持つべきものは友達ですわ



2025-02-02 05:55:00
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ひなげしが空間から取り出したのは、一振りの魔剣だった。
RPGに出てくる呪いの魔剣さながらの、禍々しいデザインの剣。
「これは正当なる王族しか取り出せない空間に仕舞ってるの。あなたにこれが扱えるなら、是非とも戦ってほしいわ」
それは、100年もの間秋海棠も知らなかったものだ。
「見せて、貰えますか?」
夕月が剣を取ると、それはずしりと重かった。竹刀しか振ったことのない夕月にはいささか重すぎるが、持てないことはない。
ゆっくりと剣を鞘から引き抜くと、魔剣はギラリと輝きを放った。
夕月が立ち上がり、軽く剣を振ってみる。すると、夕月の脳裏に、膨大な情報が流れ込んできた。
(あれ?この風景、どこかで、見たことがある)
赤い髪を結い上げた貴婦人が中世の甲冑を着ている。葵の母によく似た男性がこの剣を振り、突撃してくる。――斬られる!
「うわあ!!!」
夕月は魔剣を取り落として逃げた。魔剣が鈍く輝きを放っている。
「夕月さん、何か、見えたかしら」
輝く魔剣を見下ろしたまま、夕月が呆然と呟いた。
「見たことある映画のワンシーン……みたいな……。あれ?いつ見た映画だっけ?」
ひなげしが魔剣を拾い上げて、夕月に切っ先を向けた。
「なぜかしら。魔剣はあなたを主と認めたわ。遠い昔に、何かあったのかもしれないわね。よろしいでしょう。あなたにこの剣を貸してあげましょう。来るべき時に備えて、鍛錬しておいて」
真緋瑠はワクワクしていた。まさか親友が、魔剣に選ばれるなんて。まるで映画のようなことが、立て続けに起きている。
「すごいですわ、夕月ちゃん!!わ、私には何かマジックアイテムはございませんの?」
「特に何もないな」
秋海棠の即答に、真緋瑠はテーブルに突っ伏した。
「ああ、しかし何もないじゃかわいそうだな。うちの神社で私が作ったお守りをあげよう。君の魂を守ってくれるはずだ」
真緋瑠に手渡されたのは、見たことのある、昔買った覚えのある、神社のお守りだった。あまり有難くない。
「あ…ありがとう…ございます……」
「協力をお願いしても、いいのかね?本当に?」
秋海棠が念を押したが、夕月も真緋瑠も、もう心は決まった。
「魔剣に選ばれたら、引き下がれません」
「私の悪魔祓いを甘く見ないでくださいまし」
「夕月ちゃん…真緋瑠ちゃん…」
葵は、申し訳ないやら、嬉しいやら。また、涙が滲んだ。
秋海棠は、夕月と真緋瑠にも、葵の魂を書き変える秘術について語って聞かせた。
もうここまで来ると、二人とも何を聞いても驚かなくなっていた。説明を素直に受け止める。
「それでは、次の新月が来たら、葵に秘術を施す。来年の春までお別れだ」
「それだけは嫌ですわ!」
葵が食い下がった。
「二人が戦ってくれるなら、私もいつまでも寝ているわけにはまいりません。私も戦います!」
「そういうわけにはいかん!」
「来年の春までか…。学年変わっても、あたしたちは友達だよ」
「ゆっくり術を成功させて。私たちに任せて」
「そんな…嫌よ、嫌よ…」
「葵、それでいいという話だっただろう?」
嫌々とわがままを言う葵に、夕月と真緋瑠は、彼女を抱きしめた。
「術が失敗してしまう方が心配だよ」
「葵さんが葵さんらしいままで復活するには、ゆっくり時間をかけたほうがよろしいですわ。私、今のままの葵さんがとってもす、す、好きですわ…(キャー!)」
「二人がそういうなら…。じゃあ、来年の春、お会いしましょう」
真緋瑠の渾身の告白を、しかし葵は自然にスルーした。
「頑張ってね、葵」
「頑張ってくださいまし」
「二人とも、ありがとう。ありがとう……」
そういって、二人は帰っていった。

夕月は自宅に帰ってから、竹刀袋に詰め込んでいた魔剣を取りだしてみた。そっと刃先に触れてみると、指先に痛みが走る前に、ぷつりと切れて血が滲んだ。恐ろしく切れ味がいい。
「なんか、流れで請け負っちゃったけど…。こんなの振り回したら、人、死んじゃうよな。相手は悪魔だって言うけど、悪魔って、どんな姿をしてるんだろう…」
夕月は再び竹刀袋に入れ、近所の公園へ持っていった。公園についてから、また剣を取りだし、軽く素振りしてみる。
「西洋の剣で、剣道の戦い方が通用するのかな?居合とか勉強した方がいいのかなあ…?」
その日から、一学期の期末テストも近づいているというのに、夕月は学校の勉強も手につかず、剣術の本を読み漁り、毎晩公園で剣を振るった。
この時夕月は、悪魔の姿が、スノードロップのような化け物だというイメージしかなかったのだが。

真緋瑠もそれは同じだった。彼女はまず自宅に帰ってから悪魔辞典を紐解き、悪魔に関する情報をまとめ始めた。
「ふーん、悪魔も葵さんのように、名前を知られると抵抗力をなくすのね。悪魔の名前は、果実の名前を名乗るのが通例……。じゃあ、適当に果物の名前を調べて呼んでいけば、何かはヒットするかもしれませんわね。でも、そんな暇はないでしょう…うーん、悪魔祓いの祝詞か…」
悪魔辞典に描かれている悪魔は、みな一様にキメラ生物のような異様な姿をしていた。こんな姿をしているものが、ティーンズ向け雑誌をセコセコ刷っているところを想像すると笑えてくる。
「でも、葵さんが騙されたくらいだから、きっと人間の姿をして見せているのですわね。とりあえず、私には武器は無いから、聖水とか、マジックアイテムは自作するしかなさそうね」
真緋瑠は期末試験のテスト範囲はすべて頭に入っている。勉強そっちのけでじっくりと悪魔研究に没頭することにした。

新月の夜が来た。葵は城の奥の閉ざされた一室に連れてこられた。素肌に白いネグリジェを一枚羽織り、部屋の中央のベッドに横たわる。
「姫、あなたはこれから、少しづつ≪ナデシコ≫ではなくなります。しかし、決してエネルギーの流れに流されてはなりません。記憶を、人格を、決して手放すことの無いよう」
数人の白装束の魔族たちが、彼女の周りを取り囲む。
白装束の一人が呪文を唱え始めると、ある者は楽器をやかましく打ち鳴らし始め、ある者は謎の液体を彼女に振りかけ始めた。その他の者たちは、呪文を唱える。
葵の意識がすうっと消えそうになる。と――――
「ま、待って下さいまし。お願いがあります」
術が中止された。
「どうなさいました?」
「私、どんな試練も頑張って耐えて見せます。だから、お願い。この術を八月いっぱいで完成させて」
白装束たちはざわめいた。
「なりません、姫。あまりに危険すぎます。あなたが二度と目覚めないかもしれませんよ?」
「やります。お願い。やって見せます。だから、フルパワーでやってください。大丈夫。私は必ず、戻ってきます」
白装束たちは顔を見合わせたが、葵が大人しく寝てくれないのを見ると、やむを得ず、フルパワーで術を展開させた。
(大丈夫。私は決して、エネルギーに流されたりしない。気を確かに持つのよ、葵。私は、マーガレット・マロウ・グラジオラス…マーガレット・マロウ…マーガレット…マロウ……何…だっけ……)
そして、葵の意識は闇の中へ落ちていった。

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