私が間違っているというの?



2025-02-02 06:01:10
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「もしかして……葵?」
「馬鹿な……葵はまだ術の最中のはず?!一体どうして?」
聴き慣れた声が響き渡り、誰もが雷の発生源であったスタジオ後方に目を向けた。
しかし、葵かどうか、一瞬迷ったのは…。
「葵さん……その角……どうなさったの?」
彼女の額から、ドリルのように捻じれた立派な二本の角がそびえていたからである。
そして、その身に纏うファッションも、いつの間に手に入れていたのか、いつもの少女趣味のファッションより、ずいぶん成熟したイメージだ。
「フフ…来てくれたのね、≪ナデシコ≫ちゃん」
全身に裂傷を負った村主編集長が、葵の真名を呼んだ。しかし。
「≪ナデシコ≫?はて?それはどなたのことかしら?」
真名の書き変えに成功した葵は、涼しい顔をしている。
スグリパブリケーション社長は唇を噛んだ。
「貴様ら…真名を書き変えたな!しかもこの短期間でとは…!」
葵の父、秋海棠は動揺が隠せない。
「いったいどうしたんだ葵?!なぜ今この場にいる?説明しなさい!」
葵は髪を艶めかしく掻き上げた。
「ご安心なさって、お父様、皆さん。私、そんなにヤワにはできていませんことよ。フルパワーで術を行って頂いて、もう名前が完成したので、ちょっと早いけど目覚めたのですわ。そのおかげで、ほら」
バリバリ!!と、葵の手のひらから稲妻がスパークした。
「なんか、覚醒しちゃったみたいですの。どう?立派な角でしょう?」
若い体にみなぎる強大な魔力の持ち主が加勢したとみて、スグリパブリケーション側は恐れおののいた。もともとスグリパブリケーションの社員たちは中級魔族である。力の差は歴然だ。重役たち一同は示し合わせて退散しようとした。それを葵は見逃さない。自分でも制御しきれない強大な魔力を、重役たちめがけて放った。
『ぎゃあああああががががががががが!!!!!』
「逃げおおせると思わないでね」
葵は夕月に近寄り、その魔剣を握る手を掴んだ。
「夕月さん、その剣は王家に伝わる魔剣。その剣なら確実に奴らを滅することができるわ。やってくださるわね?」
「え…っ、え……?」
夕月が戸惑っていると、スタジオの入り口に複数の人間の気配がした。重役たちが負傷したせいでスタジオの結界が解けたのである。
「開いたぞ!」というかすかな声の後に、ドアが開け放たれ雪崩れ込んできたのは、スグリパブリケーションの社員たちであった。
みな口々に、「社長、部長、課長、編集長」と、重役たちの名を呼び駆け寄ってきた。
「もう、もうやめてください、命ばかりは助けてください!うちの会社がなくなってしまう!」
人々は重役たちの前に立ちふさがり、彼らをかばった。
「もう見てみぬふりはできない!」
「うちの会社が何をしたって言うんですか!」
その人間たちの中には、柳春樹の姿もあった。
「確かにうちはお宅にちょっと強引な手段を使ってしまった。うちの編集長はおっかない人だ。でもな!それでも編集長は、仕事にはまっすぐな人だったんだ!俺たちは、ただ楽しい雑誌を作りたいって、その一心で集まったチームなんだよ!!」
「春樹……」
村主編集長が、割れた眼鏡を外した。
命乞いをする人間たちを一瞥し、葵は
「何をひるんでるんです?おやりなさい!」
と夕月に顎で指図した。
「だ、だめだよ!悪魔だから頑張って戦ったけど、この人たちどう見ても人間じゃんか!人殺しなんて、できないよ!」
夕月はかたくなに拒否した。この年で犯罪者にはなりたくなかった。
「真緋瑠!」
葵に呼ばれた真緋瑠も、ゆっくりと首を横に振った。
「ギンモクセイ!」
「姫…」
ギンモクセイは迷った。やれないことはないが…。人間たちが命乞いする中、皆殺しにする必要はあるのだろうか。
「……いいわ。もう結構。あなたたちがやらないというなら、私がやります」
葵は彼らを見限り、魔力の力場を展開した。大技で根絶やしにしようというのだ。
「葵、どうしちゃったんだよ!お前らしくないよ!」
夕月が葵を止めようと手を伸ばすが、かまいたちのような見えない魔力に手を切り刻まれ、葵に触れることができない。
「葵!」
「葵さん!」
「ゲヘ!」
と、そこへ。
「おやおや、姫さん、もうその辺で許してやったらどうじゃな」
しわがれた老人の声が響き渡った。
