絶体絶命のピンチですの



2025-02-01 23:45:00
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「アラ、勘がいいのね。どうして私が悪魔だと分かったのかしら?」
編集長はすんなりと自分の正体を明かしたが、その場の誰もが、物の喩えだと思って失笑した。
「お嬢さん、お嬢さん。この人は確かに悪魔みたいな人だけど、編集長なんだよ。フフフフ…」
「ククク、見抜かれてる、編集長」
クスクスと笑いが漏れたが、葵と編集長の顔は真剣そのものだ。
「まさか、悪魔の匂いがわかる……なんて……?」
葵は内心舌打ちした。うっかり洩らした本音の呟きが、葵の正体も人外だと言い現わしてしまったからだ。葵は質問には答えず、問い返した。
「ここは、綺羅編集部じゃございませんわね?私を誘拐してどうするおつもり?」
「誘拐じゃないわ。あなたはここに履歴書を送ってくれたじゃないの。雑誌の撮影をするに決まってるじゃない」
「嘘おっしゃい!」
高根は緊迫する二人に割って入った。編集部が葵を読モにしたがっていることは、紛れもない事実なのだ。
「本当なのよ、葵ちゃん。確かにここは綺羅編集部じゃなくて、Devilteen編集部だわ。でも、雑誌の撮影なのは本当なの」
村主編集長は一歩踏み出して名乗った。
「ご挨拶が遅れたわね、葵ちゃん。私はDevilteen編集長、村主林檎よ。あなたを連れてきてくれたのは編集者の高根さん。あなたの担当編集者になってくれるからよろしくね」
さてと、と、村主編集長は一番訊きたかった質問を切り出した。
「じゃあ、あなたの本当のお名前、教えてくれる?」
「本当の名前?」
柳編集者は首を傾げた。
「倉地 葵です」
「違うでしょう?それは仮名でしょう?本当の名前があるはずよ。そう、誰にも言っちゃいけない本当の名前が」
「そんな名前ありません」
「強情ねえ……」
名前一つの話にただならぬ緊迫感を放つ二人に、スタッフ一同は顔を見合わせて首を傾げた。どうも、違う次元の話らしい空気を感じる。
「何て名前か、当ててみようか?スミレちゃん?ユリちゃん?ヒマワリちゃん?」
「やめてください!」
その瞬間、葵の手から魔力弾が放たれた。
葵の放った魔力弾は、天井の方へグッと軌道を変えると、ドカンと爆裂して消えた。
みれば、編集長は右手を高々と掲げ、高笑いをしている。
「あはははは!!ただ名前を訊いてるだけなのに、自分から正体を現しちゃったわね!熱くならないでよ、ヒガンバナちゃん!」
「ヒガンバナではありません!」
葵はサシで戦うのは分が悪いと感じ、右手を頭上に掲げて時空の歪みを掴み、下に振り下ろして時空の扉を開いた。
「御出でなさい、ギンモクセイ、ベゴニア、サフラン!有事です!」
すると、葵と反対側に開いた時空の隙間から、三人の下僕たちが躍り出た。執事のギンモクセイと、ボディーガードのベゴニアとサフランだ。
「お呼びですか、姫!」
「何事ですか、姫!」
「姫、お怪我は?!」
それを見て、編集部一同は驚愕した。
先ほどの爆裂にも驚いたが、何もない空間から三人の人間が躍り出たのである。人間たちはマジックを見たような気分になったが、編集長のほうこそたまったものではない。
「時空の歪み?!ちょっと待ってよ!アークデーモン?デーモンロード?あなたそんな大物だったの?!」
葵はすばやく下僕たちに指示した。
「あの眼鏡をかけた女性が悪魔です。私は悪魔に誘拐されましたの」
「御意。姫はお逃げください!」
すると、魔族たちは編集長に魔力弾を次々浴びせかけた。
「ちょっとちょっと待ってちょうだい!」
魔力弾は編集長に触れる前に次々爆裂して、たちまち掻き消えてしまう。編集長は魔力弾に魔力をぶつけて相殺しているのだ。人間たちは突如爆発が巻き起こるスタジオで、事態を飲み込むこともなすすべもなく頭を覆って爆発を避けるのみだ。
「ちっ、仕方ないわね、お前たち!」
編集長もやられっぱなしではいられない。彼女の背後に十数人の、スーツ姿に羽と細い触角を生やした人物たちが現れた。それはその場に、音もなく実体化した。
羽を生やした人物たちは、普段人間たちに紛れて生活している、レッサーデビルたちである。彼らはすっと身構えると、ある者は魔力の盾を張り巡らし、ある者は魔力弾を放った。
葵たちも負けてはいられない。サフランが魔力弾を相殺して爆裂させガードし、ベゴニアとギンモクセイは攻撃魔法を放つ。人数差は大きいが、実力は五分と五分だ。
みんなが戦っている隙を見て、葵は逃げ出そうとまた次元の扉を開こうとした。しかし編集長も下僕の小悪魔たちに守られて余裕ができた。目ざとくその動きを見て、高根に向かって叫んだ。
「撫子!その子を止めて!」
その瞬間、葵は無意識に反応してしまった。そう、<自分が呼ばれた>と反応してしまったのだ。
たちまち葵は直立の姿勢のままバタンとその場に勢いよく倒れた。
皆がその音に驚き、葵に注目した。
「あら?あらあら?まさか、あなたの名前って……?」
葵の本当の名――フルネームを≪マーガレット・マロウ・ナデシコ・グラジオラス≫という。三番目の<力ある真名>は、奇しくも、高根編集者と同じ、≪ナデシコ≫であった。
にわかに編集長の口元が笑みの形に吊り上がってゆく。
「あら?あら?あら?あなた、≪ナデシコ≫ちゃんだったの?」
編集長はたまらず高笑いをした。図らずも、力ある真名が判ってしまった。面白くて仕方がない。
高根は、急に倒れた葵に驚いて動けなかった。が、はっと我に返り、葵に駆け寄り抱きかかえた。
「どうしたの、葵ちゃん?大丈夫?」
ギンモクセイがすばやく葵に駆け寄り、高根を突き飛ばした。
「姫に寄るな、悪魔め!姫!姫!お気を確かに!」
ベゴニアとサフランも、まずいことになった、と唇を噛んだ。
「≪ナデシコ≫ちゃん、おいで、≪ナデシコ≫ちゃん。こっちに来てお写真撮りましょうね!」
編集長が真名を呼ぶたびに葵の体がびくんと跳ねる。そしてゆっくりと体を起こすと、ふらふらと編集長に向かって歩き出した。
「姫!行ってはなりません!」
ギンモクセイが葵を引き留めようと抱きしめたが、葵は無表情に目を見開いたまま、すごい力でギンモクセイを突き飛ばし、編集長のもとへと向かう。
「姫!」
「いい子ね≪ナデシコ≫ちゃん。そうよ、あなたはもう私だけのものよ」
葵の力ある真名が≪ナデシコ≫であることはギンモクセイたちも知らなかった事実だ。
「ええい、その名を呼ぶな!無礼者!」
ベゴニアの恫喝とともに放たれた魔力弾を合図に、葵が倒れたことで中断していた戦いが再開された。小悪魔たちも再び戦いを開始する。
「くっ、姫、≪葵≫姫ーーーーー!!!」
ギンモクセイの渾身の呼びかけに、一瞬葵の中の僅かながら流れていた、『人間の血』が反応した。
葵は、≪葵≫の名で、『人間として』生活していたのである。
葵を操っていた呪縛が一瞬ほどけ、葵は我に返った。
「ギンモクセイ!」
「姫!」
葵は耳をふさいでギンモクセイたちのもとに駆け寄り、素早く時空の扉を開き、その中に飛び込んだ。

