外出禁止令ですわ…



2025-02-02 05:18:03
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葵の居城である墓場の下の屋敷に三人が瞬間移動すると、城内は騒然としていた。
葵の「有事」という呼びかけに、侍従たちが気をもんでいたのだ。
葵の両親もすでに帰宅しており、侍従たちの報告を耳にしている。時空の歪みから現れた葵の姿を認めると、彼女の両親は葵を抱きしめた。
「大丈夫でしたか、葵?いったい何があったの?」
「お母様、お父様、ごめんなさい…大変なことになってしまって…」
そして葵とその下僕たちは、先ほどの出来事を包み隠さず打ち明けた。

「……」
墓場の下の居城、その居間に葵、葵の両親、三人の下僕たちがテーブルを囲んで座っていた。
事情を知って、葵の両親――父の名を倉地 秋海棠 千振、母の名を倉地ひなげし、またの名をアマランサス・ポピー・グラジオラスという――は、絶句してしまった。敵の悪魔に真名を握られてしまったのである。無理もない。
どこから叱ったらいいか、二人とも困り果てて顔を見合わせた。
「……どうして……相談してくれなかったんだ、葵?」
「一言相談してくれないと、あなたはまだ子供なんだから、保護者の同意が必要なのよ?」
「……ごめん……なさい……」
下僕たち三人は黙したまま傍に持している。しかし、いずれも厳しい顔つきだ。
「あー……何から話したらいいかもわからん。櫻国人らしい名前を真名にしてしまった私たちが悪かったのか。葵に人間らしい生活をさせたのがいけなかったのか…」
秋海棠は自分を責めたい気持ちと葵を叱り飛ばしたい気持ちで揺れていた。しかし、叱り飛ばして葵に家出でもされたらそれこそ有事だ。無理やり激情を抑え込んでいるせいで、空気がビリビリ振動し、そこかしこでラップ音とポルターガイストが起き始めてている。
「あなた、まずはちゃんと言って聞かせましょう」
ひなげしが彼をなだめ、葵に向き直った。
「葵、三番目の名前は誰にも言ってはいけないと教えたはずよね?また、同じ名前の人がいても、気にしちゃいけないってことも言ったわよね?呼ばれたらどうなるかも、あなたは小さい頃覚えているはずだわ。どうして同じ名前の人について行ってしまったの?」
すると、葵は一枚の名刺を差し出した。そこには<ジュブナイルコーポレーション 花蘇芳 美樹>と書かれている。
「偽名の偽名刺を渡されましたの。本名を紹介された時も、高根としか呼ばれてなかったから」
「敵もやりおるな」
「それでも、一言相談してほしかったわ。モデルになったら、お金が関わるの。お金や権利にかかわることは、未成年は保護者の同意がなくてはやってはいけないし、保護者が管理しなくちゃいけないのよ。黙ってアルバイトや、モデルなんてこと、やっては駄目。いいわね?」
「はい……ごめんなさい」
秋海棠が大きく深呼吸をして息を吐き出すと、ガタガタと騒いでいたポルターガイストがおさまった。
「仕方ないな。葵。しばらく、お前は、外出禁止だ」
「外出禁止?!が、学校は?」
「お父さんとお母さんが、休学届を出しに行く。葵は一歩も城から出てはいけない」
ひなげしが少し一考して、目を伏せながら頷いた。
「休学って、どのくらい?」
「来年の春、もう一回高校二年生をやりなさい」
「いやですわ!」
「仕方がないだろう?!誰のせいでこうなったのだ?!!」
秋海棠は机にこぶしを叩きつけて葵を黙らせた。
「お父さん、あれをやるしかないのよね?」
「うむ。それには一年近く必要になる」
「嫌…嫌よ……」
ひなげしが葵に言い聞かせた。
「葵、あなたはこれから、真名の変更の儀式をしなければならないわ。真名の変更というのは、魂の形を書き変える行為。とても危険なの。失敗すれば、葵、あなたの存在が消えてしまう。だから、じっくり時間をかけて名前を書き変えなくてはならないの。そのためには、一年くらいの時間をかけて、あなたを仮死状態にしなくてはならないのよ」
「もっと早くできないの?一か月とか、夏休み明けまでとか」
秋海棠が、ため息交じりに話した。
「できないことはない。だが、あまり急ぐと、お前がお前でなくなってしまう」
「つまり、どうなってしまうの?」
「最悪、お前の記憶も、性格も何もかもまっさらになって、今までのお前ではいられなくなる。失敗すれば、二度と目を覚まさないことも…。何より、めったにやらない儀式だから、何が起きるか知る者はほとんどいないのだ」
それを聞いて、葵は初めて自分がどんな危険を冒したのか、取り返しのつかない事態になってしまったのかを思い知った。
記憶も、人格も、何もかもが消える。ゴスロリのドレスも好きじゃなくなるかもしれない。勉強したことも忘れてしまう。何より、友達のことを忘れてしまう。大切な思い出が何もかも、消えてしまって、友達も、葵を葵と思わなくなってしまう……。
学校の勉強が遅れるとか、友達と遊べないとか、そんなことは些末なことである。何より仮死状態なのだから、遊ぶどころではない。
自分はなんて愚かな真似をしたのだろう。後悔と、これから待ち受ける試練への不安や恐怖に、葵は、泣いた。泣き喚いた。ひなげしは黙って葵を抱きしめた。

