10月某日。街はハロウィングッズが溢れ、街路樹の枯れ葉が舞い、乾燥したひんやりとした空気に、冬が近づいているのを感じる。
葵、真緋瑠、夕月の三人は、休日にハロウィンお茶会と題した小さなパーティーを開いた。ちょっぴり高級な喫茶店に予約を取り、ケーキセットを注文する。
「葵さんの黒赤コーデ素敵ですわ!!裾の絵柄はもしや、セルフィドのヴァンパイア・トワイライト柄?」
「そうですの!ちょっと高かったけど、絶対売り切れちゃうと思って奮発して定価で買いましたわ!真緋瑠ちゃんは珍しくプーランシーブスのマッドネスパーティー柄ですのね!」
葵と真緋瑠は相変わらず舌を噛みそうな名前のワンピースの柄を褒め合う。年中ハロウィンのような風情の夕月は、ロリィタブランドの情報に疎く、何時も異国の会話を聴いている気分になる。
「よくドレスの柄見て名前がわかるよね。いつも感心しちゃうなあ」
「あら、基本知識ですわ。まあ、夕月ちゃんはそんなこと知らなくていいんですのよ。夕月ちゃんは誰にも真似できない世界観がありますから」
葵も真緋瑠も夕月の世界観は認めている。だが、夕月には少し置いてけ堀になった気持ちが拭えない。
「二人とも可愛いからそういうコーデ似合っていいよね。あたしは可愛い系じゃないから、真似したくてもできないなあ」
真緋瑠が「とんでもない!」と夕月を元気づける。
「あたくし夕月ちゃんがロリィタ着たとこ見てみたいですわ!背が高いからロングドレスが似合うし!勿体ないですわよ、そういうの!」
葵も夕月をプロデュースしようと、色々提案した。
「アトリエクラウンのロングドレスとか絶対似合いますわ!マーメイドスカートとか、ロングシャツとロングスカートのコーデもいいですわよ!」
そうは言われても、夕月はいまいち食指が動かない。自分に自信が持てない。少しいじけた自己評価は、夕月の心に燻る、ある想いが余計焚き付けていた。
「ねえ、真緋瑠と葵は、好きな人いる?」
唐突に話題を変えた夕月に、二人は何か重い空気を感じ取った。
「真緋瑠は?」
「あ、あたくしは……」
ちらっと葵を見るが、店内BGMが悪いタイミングで片想いソングを流し始めた。大人気ヴィジュアル系バンドの、しっとりとした女々しい片想いのバラード。そう、真緋瑠は今年の夏に葵に失恋したばかりで、今必死に夕月を好きになろうとシフトチェンジを図っているところだ。歌詞が心を抉る。
「いませんわ……。失恋しましたの。ええ、ちょっと」
「葵は?」
「二次元には脳内彼氏がいますわ!卓プリの高梨君は私の初恋!」
「あれ?俺餓えの花水木君は?」
「私は高梨君が本命ですの。花水木君は……今ちょっと浮気というか……。本命は高梨君一途ですから!」
浮気している時点で一途ではないような気がする。真緋瑠は実は葵が浮気性だという事実を知って地味にダメージを受けていた。
(葵さんって浮気性だったんだ……。葵さんと結ばれなくてよかったかもしれませんわ……)
「そんな話をするということは、夕月ちゃん、今恋をしてますの?」
恋心の機微を知らない葵がストレートに夕月に訊くと、夕月は語りだした。
「あたし……。あたしは……。あのね、二人は黙ってくれるから話すけど。あたしは……。織田巻が好きなんだ。織田巻 勝。同じ部活の……」
その時、真緋瑠の世界は灰色に染まった。葵に失恋した心の傷も癒えないうちに、新しく始めた恋もスタートダッシュで玉砕したのだ。店内BGMがちょうどサビの部分に差し掛かり、「片想いのままでもいいよ」とリフレインする。真緋瑠の心の中でもBGMに合わせて大合唱だ。
「ちょっとこの店内BGM耳に痛いですわね。ハートにも痛いですわ。あはは~」
夕月の心でも店内BGMは他人事ではなかった。
「タイミング悪すぎるよ。あたし今一番この歌聴きたくないよ」
物悲しい歌詞とメロディに触発されて、夕月は告白し始めた。
「織田巻はね、小学校の頃から一緒だったんだ。小学校と中学校は一緒じゃなかったんだけど、スポ少が一緒でね。同じ道場で、一緒に剣道してきた……。でも」
夕月はある日見てしまったという。織田巻が知らない女子と二人っきりで昼食を楽しそうに食べていたのを。
夕月は嫉妬した。嫉妬する自分に気づいて初めて、織田巻のことが好きだと知ったという。
