものだった。人間の姿をしたものが、次々と吹き飛んで消え、また現れては襲い掛かってくる。夕月は攻撃をかわし、最後尾に逃れて呼吸を整えた。
「どうしよう。人間そのものじゃないか。あんなの斬れないよ。人殺しじゃん」
少し離れたところで、ドレスが破れるのもかまわず、スノードロップが鋭いかぎづめを振り回し、悪魔たちを八つ裂きにしていた。赤い血を全身に浴びて血まみれのスノードロップ。あの姿こそ、敵に見えてくる。
「ガアアアアア!!!!ゲヘ!グギャオオオオオオ!!!!」
敵の放つ魔力弾をものともせず、一騎当千の活躍を見せるスノードロップ。対して、自分は、何を怖気づいているのだろう。まだ一体も斬っていない。
「まひ、真緋瑠はどうしてるんだろ、戦えてるのかな?」
すると、真緋瑠は書物を片手に水を振りまいている。何をしているのかわからないが、敵はひるんでいるようだ。そこへ、鬼たちが止めを刺し、連携攻撃を繰り出しているようだ。
真緋瑠も戦っている。この場で一番強い武器を賜った自分は、一体何をしているのだろう。
夕月は魔剣を見つめて心を落ち着けようとした。すると、魔剣から光が昇ってきた。魔剣からほとばしる光が夕月を包んだとき、けたたましい罵声が頭の中に響いた。
≪この、弱虫!!私はそんな弱虫じゃないはずだろ!!≫
赤い髪を高く結い上げた、銀色の甲冑を着た西洋人が、櫻国の言葉で怒鳴っていた。
≪何も考えるな!相手は人間じゃない!家族もいない!生きてすらいない!突撃しろ、剣をただ、思いっきり叩き込め!≫
「あ、あんた誰だよ?!」
≪さあ、行け!≫
誰かに背中を強く押された気がして、夕月は飛び出した。
「う、うわああああ!!!!もう、もう、何も知るもんか!!葵のためだあああ!!!」
肉を切り、骨を断つ手ごたえに、気持ち悪くて涙が流れた。
(考えない、これは戦いなんだ、戦争なんだ、試合なんだ、考えるな!)
悪魔は八つ裂きにされるとすぐに霧のように掻き消える。そこが夕月のグロテスク耐性を救っていた。次第に彼女は感覚がマヒして行き、何体もの悪魔を斬り殺していった。

真緋瑠は悪魔祓いの祝詞を唱えながら、聖水を撒いていた。一か月熟成したなかなかの性能を持つ聖水である。
数人の鬼が、真緋瑠の弱体化サポートに目を付け、阿吽の呼吸ができていた。
しかし真緋瑠もただ弱体化させるだけでは埒が明かないことに気づいていた。
そこで、真緋瑠は作戦を変えることにした。大声で、果実の名前を列挙し始めることにした。
「ストロベリー、アップル、バナナ、キウイ、グァバ、パパイヤ、私の声を聞け!」
すると、名前に該当するレッサーデーモンたちの動きが止まり、鬼たちの攻撃をもろに食らって霧散した。
「こっちのほうが、早いみたい」
しかしこの作戦は、今まであまり注目を浴びなかった真緋瑠の命を脅かした。
スグリパブリケーションの幹部たちも、真名の秘密を知る真緋瑠を無視できなくなったのである。
「お前たち、あの人間の口を黙らせろ!殺せ!」
社長の命令に、悪魔たちが真緋瑠に殺到した。
「ひっ!きゃあーーー!!!」
鬼たちは真緋瑠を悪魔の攻撃の手から守った。危うく真緋瑠に魔力弾が飛んできたとき、彼女の命を救ったのは、あの時秋海棠からもらったお守りだった。
お守りが鋭い閃光を放ち、真緋瑠を一瞬包み込んだのだ。
しかし、防御はその一瞬だけだった。またおびただしい攻撃の手が、真緋瑠を襲う。
夕月が真緋瑠に群がる悪魔たちを斬り捨てていくが、数が多すぎる。
「真緋瑠ちゃん!逃げて!」
「逃げ切れませんわ!聖水で何とかする!」
あとからあとから、悪魔たちは次々湧いてくる。
真緋瑠は最後尾に逃げ出すことに成功し、鬼たちは真緋瑠をガードした。
防戦、応戦で手いっぱいの鬼たちは、真緋瑠を守り、真緋瑠は、鬼たちの盾を利用して、真名を呼び続けた。
(えーん、そんなにいっぱい果物知らないわよお、何が真名なの?早く反応して!)

混迷を極めた戦場に、巨大な稲妻が走った。空気を切り裂き、その稲妻はまっすぐに村主編集長を狙った。
そして、スパークする。
「きゃああああああ!!!」
村主編集長がが倒れた。
一同は攻撃の手を止め、稲妻が放たれた方角を見やる。
そこに立っていたのは、黒いマーメイドスカートを履き、黒いオーバーバストコルセットを締め、黒のシースルーのケープを羽織った、長い黒髪の、ドリルのように捻じれた立派な二本の角を生やした、齢17歳の少女であった。
「お待たせ皆さん、私、帰ってまいりましたわよ」

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