先ほど葵が開け、開け放したままだった時空の扉から、一人の老人が姿を現した。
「叔父貴どの…!」
ギンモクセイが驚くと、叔父と呼ばれた老人は、「は~い」と手を挙げた。
「アナナス翁、こんなところに来られては危険です!」
老人の名はアナナス。ギンモクセイの、年の離れた叔父であり、数百年の長きを生きる老魔族である。彼もまた王族の血を引くもので、墓場の下の屋敷で生活している魔族であった。
「葵ちゃんや、敵はもう戦意をなくしておるぞ。人間たちも命乞いをしておるし、この戦、もう終わりにしてもいいんじゃないかのう?」
「大叔父様、止めても無駄です。もう私の怒りは止められませんの」
するとアナナスは一冊の雑誌を取り出した。それは一般男性も読むのをためらうマニア向け成人漫画雑誌・ピーチマガジン。葵が夜中コンビニに忍び込んでこっそり買った、あの雑誌である。
「戦いをやめなければ葵ちゃんの大好きなこの雑誌も、もう見れなくなってしまうぞい」
「きゃーーーーー!!大叔父様、そんなのどこから見つけてらしたの!?」
葵は慌ててアナナスから雑誌を奪い、隠すように抱えた。
「そ、その雑誌は弊社刊行のピーチマガジン……。お嬢さんが読者だったとは」
「どういうこと?!」
葵の問いに、アナナスが答えた。
「このピーチマガジンはこの会社の雑誌なんじゃよ。この会社を滅ぼしたら葵ちゃんの大好きなピーチマガジンもおしまいじゃ」
「だ、大好きなんかではありませんわ!!」
夕月はあきれてしまった。あの時コンビニで欲しがっていたあの雑誌を、葵は結局買ってしまったのだ。
「葵……。結局買っちゃったのか」
真緋瑠は事情が分からず、夕月に聞いた。
「どういうことですの?あの雑誌は?」
「エロ漫画雑誌だよ。葵が欲しそうにしていたから買っちゃだめだって言ったのに、結局買っちゃったみたいだね」
「エロ漫画……葵さん……」
真緋瑠は幻滅した。葵は話題を逸らそうとムキになって反論した。
「そんなエロ漫画私は好きじゃありませんわ!むしろ憎むべき内容の憎むべき敵です!私はスグリパブリケーションを許さない!!」
「葵ちゃんや、お前さん、みんなと一緒に戦えなかったことが悔しくて駄々を捏ねておるな。でもお前さんは間に合った。一緒に戦った。もう許してやりなさい」
「嫌です!」
葵が大技をスグリパブリケーション社員たちにめがけて放った瞬間。突如大爆発とともに、魔力弾は四散してかき消えた。
それは悪魔族全員が最後の力を振り絞って、渾身の力で放った魔力弾。葵の強大な魔力を打ち消すために放ったものだった。
「降参だ。お嬢さんの力を見くびって、利用しようとした我々が間違いだった。皆が言う通り、我々は楽しい雑誌を作りたくて集まったチームだ。そして、読者のためにここで我々が死ぬわけにはゆかない。もう、許してください」
「お願いします。もう鬼族に戦を申し込むようなことはいたしません。魔族同士、仲良くやってくださいませんか」
「お嬢さんが弊社雑誌の大事な読者だとは知らなかった。読者を敵に回したくはない。申し訳なかった」
スグリパブリケーション社長以下重役たちは土下座をして詫びた。村主編集長も、土下座とまではいかないものの、不承不承頭を下げた。
「謝って済むと……!」
「もう結構ですわ、葵さん。なんだかあなた、変わってしまわれたんですのね」
真緋瑠が冷たく言い放った。葵も、振り上げた手を止めた。
「もうこれで解決したんではなくて?私たちももう疲れ果てましたわ。そんな葵さん、見たくありませんでしたわ」
夕月は、珍しく冷たい様子の真緋瑠に驚いたが、同意せざるを得なかった。葵はなんだか変わってしまった。あの優しくて、偉ぶったところのない上品な葵とは、なんだか違う。今の葵は、まるで不思議の国のアリスに出てくるハートのクイーンみたいだ。夕月は何も言えず、黙ってうつむいた。
「葵、もういい。終わったのだ。帰ろう」
秋海棠も、葵の手を握り、目を伏せた。
「なんですの?あいつらを殺すために集まったのではなくて?なんでやめてしまわれるの?それで気が済むんですの?」
「グルルウウ……」
スノードロップも、目を背けた。
「ちょっ…ちょっと…!」
秋海棠に手を引かれ、葵は時空の扉の中へ消えた。ほかの鬼たちも、夕月や真緋瑠も、時空の扉をくぐって、すっかりボロボロになったスグリパブリケーションを後にした。

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