夕月はいつも、彼氏の浮気に嫉妬する女子の愚痴をうんざりする気持ちで聴く側だった。
自分はそんな醜い気持ちは抱かない。寛容で、さっぱりした関係が理想だ。そう思っていた。だから衝撃を受けたし、自己嫌悪したという。
「あたしは嫉妬していい立場じゃないんだ。可愛くないし、女らしくないし、あいつにとって、あたしなんか、空気みたいな、その辺のゴミクズみたいな、何でもないやつのはずなんだ!でも!あたし……あたし変なのかな?どうしたらいいんだろう。あたし、自分が嫌だよ!」
葵にはなぜ夕月がそんなに自分を責めているのかわからなかった。魔族の葵はまだ恋をするには幼すぎる。だから、親友にどう言葉を掛けていいかわからなかった。とりあえずそのあたりのことは詳しそうな真緋瑠の言葉を待つ。
しかし、ダメージから立ち直っていない真緋瑠が的確なアドバイスをできるはずもなく。
「織田巻君が駄目ならあたくしを……ブツブツ」
お通夜のような真緋瑠の空気が読めない。仕方ないので葵は無難にアドバイスをしてみる。少女漫画の知識や、一般常識的に。
「とりあえず告白してみてはいかがですの?はっきりしないうちから決めつけるのはよくありませんわ」
夕月は力いっぱい首を横に振る。
「無理無理無理無理!!そんなことができてたら悩んでないで行動してるよ!!だからダメなんだって!織田巻と喋ってた女の子、めっちゃ女子って感じだったし、あたしと正反対っていうか、だからあたし、絶対無理なんだって!」
「あたくしに比べたらハードルひっくいですわよ……」
人に聞こえない声で真緋瑠が抗議する。確かに、真緋瑠の恋はいつでもエクストラハードモードだ。
「じゃあ、可愛くなってみればいいんですわ!」
「あたし可愛いキャラじゃないって!可愛くないもん!小学校の頃のあたしのあだ名知ってる?『男』だよ?あたし男って呼ばれてたんだよ?今更無理だって!」
夕月は完全に女子をこじらせていた。自己評価が極端に低く、いつも強くなりたいと願い、剣の道を歩んできた夕月に、今更今時の可愛い女子になれなど、ハードルが高すぎる。しかし、葵も引き下がるわけにはいかない。
「だからこそ、今から変わるんですわ!」
葵、真緋瑠、そして夕月の三人は、喫茶店から出ると、プチプラファッションの店に立ち寄った。今持ってるお小遣いの範囲で、夕月改造計画をしようというのだ。
「夕月ちゃんは背が高いから絶対ロングスカート!花柄の黒薔薇で!黒カーディガンと白ブラウスで、黒白黒コーデにすればいいんですわ!」
「あら、敵は今時の女子ですわよ!ロングスカートはボーダーで決まりですわ!ドルマンニットカーデと、夕月ちゃんのお手持ちのジャケットを合わせれば……」
いつの間にか立ち直った真緋瑠が、葵と共に店の服を次々夕月にあてがって見せる。
「やっぱワンピースを一着持っていたほうが……!」
「化けるためには着回し重視で上下を……!」
しかし夕月は浮かない顔だ。おもちゃにされているような気がしてくる。
「あたしこんなかわいいの似合わないよ……」
『そんなことはもう言わないの!!』
葵と真緋瑠の二人に同時に叱られ、夕月は小さく「すみません」と謝る。
「でも、服だけ女らしくなっても、学校は制服だし、部活は剣道着だし、意味なくない?」
「私に考えがありますわ」
葵は魔族的な笑みを浮かべた。
ある日曜日、夕月は織田巻を自宅に誘った。今までも織田巻が夕月の部屋にあがりこむことはあったが、高校に上がってからは変に意識してしまって、お互い呼ばなくなっていた。
夕月は平静を装って織田巻に声をかけ、「一緒に勉強しようぜ」と誘った。
織田巻が夕月の部屋に上がると、そこには葵と真緋瑠もいた。
「よ、よう、織田巻。今日は女子に囲まれてよかったな!」
どことなく、なんとなく、男ぶってしまう夕月。小学校の頃から、織田巻とは男同士のような付き合いをしてきたので、口調が知らず知らず荒っぽくなる。
織田巻は女子だらけの部屋に緊張気味に入った。「うっす……」小さく葵と真緋瑠に会釈する織田巻。
「あ、夕月ちゃん!織田巻君の分のコップがありませんわよ!」
「あ、ああ、そうだな。今ちょっと持ってくる!」
そう言って立ち上がった夕月は、見違えるほど女っぽい姿をしていた。ピンクのワンピースに、茶色のニットボレロを羽織っている。胸元にはキラキラしたレジン細工のペンダント。
