怪しい人とうまい話にご用心



2025-02-01 23:42:10
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その日、葵は333に立ち寄る用事は特になかった。たまたまその近くの喫茶店で勉強をしようと思って通りかかっただけであった。
333にはもうさすがに警戒し、あまり近寄らなくなっていたのだが、333の周りに行けば、遊びも暇つぶしも買い物も何でもできてしまう。必然的にその周辺に向かうことになってしまうのである。
離れた区の繁華街に出かけるという選択肢もないわけではないが、都会はどこに行ったとしても危険がない場所などない。ならば歩きなれた333周辺のほうが……というわけである。
少し離れていた喫茶店だが、やはり葵の私服はすべてゴスロリ系ハイブランド。存在感というか、オーラというか、ミエナイチカラが離れていても判ってしまう。
Devilteen編集者、高根は、333近辺でゴスロリ少女が現れるのを待ち続けていた。
フリフリでモコモコのドレスを着た少女を、写真と照合しながら観察していた。そして、不意に空の陽が陰ったかと思うと、ただならぬ闇のオーラを遠方に感じたのである。
高根は走った。ずり落ちた眼鏡を引き上げて目を凝らすと、間違いない、写真の長髪のゴスロリ少女である。高根は適度な距離を取って足を止め、偶然を装って少女に近づいた。
「こんにちは!素敵なお洋服ね!かわいい!」
しかし、さすがの葵も警戒心が身についた。顔をひきつらせ、身を固くして、「こんにちは」と小さく会釈した。
「そのお洋服どこのブランド?セルフィド?」
「は……はい……」
「実はお姉さんね、雑誌の編集してるんだ」
葵はさっと顔色を青ざめ、踵を返そうとした。そこへ、あわてて高根は引き止める。
「あ、待って!恥ずかしがらなくていいのよ!お姉さん、ジュブナイルコーポレーションなの。知ってるかな?綺羅っていう雑誌の!」
綺羅…綺羅とは、個性的なファッションを愛する若者の聖書ともいうべき雑誌である。もちろん葵は小学生のころから愛読していた。
「え……綺羅?ほんとに?」
「本当本当。今名刺差し上げるわね」
見るとそこには確かに「ジュブナイルコーポレーション 綺羅編集部 花蘇芳 美樹」と書かれている。信用してもよさそうだ……。
「とりあえずさ、スナップだけ撮らせてもらってもいい?採用されるかどうかは、編集部にもっていかないとできないんだけど……。写真だけ」
「え……で、では、写真だけ……でしたら……」
「ありがとう。雑誌に採用されるように、編集長にプッシュしておくわね」
数枚スナップを撮影すると、高根は葵に礼を言った。
「うーん……でも、どうしようかな……。あなた、めちゃめちゃかわいいな」
高根は、さも迷っているような口ぶりで、葵の気を引き留めた。
「どうかなさいました?」
「あなた、可愛いから、きっと読モになってくれたら、ブレイクすると思う。赤木実樹子ちゃんとか、水鳥ちゃんとか、じぇりーちゃんみたいな」
「えっ……」
葵は憧れの読者モデルの名前と並べられて、驚いた。綺羅の編集者の言うことだから、信じてしまいそうになる。
「あなただったら上層部に掛け合えば行けると思う。と言っても、私の独断では決められないことだし、あなたがどうしたいか、無理強いすることはできないから、興味があったらその名刺の住所に、履歴書を送ってくれないかな?」
「綺羅の編集部にですか?」
「ううん、今編集部引っ越し作業中だから、新しい住所に送ってほしいの。その名刺が新しい住所」
葵は怪しいと思いながらも、しかし、憧れの綺羅の読者モデルという誘惑に、心が揺れていた。
「考えておいてくれる?」
「わかり……ました……」
すると、高根は333方面へ歩き出し、その場を立ち去った。
葵は喫茶店で参考書とノートを広げながら、何も手につかず、ぼうっと名刺を見つめて、物思いに耽っていた。
「私……実樹子ちゃんみたいになれるの……?」
誰か、家族や友人たちに相談しようという気にはなれなかった。
家族や召使たちに相談したら、絶対に反対されるに決まっているし、魔族とバレたら、危険が及んだら、など、過保護に心配をかけるに決まっている。
だからと言って真緋瑠や夕月に相談したら、彼女たちも綺羅の読者である。妬まれて友情に傷がつくかもしれない。
しかし、綺羅からのスカウトである…。自分から応募してもなかなかなれない読者モデルである。
葵はだれにも相談できずに、鬱々と悩む毎日を送った。
それから一週間、葛藤に揺れた末、ついに、ポストに応募書類を投函してしまったのである。
綺羅編集部御中と記された、スグリパブリケーション宛に。

「フフフ…葵ちゃん、ね。連絡先ゲット♪よくやったわ、高根さん。あなた、スナップ撮らせたほうが向いてるかもね」
編集部に届いた葵のプロフィールに目を通し、村主編集長は笑いが止まらなかった。
「春樹、あんた、もう明日からスナップ撮るのやめてテキストだけやって」
「ええーーーー??!!!そんなあ!!!」
スナップ撮影に行くのがちょうどいい気分転換になって、日々の楽しみになっていた柳は、編集長の気まぐれな決定に悲鳴を上げた。しかし、警察に注意を受けた身としては、確かにもう街に出ることは難しいだろう。
「さあ高根さん、連絡先も手に入れたことだし、ミッション2に入ってちょうだい。期待してるわよ」
「は……はい……」
高根は詐欺同然の業務に不安を感じながら、しかし、あこがれ続けてやっと入社できたスグリパブリケーションの仕事を辞めるわけにもゆかず、複雑な気分で葵の携帯電話に電話をかけた。
「倉地葵さんの携帯でよろしいでしょうか?私、ジュブナイルコーポレーションの花蘇芳です……」

数日後、333付近の喫茶店に呼び出された葵は、花蘇芳と名乗る高根を待った。数刻遅れて高根が現れると、簡単な面接をし、コーヒーを一杯飲んだ。
「ここの喫茶店、おいしいわね。葵ちゃんはよくここに来るの?」
「ええ、落ち着いた雰囲気もいいですし、勉強しても追い出されたりしませんし」
「あら?最近の喫茶店って追い出されるの?」
「勉強お断りのところがございますわね」
他愛のない話をしていると、指定された時間が近づいてきた。
「じゃあ、これから早速、スタジオに行きましょう」
「えっ、もう撮影を?」
「編集長がさっそく撮影したいお洋服があるって」
高根はそう微笑むと、葵を連れて喫茶店を後にした。
喫茶店のそばの路肩には車を用意していた。「乗って」葵にそう促すと、葵はおとなしく車に乗り込んだ。何の変哲もない普通の乗用車であったが、葵の第六感は警鐘を鳴らし始めた。
「あのっ、やっぱり私……!」
葵が慌てて降りようとすると、高根はそうはさせまいと車を急発進した。
「止めてくださいまし!私、やっぱり帰ります!」
「怖がらなくていいのよ葵ちゃん、お写真撮るだけだから」
高根は努めて冷静に微笑んで見せたが、こんな強引な手段に出るのは心が痛む。しかしやらねばならない。震える手を隠すようにハンドルを握りしめ、間もなくスグリパブリケーション本社にたどり着いた。一階の別棟がスタジオになっている。
高根に招き入れられておずおずと葵がスタジオに入ると、カメラを構えた柳と、村主編集長が待ち構えていた。
「お帰り、高根さん。ようこそ、倉地葵さん」
その姿を見て、葵にはすぐに分かった。
「あなたは……悪魔……?まさか……!ここは!」

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