「お父様、お母様、最後に、最後に私の親友をお招きしては駄目?あの子たちには、本当のことを打ち明けて、解っていてほしいの」
葵は携帯電話で夕月と真緋瑠にメールを送った。
「学校をしばらく休学することになりました。その前に、二人に会っておきたいの。私の家に、来てくださる?」
葵のメールを受け取ったのは、葵が休んだ日の昼休みのことだった。
夕月は真緋瑠のクラスに行って、真緋瑠とメールについて話した。
「葵さんは今日も休んでますの?」
「うん。風邪ひいたってことになってるけど、心配だよね」
「そういえば、最近の葵さん、どこかおかしくありませんでした?心ここにあらずというか……何か隠してるような」
「ちょっと具合悪そうだったよね。何か大きな病気を隠してるのかな」
真緋瑠は葵のメールに返信した。
「何か大きな病気でもなさったの?最近の葵さん元気がありませんでしたわ……っと」
すると間もなくメールが返ってきた。
『二人に謝らなくてはならないことと、話さなくてはならない大事なことがありますの。何が起きても、私のことを忘れないで』
まるで今際の際のようなメールだ。真緋瑠は泣き出してしまった。
「やっぱり大きな病気をなさったんですわ!葵さん~~~~!!!葵さんが死んでしまったら、私~~~!!!」
「ま、まだ死ぬとは限らないよ!葵の家に行ったら、何かわかるかもしれないじゃん」

その週の日曜日、二人は学校から二キロほど歩いたところにある、大きな霊園に呼び出された。
呼び出されたところが霊園である。葵はもう死んでしまったのかと、最悪のケースを覚悟して半泣きの二人の前に、漆黒のドレスを着た葵が出迎えた。
「ようこそおいでくださいましたわ。ここが私の家ですの。驚かないでくださいまし…」
『葵~~~~!!!!』
二人は葵に泣きながら駆け寄った。
「泣かないでくださいまし!私は別に死んでませんわ!家が墓地にあるだけですの!落ち着いて!」
墓の間の小道を縫うように進んで、小さな空き地にたどり着くと、葵は草の生えた板をどかした。四角く切り取られた穴の中に、螺旋階段が見える。
「入りにくいでしょうけれど……ここが私の家ですわ。変な家ですから、今までお招きできなかったの。さあ、お入りになって」
夕月と真緋瑠は顔を見合わせ、小首をかしげると、螺旋階段を下りていった。
そこは、墓地の下とは思えないほど豪奢な、映画のセットのような西洋風の宮殿であった。ところどころに櫻国らしい和風のモチーフもちりばめられている。室内だというのに、通路の両端には小川が流れ、初夏だというのに、ひんやりと涼しい。
と、玄関を一段上がったところに、侍従たちがずらりと並んで一礼した。
『お帰りなさいませ、姫。いらっしゃいませお嬢様』

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