織田巻は内心「夕月、高校に上がってから変わったな」と感じた。私服を見るのも、中学生時代以来だ。
夕月が姿を消すと、すかさず葵と真緋瑠は織田巻を質問攻めにした。
「夕月ちゃんとはどんな関係ですの?」
「え、別に、普通の部活友達……」
「夕月ちゃんとはよく遊ぶんですの?」
「え、最近はないかな…」
「彼女っています?」
「え、いや、いないっす」
「好きな人は?」
「いや、いないっす…」
すると夕月がコップと飲み物のボトルを手に戻ってきたので、さっと織田巻から離れる二人。
「さあ~、勉強しようぜ!真緋瑠めっちゃ頭いいからさ!」
「お、おう……」
勉強していると、夕月の携帯がメールを受信した。送信者は真緋瑠だ。
「彼女も好きな人もいないって」
夕月は「ありがとう」と返信した。
するとしばらくして、葵からメールが届いた。
「夕月ちゃんは部活仲間だって言ってましたわ」
「わかった」夕月は返信した。
二人からの情報で、夕月の心は揺れに揺れた。ホッとしたような、期待してしまうような、複雑な思い。
夕日が空を真っ赤に染め、部屋が薄暗くなってくると、夕月は部屋の電気をつけた。
そのころ合いを見計らって、葵と真緋瑠は暇乞いをした。
「そろそろあたくし帰りますわ。解らないことがあったらメールして」
「私もそろそろ帰りますわ。今日はお招きありがとう」
「あ、マジ?わかった。こちらこそありがとう」
葵と真緋瑠の目配せに、夕月は苦笑いで返した。
「お疲れっす」
事情を知らない織田巻は無難に声をかけて見送った。
二人っきりになった夕月の部屋。夕月が告白のタイミングを計りかねていると、先に口を開いたのは、織田巻だった。
「夕月、お前そんな服着るようになったのな」
「え?ああ、ごく最近。つか、買ったばっか。買って始めて着た。変かな?」
織田巻は正直に「変」と言い放った。
夕月は複雑な気持ちだ。せっかく親友が見繕ってくれたイメチェンファッションを、変の一文字で一刀両断だ。だが、確かに夕月も自分で変だと思う。
「やっぱ変だよな。あたしもそう思う。実はさっきの友達のセンスで買ったんだ。あたしの趣味じゃない」
「そう言うの良くないと思うぜ。自分の服ぐらい自分で買えよ」
「うん。ごめん」
そしてしばらくの沈黙。だが、織田巻は気づいていた。さっきの友人たちの質問攻め。きっと夕月は自分に彼女がいるか聞きたがってるんだろう。そして、夕月は自分を意識しているんじゃないか。
「俺に何か訊きたいことっていうか、話したいことがあるんじゃないのか?」
「えっ?」
ペンを止めた夕月。なんでそんな話になるのだろう。もしかして独り言を言ってしまったのか。心の声が漏れてしまったのか。
織田巻もペンを止めて、夕月の瞳を見つめた。
「友達使って俺の事探らせるとか、そう言う卑怯な奴、俺は嫌いだな」
「そ、そんなこと!あたしはしてない!!」
「そうかな?急にこんな勉強会開いて、知らねえ友達におれの事探らせて、お前の作戦かなんかじゃないのかよ」
夕月は混乱していた。葵と真緋瑠の作戦に乗って、言われたままにやったことが裏目に出た。「俺は嫌いだな」とまで言われた。もうおしまいだ。何もかもおしまいだ。
「作戦も何も、あたしは知らないよ!あの二人が何か探ったのかよ?あたしはそんなの知らないよ!信じてくれよ!」
「ふーん。でも、俺に何か訊きたいことがあって呼んだんじゃないのか?」
「それは……」
夕月は迷った。だが、すべて悟られているような気がする。口がカラカラに乾く。ジュースを一気に飲み干した夕月は、思い切って訊いた。
「あたし……あたし、見たんだ。お前が、女の子と一緒にいるところ。だから、ついにお前にも彼女ができたのかーなんて、ちょっと聞いてみたかっただけだよ」
「ふーん」
織田巻はそういうと、しばし沈黙した。そして、質問に問い返した。
「もし俺に彼女がいたらお前どうするわけ?」
「別に!どうもしないよ!ちょっと冷やかしてやろうかなーなんて、リア充爆発しろ!なーんて」
「……」
織田巻の瞳はずっと夕月を見つめている。射貫いている。探るように、見透かすように。
「いないよ、彼女。あいつは、幼馴染。小学校からの」