「くっ、あともう少しのところで、逃げられたか……」
編集長は唇を噛んだ。葵がバトルに持ち込まなければ、葵がアークデーモンでなければ、ここまで面倒なことにはならなかったはずだ。一つ一つ思いつく名前を上げていって、当てて見せ、言うことを聞かせればもっと簡単に撮影ができたのである。
小悪魔たちは戦う対象が消えたことで、編集長の指示を待った。
「編集長、今のはいったい、なんだったんすか……」
柳編集者は、部屋の隅で縮こまって傍観していた戦いが終わったのを見ると、ゆるゆると体を起こし、編集長に問うた。
高根も、自分と同じ名前を呼ばれただけで操り人形になってしまった葵の身を案じ、若干の罪悪感を感じながら編集長に問うた。
「葵ちゃんは、葵ちゃんはどうなってしまったんですか?」
編集長は頭をかきむしり髪をぐしゃぐしゃかき回すと、
「あーーーーんもう!逃げられたっっっ!!!」
と悔しさを爆裂させた。
「名前さえわかればすんなりいくはずだったのよーーっ!あの子は絶対、魔族だって思ったから!」
編集長はぶんぶんと頭を振って気持ちを切り替えると、高根をほめた。
「でもっ!高根さん、あなたがいてくれて助かったわ。これであの子は私たちの言いなり。どんな要求でも飲んでくれる操り人形よ」
「葵ちゃんは、私と名前が同じだから、あんなふうに…?」
「そうよ、あの手の子はね、名前を呼ばれると操り人形になっちゃうの。いい手駒を手に入れたわ。次は最初から名前を呼んで連れてきてあげるんだから。すべては、Devilteenの優れた誌面づくりのために……!」
小悪魔たちが霧が晴れたように消えていった。

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