「そうだったんだ。へー。隠さなくていいぜ!幼馴染だって、もしかすると!ってことあるしな!」
「お前も幼馴染だろ」
「えっ」
夕月は困惑した。織田巻の射貫くような眼差し、口を突いて出てくる言葉、その意図がわからない。夕月がいっぱいいっぱいで空気を読む余裕がないだけなのか。それとも。
「なあ夕月。俺、今のお前正直嫌いだよ」
夕月は雷に打たれたようになった。聞きたくなかった。嫌いだなんて。
夕月が呆然として動かないので、織田巻は面倒くさそうに眼を反らして切り出した。
「言いたいことあるならはっきりしろよ!お前らしくねえよ、今のお前!女みたいな服着だして、歯にものが挟まったみたいな言い方して、友達使って俺に探り入れて。気持ちわりいよ。気に食わねえ!男らしくねえお前なんか気に食わねえ!」
織田巻はガシッと夕月の肩を掴むと、真っ直ぐ目を見て言った。
「俺お前のこと好きだったんだけどなあ!今のお前大っ嫌いだぜ!」
すると、夕月の肩に体重をかけて立ち上がり、「帰る!」と、勉強道具をまとめ始めた。
「ま、待て、待ってくれ!ちょっと待ってくれよ!!」
慌てて追いすがる夕月。
「怖かったんだ!お前との友情が壊れるのも、自分がおかしくなるのも、いろんなものが怖かったんだ!」
「……」
「あたし、男みたいだから!女らしくないって解ってるから!だから、恋なんか、あたしらしくないって思ってたんだ!だから、織田巻のこと好きになるなんて、怖かったんだ!あたしらしくないじゃん、解ってる!あたし、どうしたらいいか、ほんとわかんなかったんだよ!」
「やっと本音を言ったな」織田巻はゆっくり振り返った。
「やっぱりお前、俺のこと好きだったんだな」
夕月はしまった!と口を押えた。だが、後の祭りだ。
「そんなこったろうと思った。だって絶対変だもん。お前らしくねえし気持ちわりいし。なんか俺のこと嵌めようとしてんじゃねえか、罠じゃねえかって思ったよ。分かりやすいんだってお前」
そこまで見抜かれていたら、改めてちゃんと言わなければなるまい。夕月は一つ深呼吸すると、織田巻に告白した。
「あたし、織田巻のこと好き。だけど、なんていうんだろう。彼氏とか彼女とか、そう言うの、よくわかんない。友達のままでいいよ……?」
織田巻もその告白に応えた。
「俺は小学校の頃からずっとお前のこと好きだったよ。お前俺のこと好きになったの最近かよ。鈍すぎるだろ。はーまったく、やり切れねえぜ」
「しょ、小学校のころから?マジで?!」
夕月は織田巻の告白は寝耳に水だった。なんだ、何もかも、杞憂だったんだ。
「でも、今の気持ちわりいお前は大嫌い。じゃな」
そう言うと、織田巻は夕月に背を向け、帰ろうとした。夕月が再び追いすがる。
「ちょ、まって!さっきのは謝るから!……どうやったら好きになってくれる?」
織田巻は振り向いてにかっと笑うと、
「お前はやっぱ男だからよ!今まで通りの男らしいお前の方がいいな!」
夕月の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「あっ……あたしは男じゃねー!!……でも、その方がいいってんなら、いいか……」
「それで、その後どうなったんですの?」
「あ、なんか、今まで通り友達として付き合うことになったよ。でも、一応彼氏彼女って感じになったかな」
夕月は不慣れな「恋人同士」という関係に戸惑っているようだった。
葵は親友の幸せを心から喜んだ。
「きゃー!おめでとう夕月ちゃん!それと、私の変な作戦のせいで、ごめんなさいね」
「いや、いいよ。逆にわかりやすくてバレて、告白しやすくなったし」
真緋瑠の心だけが宙ぶらりんだ。
「おめでとう夕月ちゃん……。あたくし、二連敗……。ん、なんでもありませんわ」
今日のお茶会のファッションは、夕月の王子コーデデビューである。夕月はやっと王子アイテムを全部揃え、外を歩けるようになったのだ。
「夕月ちゃん、ますます男らしさが上がったような気がいたしますわ。素敵!」
「彼氏公認ですもの、ますます男らしさに磨きがかかっていくんではなくて?」
夕月は、「女子をこじらせていても、こじらせてる方が好きな人がいるなら、こじらせっぱなしにしててもいいかな。女らしさなんて、糞喰らえだぜ!」と、考えを改めることにした。
END.
葵、真緋瑠、夕月の三人は、休日にハロウィンお茶会と題した小さなパーティーを開いた。ちょっぴり高級な喫茶店に予約を取り、ケーキセットを注文する。
「葵さんの黒赤コーデ素敵ですわ!!裾の絵柄はもしや、セルフィドのヴァンパイア・トワイライト柄?」
「そうですの!ちょっと高かったけど、絶対売り切れちゃうと思って奮発して定価で買いましたわ!真緋瑠ちゃんは珍しくプーランシーブスのマッドネスパーティー柄ですのね!」
葵と真緋瑠は相変わらず舌を噛みそうな名前のワンピースの柄を褒め合う。年中ハロウィンのような風情の夕月は、ロリィタブランドの情報に疎く、何時も異国の会話を聴いている気分になる。
「よくドレスの柄見て名前がわかるよね。いつも感心しちゃうなあ」
「あら、基本知識ですわ。まあ、夕月ちゃんはそんなこと知らなくていいんですのよ。夕月ちゃんは誰にも真似できない世界観がありますから」
葵も真緋瑠も夕月の世界観は認めている。だが、夕月には少し置いてけ堀になった気持ちが拭えない。
「二人とも可愛いからそういうコーデ似合っていいよね。あたしは可愛い系じゃないから、真似したくてもできないなあ」
真緋瑠が「とんでもない!」と夕月を元気づける。
「あたくし夕月ちゃんがロリィタ着たとこ見てみたいですわ!背が高いからロングドレスが似合うし!勿体ないですわよ、そういうの!」
葵も夕月をプロデュースしようと、色々提案した。
「アトリエクラウンのロングドレスとか絶対似合いますわ!マーメイドスカートとか、ロングシャツとロングスカートのコーデもいいですわよ!」
そうは言われても、夕月はいまいち食指が動かない。自分に自信が持てない。少しいじけた自己評価は、夕月の心に燻る、ある想いが余計焚き付けていた。
「ねえ、真緋瑠と葵は、好きな人いる?」
唐突に話題を変えた夕月に、二人は何か重い空気を感じ取った。
「真緋瑠は?」
「あ、あたくしは……」
ちらっと葵を見るが、店内BGMが悪いタイミングで片想いソングを流し始めた。大人気ヴィジュアル系バンドの、しっとりとした女々しい片想いのバラード。そう、真緋瑠は今年の夏に葵に失恋したばかりで、今必死に夕月を好きになろうとシフトチェンジを図っているところだ。歌詞が心を抉る。
「いませんわ……。失恋しましたの。ええ、ちょっと」
「葵は?」
「二次元には脳内彼氏がいますわ!卓プリの高梨君は私の初恋!」
「あれ?俺餓えの花水木君は?」
「私は高梨君が本命ですの。花水木君は……今ちょっと浮気というか……。本命は高梨君一途ですから!」
浮気している時点で一途ではないような気がする。真緋瑠は実は葵が浮気性だという事実を知って地味にダメージを受けていた。
(葵さんって浮気性だったんだ……。葵さんと結ばれなくてよかったかもしれませんわ……)
「そんな話をするということは、夕月ちゃん、今恋をしてますの?」
恋心の機微を知らない葵がストレートに夕月に訊くと、夕月は語りだした。
「あたし……。あたしは……。あのね、二人は黙ってくれるから話すけど。あたしは……。織田巻が好きなんだ。織田巻 勝。同じ部活の……」
その時、真緋瑠の世界は灰色に染まった。葵に失恋した心の傷も癒えないうちに、新しく始めた恋もスタートダッシュで玉砕したのだ。店内BGMがちょうどサビの部分に差し掛かり、「片想いのままでもいいよ」とリフレインする。真緋瑠の心の中でもBGMに合わせて大合唱だ。
「ちょっとこの店内BGM耳に痛いですわね。ハートにも痛いですわ。あはは~」
夕月の心でも店内BGMは他人事ではなかった。
「タイミング悪すぎるよ。あたし今一番この歌聴きたくないよ」
物悲しい歌詞とメロディに触発されて、夕月は告白し始めた。
「織田巻はね、小学校の頃から一緒だったんだ。小学校と中学校は一緒じゃなかったんだけど、スポ少が一緒でね。同じ道場で、一緒に剣道してきた……。でも」
夕月はある日見てしまったという。織田巻が知らない女子と二人っきりで昼食を楽しそうに食べていたのを。
夕月は嫉妬した。嫉妬する自分に気づいて初めて、織田巻のことが好きだと知ったという。
夕月はいつも、彼氏の浮気に嫉妬する女子の愚痴をうんざりする気持ちで聴く側だった。
自分はそんな醜い気持ちは抱かない。寛容で、さっぱりした関係が理想だ。そう思っていた。だから衝撃を受けたし、自己嫌悪したという。
「あたしは嫉妬していい立場じゃないんだ。可愛くないし、女らしくないし、あいつにとって、あたしなんか、空気みたいな、その辺のゴミクズみたいな、何でもないやつのはずなんだ!でも!あたし……あたし変なのかな?どうしたらいいんだろう。あたし、自分が嫌だよ!」
葵にはなぜ夕月がそんなに自分を責めているのかわからなかった。魔族の葵はまだ恋をするには幼すぎる。だから、親友にどう言葉を掛けていいかわからなかった。とりあえずそのあたりのことは詳しそうな真緋瑠の言葉を待つ。
しかし、ダメージから立ち直っていない真緋瑠が的確なアドバイスをできるはずもなく。
「織田巻君が駄目ならあたくしを……ブツブツ」
お通夜のような真緋瑠の空気が読めない。仕方ないので葵は無難にアドバイスをしてみる。少女漫画の知識や、一般常識的に。
「とりあえず告白してみてはいかがですの?はっきりしないうちから決めつけるのはよくありませんわ」
夕月は力いっぱい首を横に振る。
「無理無理無理無理!!そんなことができてたら悩んでないで行動してるよ!!だからダメなんだって!織田巻と喋ってた女の子、めっちゃ女子って感じだったし、あたしと正反対っていうか、だからあたし、絶対無理なんだって!」
「あたくしに比べたらハードルひっくいですわよ……」
人に聞こえない声で真緋瑠が抗議する。確かに、真緋瑠の恋はいつでもエクストラハードモードだ。
「じゃあ、可愛くなってみればいいんですわ!」
「あたし可愛いキャラじゃないって!可愛くないもん!小学校の頃のあたしのあだ名知ってる?『男』だよ?あたし男って呼ばれてたんだよ?今更無理だって!」
夕月は完全に女子をこじらせていた。自己評価が極端に低く、いつも強くなりたいと願い、剣の道を歩んできた夕月に、今更今時の可愛い女子になれなど、ハードルが高すぎる。しかし、葵も引き下がるわけにはいかない。
「だからこそ、今から変わるんですわ!」
葵、真緋瑠、そして夕月の三人は、喫茶店から出ると、プチプラファッションの店に立ち寄った。今持ってるお小遣いの範囲で、夕月改造計画をしようというのだ。
「夕月ちゃんは背が高いから絶対ロングスカート!花柄の黒薔薇で!黒カーディガンと白ブラウスで、黒白黒コーデにすればいいんですわ!」
「あら、敵は今時の女子ですわよ!ロングスカートはボーダーで決まりですわ!ドルマンニットカーデと、夕月ちゃんのお手持ちのジャケットを合わせれば……」
いつの間にか立ち直った真緋瑠が、葵と共に店の服を次々夕月にあてがって見せる。
「やっぱワンピースを一着持っていたほうが……!」
「化けるためには着回し重視で上下を……!」
しかし夕月は浮かない顔だ。おもちゃにされているような気がしてくる。
「あたしこんなかわいいの似合わないよ……」
『そんなことはもう言わないの!!』
葵と真緋瑠の二人に同時に叱られ、夕月は小さく「すみません」と謝る。
「でも、服だけ女らしくなっても、学校は制服だし、部活は剣道着だし、意味なくない?」
「私に考えがありますわ」
葵は魔族的な笑みを浮かべた。
ある日曜日、夕月は織田巻を自宅に誘った。今までも織田巻が夕月の部屋にあがりこむことはあったが、高校に上がってからは変に意識してしまって、お互い呼ばなくなっていた。
夕月は平静を装って織田巻に声をかけ、「一緒に勉強しようぜ」と誘った。
織田巻が夕月の部屋に上がると、そこには葵と真緋瑠もいた。
「よ、よう、織田巻。今日は女子に囲まれてよかったな!」
どことなく、なんとなく、男ぶってしまう夕月。小学校の頃から、織田巻とは男同士のような付き合いをしてきたので、口調が知らず知らず荒っぽくなる。
織田巻は女子だらけの部屋に緊張気味に入った。「うっす……」小さく葵と真緋瑠に会釈する織田巻。
「あ、夕月ちゃん!織田巻君の分のコップがありませんわよ!」
「あ、ああ、そうだな。今ちょっと持ってくる!」
そう言って立ち上がった夕月は、見違えるほど女っぽい姿をしていた。ピンクのワンピースに、茶色のニットボレロを羽織っている。胸元にはキラキラしたレジン細工のペンダント。
織田巻は内心「夕月、高校に上がってから変わったな」と感じた。私服を見るのも、中学生時代以来だ。
夕月が姿を消すと、すかさず葵と真緋瑠は織田巻を質問攻めにした。
「夕月ちゃんとはどんな関係ですの?」
「え、別に、普通の部活友達……」
「夕月ちゃんとはよく遊ぶんですの?」
「え、最近はないかな…」
「彼女っています?」
「え、いや、いないっす」
「好きな人は?」
「いや、いないっす…」
すると夕月がコップと飲み物のボトルを手に戻ってきたので、さっと織田巻から離れる二人。
「さあ~、勉強しようぜ!真緋瑠めっちゃ頭いいからさ!」
「お、おう……」
勉強していると、夕月の携帯がメールを受信した。送信者は真緋瑠だ。
「彼女も好きな人もいないって」
夕月は「ありがとう」と返信した。
するとしばらくして、葵からメールが届いた。
「夕月ちゃんは部活仲間だって言ってましたわ」
「わかった」夕月は返信した。
二人からの情報で、夕月の心は揺れに揺れた。ホッとしたような、期待してしまうような、複雑な思い。
夕日が空を真っ赤に染め、部屋が薄暗くなってくると、夕月は部屋の電気をつけた。
そのころ合いを見計らって、葵と真緋瑠は暇乞いをした。
「そろそろあたくし帰りますわ。解らないことがあったらメールして」
「私もそろそろ帰りますわ。今日はお招きありがとう」
「あ、マジ?わかった。こちらこそありがとう」
葵と真緋瑠の目配せに、夕月は苦笑いで返した。
「お疲れっす」
事情を知らない織田巻は無難に声をかけて見送った。
二人っきりになった夕月の部屋。夕月が告白のタイミングを計りかねていると、先に口を開いたのは、織田巻だった。
「夕月、お前そんな服着るようになったのな」
「え?ああ、ごく最近。つか、買ったばっか。買って始めて着た。変かな?」
織田巻は正直に「変」と言い放った。
夕月は複雑な気持ちだ。せっかく親友が見繕ってくれたイメチェンファッションを、変の一文字で一刀両断だ。だが、確かに夕月も自分で変だと思う。
「やっぱ変だよな。あたしもそう思う。実はさっきの友達のセンスで買ったんだ。あたしの趣味じゃない」
「そう言うの良くないと思うぜ。自分の服ぐらい自分で買えよ」
「うん。ごめん」
そしてしばらくの沈黙。だが、織田巻は気づいていた。さっきの友人たちの質問攻め。きっと夕月は自分に彼女がいるか聞きたがってるんだろう。そして、夕月は自分を意識しているんじゃないか。
「俺に何か訊きたいことっていうか、話したいことがあるんじゃないのか?」
「えっ?」
ペンを止めた夕月。なんでそんな話になるのだろう。もしかして独り言を言ってしまったのか。心の声が漏れてしまったのか。
織田巻もペンを止めて、夕月の瞳を見つめた。
「友達使って俺の事探らせるとか、そう言う卑怯な奴、俺は嫌いだな」
「そ、そんなこと!あたしはしてない!!」
「そうかな?急にこんな勉強会開いて、知らねえ友達におれの事探らせて、お前の作戦かなんかじゃないのかよ」
夕月は混乱していた。葵と真緋瑠の作戦に乗って、言われたままにやったことが裏目に出た。「俺は嫌いだな」とまで言われた。もうおしまいだ。何もかもおしまいだ。
「作戦も何も、あたしは知らないよ!あの二人が何か探ったのかよ?あたしはそんなの知らないよ!信じてくれよ!」
「ふーん。でも、俺に何か訊きたいことがあって呼んだんじゃないのか?」
「それは……」
夕月は迷った。だが、すべて悟られているような気がする。口がカラカラに乾く。ジュースを一気に飲み干した夕月は、思い切って訊いた。
「あたし……あたし、見たんだ。お前が、女の子と一緒にいるところ。だから、ついにお前にも彼女ができたのかーなんて、ちょっと聞いてみたかっただけだよ」
「ふーん」
織田巻はそういうと、しばし沈黙した。そして、質問に問い返した。
「もし俺に彼女がいたらお前どうするわけ?」
「別に!どうもしないよ!ちょっと冷やかしてやろうかなーなんて、リア充爆発しろ!なーんて」
「……」
織田巻の瞳はずっと夕月を見つめている。射貫いている。探るように、見透かすように。
「いないよ、彼女。あいつは、幼馴染。小学校からの」
「そうだったんだ。へー。隠さなくていいぜ!幼馴染だって、もしかすると!ってことあるしな!」
「お前も幼馴染だろ」
「えっ」
夕月は困惑した。織田巻の射貫くような眼差し、口を突いて出てくる言葉、その意図がわからない。夕月がいっぱいいっぱいで空気を読む余裕がないだけなのか。それとも。
「なあ夕月。俺、今のお前正直嫌いだよ」
夕月は雷に打たれたようになった。聞きたくなかった。嫌いだなんて。
夕月が呆然として動かないので、織田巻は面倒くさそうに眼を反らして切り出した。
「言いたいことあるならはっきりしろよ!お前らしくねえよ、今のお前!女みたいな服着だして、歯にものが挟まったみたいな言い方して、友達使って俺に探り入れて。気持ちわりいよ。気に食わねえ!男らしくねえお前なんか気に食わねえ!」
織田巻はガシッと夕月の肩を掴むと、真っ直ぐ目を見て言った。
「俺お前のこと好きだったんだけどなあ!今のお前大っ嫌いだぜ!」
すると、夕月の肩に体重をかけて立ち上がり、「帰る!」と、勉強道具をまとめ始めた。
「ま、待て、待ってくれ!ちょっと待ってくれよ!!」
慌てて追いすがる夕月。
「怖かったんだ!お前との友情が壊れるのも、自分がおかしくなるのも、いろんなものが怖かったんだ!」
「……」
「あたし、男みたいだから!女らしくないって解ってるから!だから、恋なんか、あたしらしくないって思ってたんだ!だから、織田巻のこと好きになるなんて、怖かったんだ!あたしらしくないじゃん、解ってる!あたし、どうしたらいいか、ほんとわかんなかったんだよ!」
「やっと本音を言ったな」織田巻はゆっくり振り返った。
「やっぱりお前、俺のこと好きだったんだな」
夕月はしまった!と口を押えた。だが、後の祭りだ。
「そんなこったろうと思った。だって絶対変だもん。お前らしくねえし気持ちわりいし。なんか俺のこと嵌めようとしてんじゃねえか、罠じゃねえかって思ったよ。分かりやすいんだってお前」
そこまで見抜かれていたら、改めてちゃんと言わなければなるまい。夕月は一つ深呼吸すると、織田巻に告白した。
「あたし、織田巻のこと好き。だけど、なんていうんだろう。彼氏とか彼女とか、そう言うの、よくわかんない。友達のままでいいよ……?」
織田巻もその告白に応えた。
「俺は小学校の頃からずっとお前のこと好きだったよ。お前俺のこと好きになったの最近かよ。鈍すぎるだろ。はーまったく、やり切れねえぜ」
「しょ、小学校のころから?マジで?!」
夕月は織田巻の告白は寝耳に水だった。なんだ、何もかも、杞憂だったんだ。
「でも、今の気持ちわりいお前は大嫌い。じゃな」
そう言うと、織田巻は夕月に背を向け、帰ろうとした。夕月が再び追いすがる。
「ちょ、まって!さっきのは謝るから!……どうやったら好きになってくれる?」
織田巻は振り向いてにかっと笑うと、
「お前はやっぱ男だからよ!今まで通りの男らしいお前の方がいいな!」
夕月の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「あっ……あたしは男じゃねー!!……でも、その方がいいってんなら、いいか……」
「それで、その後どうなったんですの?」
「あ、なんか、今まで通り友達として付き合うことになったよ。でも、一応彼氏彼女って感じになったかな」
夕月は不慣れな「恋人同士」という関係に戸惑っているようだった。
葵は親友の幸せを心から喜んだ。
「きゃー!おめでとう夕月ちゃん!それと、私の変な作戦のせいで、ごめんなさいね」
「いや、いいよ。逆にわかりやすくてバレて、告白しやすくなったし」
真緋瑠の心だけが宙ぶらりんだ。
「おめでとう夕月ちゃん……。あたくし、二連敗……。ん、なんでもありませんわ」
今日のお茶会のファッションは、夕月の王子コーデデビューである。夕月はやっと王子アイテムを全部揃え、外を歩けるようになったのだ。
「夕月ちゃん、ますます男らしさが上がったような気がいたしますわ。素敵!」
「彼氏公認ですもの、ますます男らしさに磨きがかかっていくんではなくて?」
夕月は、「女子をこじらせていても、こじらせてる方が好きな人がいるなら、こじらせっぱなしにしててもいいかな。女らしさなんて、糞喰らえだぜ!」と、考えを改めることにした。
END.